第106羽♡ おかしなおかしな宮姫さん


 瞼を開けた少し潤んだ琥珀色の瞳は少しずつ遠ざかっていく……

 同級生の男子どもが宮姫すずと言う少女に惹かれる理由の一つにこの瞳があるだろう。


 近くで見ると湖面が光を反射し輝いているようでとても綺麗だから……。  


 「……今日は変な感じがする」

「そうか?」

 

 「うん、どうしてかは自分でもわからないけど」

 「どこか体調が悪かったり疲れが溜まってるとか?」

 

 「ううん……そういうのじゃなくて、でも気にしてもらうほどでもないから」

 

 おかしい……

 宮姫すずの様子が明らかにおかしい……

 五時間目の空き時間を利用し、俺たちは体育準備室で今日分のノルマ (キス)を終わらせた。

 

 ノルマをこなす時も少し躊躇とまどっているように見えた。

 

 俺と宮姫の関係は昨今何も変わっていないとはずなのに。

 

 中等部時代からの親友だった前園凛と和解したことで宮姫に映る世界は昨日までと違うのかもしれない。


 環境の変化に気持ちが追い付いていないのなら、今は無理をさせたくない。

 とは言えノルマについてはどうしようもないけど。

 

 「何か気になることあれば言ってくれ」

 「夏休みに入ったら、わたしたちが会う機会って減るよね?」

 

 「宮姫は部活で、俺もバイト三昧だし」

 「会わなければノルマも発生しないよね」


 「そうなるな」

 「だよね……」

 

 非公式生徒会が俺と宮姫に課したルールは会った日に必ずキスをするというものだ。

 土日や祝日などの会わない日はノルマが発生しない。


 新たなルールでも設定されない限り夏休みも同様だろう。

 つまりノルマは発生しない。

 

 「そう言えば皆が夏休みをどう過ごすのかも聞いてないな。宮姫は家族でどこかに出かけるのか?」


 「まだ決まってないけどペットホテルにエリーを預けると寂しがるから遠出は難しいかも、緒方君は?」

 

 「俺はリナが空いてるタイミングに合わせて、向こうの家に顔を出すと思う」


 エリーは宮姫家の愛犬だ。

 俺も小さい頃に遊んだことがある。


 「リナちゃんの家に行くのはどれくらいかかるの?」

 

 「のぞみなら片道三時間ちょいってとこかな」

 「遠いね」

 

 「夏休みの楽しく過ごするためにも、さっさと堕天使遊戯を終わらせられれば良いけどな」

 「一学期中に解決するのはちょっと無理そうだよね」

 

 七月半ばの今日現在、残念ながら俺たちはまだ堕天使遊戯を終わらせる手立ても、非公式生徒会の足掛かりも掴んでいない。

    

 「慌てても仕方ないしゆっくりやってこようよ。それよりさくらちゃんがさっき言ってたことだけど」

 

 「俺がさくらのカレシ役をやるってアレか? 実際は少し違くてフィアンセとしてさくらのおじいさんに会うことになる」

 

 「緒方君達が婚約してることを皆は知らないから、さくらちゃんは少し変えて話したのかな」

 

 「恐らくは」

 

 「仕方ないよね。だけどいつまで黙ってるの? ずっとこのままには出来ないと思うよ」

 「わかってる。でも俺とさくらにいきなりとか言われても皆困るだろ?」

  

 「そうだね。どう接したら良いか分からなくなると思う。特に楓ちゃんとリナちゃんは……あのふたりは緒方君以外の男の子と仲良くなる姿が想像できないし」

 

 楓はクラスメイトの男子と普通に話せるし、リナも同じだ。

 だけどカレシが出来そうかと言うとそうは思えない。

 

 ふたりとも他の男子に告白される度に断っている。

 楓に関しては、俺と一緒に登校することで他の男子を近づけない様にしている。

 

 おごるわけではないけど、俺はふたりの高校生活に深く入り込んでいる。

 

 いつまでも黙っておくことが最善とは思わない。

 

 だけど無理に今の状況を壊すことも望まない。

    

 「……初めて知った時はショックだったな。10年ぶりに再会した幼馴染にフィアンセがいるなんて、非公式生徒会はわたしだけに緒方君達のことを伝えてたのかわからないけど」

 

 非公式生徒会の真意はわからない。

 宮姫は俺の協力者になる前に非公式生徒会から俺に関する情報を一通り貰っている。俺がさくらと婚約してることも含まれていた。

  

 俺とさくら以外で婚約している知っているのはうちのバカ親父と、さくらの家族や一部の従者くらいしか知らないはずなのに。どうやって知り得たのかもわからない。

 

 「さくらちゃんからのRIMEライムがいつも緒方君のことばかりな訳がわかったけどね」

 「……どうせ悪口ばかりだろ」

 

 「そうだね……でも興味のない人なら悪口も言わないよ。今回の件だけどさ、さくらちゃんのために頑張ってね」

 

 「あぁもちろん」


 「終わったら、わたしのことも少しだけ考えてほしい」

 「……了解」

 

 体育準備室の片隅で俺の幼馴染は寂しそうな笑顔を浮かべる。

 

 今どう考えてるのか聞いてみたいし知りたいと思う。

 でも教えてくれることはないだろう。


 教えてもらわなくても俺がわからないといけない。

 

 「あと一つだけお願い……わたしが緒方君に一日付き合ってもらう件だけどエリーのお散歩についてきてもらうでも良いかな?」

 

 「俺もエリーに会いたいし、いいよ」

 

 「ありがとう、日中は路面が熱くてエリーの足が火傷しちゃうかもしれないから、朝とかでも大丈夫?」

 「家の事を一通り終えてからで良ければ」

 

 「リナちゃんを起こしたり?」

 「それもある。アイツ寝起き悪いし」

 

 「ふーん。じゃあ同じお布団で寝たら?」

 「さすがにそれはマズいだろ」

 

 「……いいなぁリナちゃん、いつも一緒で」

 「何か言ったか?」

 

 「ううん……何でもない」

 

 ぷぃと顔を背けてしまう。

 ……やっぱり今日の宮姫は様子がおかしい。

 

 理由も相変わらずわからないけど。

 

 俺たちは休み時間終了を知らせるチャイムが鳴る少し前に体育準備室から各々の教室に戻った。

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