第158羽♡ ルームメイト


 私鉄大田急線代々木上原駅南口を出て、徒歩5分ほどの閑静な住宅街に目的の寿司店はあった。

 

 今夜お寿司を食べる事になったのは、ノーラさんの希望だった。


 パリに住んでいると、どうしても現地の食べ物がメインになるため、帰国すると和食が食べたくなるらしい。

 

 「とりあえずコースを頼んだけど、他に食べたい握りがあれば、どんどん注文して良いから」


 ノーラさんは気軽に言う。

 

 「はい、ありがとうございます」

 

 お品書きには、うに、中トロ、甘エビなど、よく知れた名前こそ並んでいるが値段が載っていない。この店はその日の市場から仕入れた値段で、提供価格が変わる老舗の高級店だった。

 

 目の前の中トロが一貫辺りどれくらいするのか想像もつかない。

 

 先ほど、穴子を食べたが、口の中で蕩けるようでメチャクチャ美味しかった。

 他の海老やたいなども、色合いの良さから食べなくても美味しいのが分かる。

 

 コレ全部高いですよね……。

 俺みたいな普通の高校生が食べて良いのかな。

 

 出かける前にリナの晩御飯に出した塩鯖しおさばは一尾130円だった。

 さっき食べた穴子はその何倍するのだろう。

 

 すまない妹よ……。

 兄ちゃんばかり美味しいものを食べて。

 

 リナの食べた鯖は、いつも鮮度の良いものを提供してくれる近所のお魚屋さんから買ったものだから、お値段以上の価値があると断言できる。

 

 とは言え、何となく心苦しい。

 

 お詫びではないが、お土産にコンビニで高級プリンを買って帰るかな。


 でもリナは昨日プリン食べ過ぎ疑惑が発覚したばかりだ。やはりシークワーサー入り野菜ジュースにしよう。

 

 健康第一、アスリートは怪我を防止するための体作りが大切だ。愛する妹のために俺は心を鬼にしよう。なんくるないさー


 「母さん、お寿司を食べるならこんな高い店じゃなくてもいいよ」

 

 俺が目を白黒させている事に気づいたのか、前園は俺の意見を代弁してくれた。

 

 ありがとう前園さん。

 助かるぅ~。

 

 「どうせ食べるなら美味しい物を食べたいじゃない」


 「そりゃそうだけど、オレもこういうところは慣れないし、お寿司だけでなく、唐揚げやうどんが出てくるようなファミリータイプの方が、落ち着くし居心地が良い」

 

 「次に行く時は凜の好きな店で良いわ、でも今日は緒方君と大事な話があるから静かな店じゃないと」

 

 「まぁ確かに」


 俺達が通された部屋は完全な個室だ。物音一つ聞こえない。


 床の間に龍の水墨画の掛け軸の掛かった和室で、イメージとしては政治家や大企業の重役とかが、大事な事を決めるのに使ってそうだ。

 

 「さてと……じゃあ緒方君さっそくだけど、話を始めましょうか。凜からふたりが付き合って間もない事や、緒方君はクラスメイトで、今は同じ年の親戚の女の子と一緒に暮らしてて、あとすずちゃんは幼馴染で、今も仲の良い事までは聞いているわ、他につけ足しておく事はある?」

 

 「いえ、特に」

 

 つけ足す事が無いわけではないが、楓やさくらの事も話に出すと確実にややこしくなる。わざわざ切り出さない方がいい。

 

 「そう……じゃあ単刀直入に言うわ、悪いけど凜と別れてくれないかしら?」


 「ちょっと待て! 何で勝手に決めるんだよ! オレと緒方の問題だろ」

 

 「……確かにたとえ親でも勝手に決めて良い事ではないわね。だからこれはお願いなの、遠距離で付き合っても、生活環境が別々では、意見の食い違いが起きて必ず辛いを想いする事になる。止めた方が良いわ」

 

 「それはノーラさんの仰る通りかもしれません」

 

 「ちょっと緒方!?」

 

 「ごめん前園、少しだけ聞いてくれ。ノーラさん、確かに僕と凜さんはまだ互いに知らない事だらけです。一緒にいてもすれ違ってないか不安になる事があります。だからこそ、もっと凜さんと一緒にいて互いの距離を縮めていきたいです」


 「緒方……」

 

 「つまり別れる気はないという事ね?」

 「はい」

 

 「はぁ困ったわね……」


 「凜さんに東京で一人暮らしをさせたくないなら、白花学園の学生寮や、民間の学生寮に入ってもらうのはどうでしょう?」

 

 「緒方、オレもその辺は調べたけど、まず白花の学生寮は、運動部優先だし、そもそも今は満室で空きが無いらしい。あと民間の学生寮は門限があるのがなぁ……オレは蓮兄の家で漫画アシスタントのバイトをしているだろ? 帰りが遅くなる事があるから」

 

 「……条件が厳しいか」

 「うん」

 

 「前から蓮司君の家に、凜が下宿するのはOKって言われてるの……でも無理でしょ?」

 

 「え? あっ……確かにそうですね……」


 「オレは蓮兄の家なら全然良いけど、バイトのまかないも美味しいし」

 

 「前園、蓮司さんは今も実家住みだよな?」

 「あぁ蓮兄も大学や仕事が無い時は、今でも一緒にアシスタントに入るし」

 

 「じゃあ無理だな」

 「無理よね」

 

 「え? 何でだよ?」

 

 前園が芸能活動していた頃の先輩で、白花学園OBでもある若手人気俳優の時任蓮司は、これまでの言動から前園に特別な感情を持っているのでは?と俺も疑っていた。

 

 先ほどノーラさんが、俺にだけ見える角度で目配りし「わかるだろ?」とサインを送ってきた事から、どうやら疑惑ではなく事実のようだ。

 

 と言う訳で時任家は絶対にダメ。

 

 蓮司さんからすれば、手を出したくても決して出せない前園が、いつも家にいるのは地獄でしかない。

 

 しかも前園自身は、どういう訳か蓮司さんの好意に全く気付いていない様子だ。蓮司さんがあまりにも不憫すぎる。

 

 それに俺は今、前園の彼氏ポジションだ。立場上、恋のライバルがいる時任家に前園が住む事は容認できない。

 

 「今の家みたいにオートロックのある家に一人暮らしはダメですよね?」

 

 「オートロックがあっても絶対大丈夫ではないしね。でも緒方君がルームメイトになるなら良いけど」

 

 「「えっ!?」」

 

 ノーラさんからの想定外の提案に俺と前園が同時に驚きの声を上げる。

 

 「だってふたりは恋人同士でしょ? 一緒にいたいと思うのは当然よね」

 「……それはそうですけど」

 

 それは色々とマズい……。


 今の家から出て、前園とふたり暮らしなんて始めたら初日から間違いが起こるかもしれない。現に中尾山に行った数時間ですら、間違いが起きかけたくらいだ。

 

 「ん? 緒方はオレと一緒に暮らすのは嫌なのか?」

 

 嫌じゃないけど、俺達はまだ高校生だよ。

 さすがにふたり暮らしは早いだろ……

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