第12羽♡ 天使は放課後まで待てない(下)

「えっ!? ちょっとぉ、カスミも凛ちゃんも何やってるの!?」


 職員室から戻ってきた楓が両手にプリントを抱えたまま俺たちの間に前に割って入った。

 

 楓の一声でハッとした俺は、我に返る。


 ……ナイス楓! 

 グッジョブ!

 

 マジ助かった。


「普通に話をしてただけだよ、そうだよな緒方?」


 サラリと前園は言い俺に同意を求める。

 俺との一連のやりとりで焦った様子は微塵もない。

 

「……お、おう」


 前園に合わせて何とか声を絞り出したけど、俺はドギマギから完全に抜け出せず、どこか不自然さが残る。


「ならいいんだけど遠くからはふたりがそのキ……スをしそうに見えて」


 楓は喋ってる途中でどんどん顔が赤くなり、声も尻すぼみとなった。

 そして俺とも前園とも目を合わせない。

 

「オレと緒方が何? 楓~はっきり言ってくれないとわかん~ない」


 イジりポイントを見つけてしまったよこしまな前園がすぐに楓をからかう。


 クラスで配るプリントを抱えたままの楓の後ろにすかさず回り込み、肩から両手で楓を抱きとめるといつものイケメンスマイルを向ける。

 

「だから凛ちゃんとカスミが……その」

「どうしたの楓? ちゃんと言ってくれないなら今からキスしちゃうけどいい?」


「えええ!? だ……駄目だよ凛ちゃん! 

わたしたち女の子同士だし、みんなも見てるし……それにそれに~」


 漁った楓は大慌て、オーバヒートした脳が前園からもたらせる情報を処理しきれず、その瞳はマンガのキャラクターのようにグルグル状態で今にもノックアウト寸前。


「楓……ふたりきりならいいのか?」


 前園が更なる追撃で楓にとどめを刺しにいく。

 

 お~これは前園さんが楓といつもやってる煌びやかで尊いやつですね。

 

 おふたりの間に白く気高い花が咲き乱れていますわ姉様! 

 どうかおふたりの愛が永遠に続きますように!

 

 ……って俺の中の妄想百合お姉様 (縦巻きロールで常に扇子を持ってて一人称はワタクシ、語尾はですわ。

 どこかの猫と同様に名前はまだない)の登場回数が最近増えてる気がする。


「あ~う~それなら……」


 俺の親友は邪悪なイケメン前園を前に成す術なし。


 強い!

 強すぎる前園凛!


 危うしクラス委員長望月楓!!


 校内で天使同盟とは別にイケメン同盟作ったら、コイツは絶対選ばれるな。

 男子だけでなく女子にも強い、この世は前園無双。


 それはさておき……。

 そろそろこの愉快犯のイケメンを止めないとな。


「前園それくらいにしとけ、それから楓、前園は遊んでるだけだ、しっかりしろ!」

「あっ……そうだよね! う、うん……あ、わたしまだ朝の準備が途中だった。もう行くね、じゃあ!」


 正気を取り戻した楓は俺と前園を残し、プリントを抱えたまま大慌てで教室から消えていった。

 もうすぐ朝のホームルームなのに皆のプリントを持ったままどこに行くんだ?


「緒方ぁ……オレの恋路を邪魔してくれるなよ。折角良いところだったのに」


 チャラ男のようなことを言う前園は悪びれる様子もない。


「楓に悪い虫が付かないようにするのも俺の仕事なんだな」

「ぷっ! 悪い虫だって……そんなこと初めて言われた。それも緒方に」


 今度は腹を抱えて笑い出し、続けて俺の背中をバンバン叩く。

 

 痛い、痛いっすよ……前園さん。


 前園さんのような陽キャの攻撃は陰キャの俺には、物理ダメージだめでなく精神的なダメージもデカいっすよ。


 このままだと俺はライフゼロになってセーブポイントからやり直しになってしまいます。

 

 前園と俺が繰り広げたキスを予見させる寸劇のせいで緊張感が漂っていた教室内も、バカ笑いする前園の声が張り詰めていた空気を霧散させ、クラスメイト達もいつもの通りに戻る。

 

 「何だ、ふざけてただけか人騒がせな」って感じ。

 前園はしばらく大笑いした後、ようやく大人しくなった。


「緒方、キャラに全く合わないことを急にぶっこんでくるの反則だって」


 蒼の瞳に涙に浮かべ、未だに半笑いでいらっしゃる困ったエルフ様。


「悪かったな、俺も恥ずかしいからもう笑うな。

それより前園、もうちょっと普通の起こし方をしてくれ。耳元フ~はかなりビビる」


 あんな刺激的な起こし方は心臓に悪い。


 美少女という生き物はもうちょっと美少女としての自覚を持ってほしい。

 「美少女が~」って主語がつくだけで一撃必殺で破壊力抜群なのだから。

 

「やってるよ。でも緒方全然起きないし」


 綺麗に整った眉毛が下がり、寂し気な顔をした前園は言う。


「毎朝早くて眠いんだよ」


「大変なのは前に聞いたから知ってるよ。

 自分でもよくわからないけど、今日は緒方に髪型を見てもらいたかった。

ただそれだけ」


 そう告げると急にしおらしくなる我らがエルフ様。


 あれ?

 何だか前園らしくない。

  

 コイツは明るくて、いつも余裕があって、容姿も抜群に良いのにそれを武器にせず、気さくで男女分け隔てなく接することができる俺が苦手な陽キャそのもの。

 

 入学してクラスで初めて会った時に、その眩し過ぎる存在からこれからの一年で一度も話すことのない人間だと思った。あまりにも住む世界が違い過ぎると感じたから。


 実際の前園は俺にも毎日のように俺に話しかけて来るし、好奇心旺盛で知らないことは知ろうとする。興味を持てばやった事でも挑戦する。

 

 前園凛は器の大きなカッコいいヤツ。


 そんなヤツでもこんな顔をすることもあるんだな……。


 うーん、わからん。

 ちょっと意外。

 

「おはよう前園、あとすまん」


 前園を真っすぐに見据えそう告げる。


「無理に起こしてごめん、おはよう緒方、今日もいい天気だな!」


 前園から戻ってきた言葉は普通で特別なものでないけど、どうでも良い言葉ではないのかもしれない。


「今日の髪型かわいい思う」


 前髪をねじってクリップで止めておでこをだすスタイルはいつもの前園より何というか女の子っぽい。

 

 陰キャな俺は気の利いたことなんて言えない。


「ありがとよ緒方!」


 バシっ!と俺の背中を叩く。


「ったく! いてーよ!」

「我慢しろ、そーかオレはかわいいか、くぅ~~~後で楓に自慢するわ!」


 放課後の天使と呼ばれる金髪碧眼美少女は、少年のような笑顔でニカっと笑う。

  

 無意識に目線を落とすと今日も白のブラウスのボタンが二つ目まで外されている。


 おっと、あれは目の毒だ……。

 見ないように気を付けないといけない。

 

 さっき顔を近づけた時もブラウスの先の肌の色とは違うベージュ色の何かと、その先の青色のひらひらしたレースみたいものが一瞬見えたような気がするけど……。

 

 気のせいだよな……。

 

 念のため脳内デリートボタンをポチっと!

 

 あれ?

 

「この画像は削除できません」って出たぞ?

 

 バグかな? じゃあ仕方ないな。

 ……うん。

 

 ――ばれてないよね?

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