第140羽♡ 嫉妬


 赤城さくらという異次元レベルのお嬢様がいるから感覚がおかしくなるが、宮姫すずはかなりのお嬢様だったりする。

 

 都内にある閑静な住宅街で白亜の一軒家に住んでいて、駐車場に何気なく止めてあるのは国産の某高級車。

 

 ガーデニングは趣向を凝らしており、四季折々の花が咲く。

 

 でも、そんな事より苗字には『姫』が入っている。


 グレーとベージュの中間のような髪色、大きな琥珀色の瞳、整った鼻立ちと真っすぐに伸びるスタイルの良さ……宮姫すずを構成する要素は、如何いかに彼女がかわいらしいお姫様なのかと、これでもか訴えてくる。

 

 実際のところ白花学園中等部時代はあの前園凛を抑え、学年一モテる女子として君臨してたらしい。

 

 その上太い人脈パイプと高いコミュ力を持ち、運動も勉強もできる。

 スクールカーストは本人の意思と関係なく安定の最上位クラス。

 

 幼馴染とは言え10年間音信不通だった俺は、本来なら恐れ多く話しかけることもできなかっただろう。


 だが諸事情が重なり現在はほぼ毎日話す間柄で、しかもあの甘く柔らかそうな唇に触れなければならない。

 

 「ちょっと話を聞いてる緒方君?」

 

 青のマキシ丈ワンピースを着た爽やかな姿をした少女がやや不機嫌な声を出す。

 

 「あぁもちろん……すごいな、その彩櫻さいおう女バスの……えーと何さんだっけ?」

 

 「野川さん。はぁ……あんな凄い子が同学年なんてついてないよ。インサイド、アウトサイドどっちでも強度が落ちないし、ちょっとでもフリーになると即シュート打ってきて確実に決めるんだよ。どう止められたら良いかわからない」

 

 「へー」


 「しかも有名歌劇団にいそうな整った顔で、この前の強化試合には追っかけが30人くらい来てたし」

 「やっぱ女子校ってカッコいい系女子がモテるんだな」


 「何か緒方君あまり関心なさそう……」

 「だってその野川さんと俺は接点がないし、今のところ見たことない人だから」

 

 「さっきも言ったけどすごい美人なんだよ。緒方君の好きな……」

 「美人なら誰でも良いってわけじゃないし」

 

 「じゃあどういう人に興味があるの?」

 「そりゃあ……ってなっ!?」

 

 20センチも満たない近距離で俺を覗き込む琥珀色の瞳には、狼狽した俺が映っている。

 

 「楓ちゃん、さくらちゃんにリナちゃん……そしてお凛ちゃんだよね」

 「まぁ……否定はできないけど」

 

 「はぁ……幼馴染のかーくんが沢山の女の子を困らせる人になるなんてホント最悪」

 「どうして今こうなっているかは大体全部知ってるだろ」

 

 「もちろん……わたし達は協力関係にあるからね。ねぇ……今も見られてると思う?」

 「わからない。だけどあり得ないと思ってた事がこれまで何度も起きた。見られてると思うべきだろうな」

 

 宮姫とふたりでいる時だけではない。


 非公式生徒会は、用意したシナリオから外れると判断した場合、すぐに天使メールでけん制してくる。

 

 「……そうだね。じゃあ警戒した方が良いね。ところでこの前のデータはどう?」

 「引き続き解析中だよ。思いの外調べる範囲が広範囲になった。邪魔なダミーデータがほとんどだけど」

 

 「そう……わたしもできる範囲で調査を続けるから」

 「ありがとう、頼りにしてる

 

 「こちらこそ

 

 俺達の間には深い溝がある。

 この溝を埋めようとすると、どちらかが話の腰を折りこれ以上進まない様にしてしまう。


 結果としていつまで経ってもすーちゃんは俺を許してはくれない。


 だけど協力者としての冷えた関係は互いとって都合が良い。

 

 堕天使遊戯があれば、俺とすーちゃんは未解決な問題を抱えたままでも、余計なことを気にせず協力できる。

 

 すーちゃんは大切なものを非公式生徒会に握られている。

 非公式生徒会のどんな理不尽にも従うしかない。

 

 俺も同じだけど……。

 

 いや……今は少し違うかもしれない。

 と言うべきか。

 

 俺はここ数日でわかってしまった事がある。

 

 すーちゃんの大切なものについてだ。

 

 俺のいない間のすーちゃんが心の支えとしてたのは、いつも無邪気な笑顔を浮かべ、誰からも愛される妖精の様な姿をしたハーフの少女。

 

 白花学園高等部天使同盟一翼『放課後の天使』こと前園凛。


 彼女こそ、今のすーちゃんにとっての一番の宝物なのだ。


 実際すーちゃんは前園のために、過去何度も献身としか言い様がない行動をとっている。

 

 もし俺が非公式生徒会なら前園の弱みを探り、すーちゃんを操ろうとするだろう。

 

 すーちゃんが今日エリーの散歩に誘ってきたのも、前園が帰国する前に俺に対し何らかの予防策を打つためではないか。


 全ては前園凛を守るために……。


 そう考えると心の底の何かにもやがかかる。

 

 この感情は良くない。

 すーちゃんを疑うなんてあってはならない。

 

 それに前園は何も悪くない。

 

 わかっている。

 わかっていても良くない感情は沸々と俺の中で煮えたぎる。


 俺は多分、すーちゃんに無条件で慕われる前園に嫉妬している。

 

 すーちゃんは今も前園のことが特別に好きだから……


 「ワンワン!」


 俺達に割って入るようなメリーの声でようやく現実に戻る。

 

 ……犬ってつくづく利口だと思う。

 俺なんかより、しっかり現実が見えてそう。

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