第5羽♡ 賞味期限三分の天使

 いつもの弁当箱に卵焼き、唐揚げ、茹でたブロッコリーなどのおかずを詰めていく。

 

 お弁当作り慣れていなかった頃は時間がかかったけど、最近は大分要領を掴めてきたのか以前の半分くらいの時間で作れるようになった。


 時間がない時は冷凍食品も使うけど、できるだけ手料理にこだわるようにしている。


 妹の健康を考慮し身体に良いものにしたいのが一番の理由だけど、最近は料理をすること自体が好きで手の込んだものを作るのが楽しい。


 とは言え師匠の楓には遠く及ばない。更なる修業が必要。


 キッチン横の窓からは眩しい朝焼けが入り込み小鳥達のさえずりが聞こえる。


 今は熱くもなく寒くもない過ごしやすい時間帯。もう少し夏に近づけば、そうも言ってられないだろうけど。

 

 午前五時三十分になったら目覚ましで起きれない妹を起こす。

 それまで俺は朝食と学校に持っていくお弁当の準備を続ける。


 ピンポン――ピンポン――ピンポン~♪


 スマートフォンのアラームが響き、定刻になったことを俺に告げる。

 

 左手をポケットに突っ込みアラームを止めるとキッチンから足早に妹の部屋に向かう。

 

 トントン――!

 

 まずはドアを軽くノックする。だが当然のように返事はない。

 

「リナ入るぞ?」


 既に起きてて着替え途中に部屋に侵入でもしたら大変だ。

 

 念のため一言掛けてしばらく反応を待つがやはり返事はない。

 

 仕方なくドアノブをゆっくり回し部屋に入る。


 床のあちこちに物が置かれた部屋の真新しいベッドの上で薄手の掛布団をかろうじてお腹にかけたリナが身をよじりわずかに寝息を洩らしながらスヤスヤと眠っている。


 白花学園高等部で『気ままな天使』と呼ばれる少女の寝顔は天使そのもので頭の上に天使の輪っかがあっても何の違和感もない。

 

 あどけない仕草も含め十五歳という実年齢よりもさらに幼く見える。

  

 俺はマンガや雑に畳んだ衣服の間をすり抜けベット越しまで行き、リナのおでこに手の乗せ体温を確認する。

 

 大丈夫そうだ。今日も熱はない。

  

 今でこそ元気なリナだけど、幼い頃はよく体調を崩しては熱を出し寝込んでいた。子供の頃と違うとわかっていてもどうしても気になってしまう。


 おでこを触っても一向に起きる様子はない。

 鼻でもつまんでやろうかと思ったが、無邪気なその姿を見ると悪戯をする気も失せる。

 

 仕方なく俺は耳元で囁くようにリナに話しかける。


「おはようリナ、もう朝だぞ」

「……ん」


 身体を少し動かしたがまだ起きない。

 掛け布団が少し捲れて外れたボタンの隙間から小さなおへそが見えている。

 

 お腹を冷やさなければいいけど……。


「おい、リナ起きろ」


 もう一度声を掛ける。


 一緒に暮らしていた小学校の頃も俺がリナを起こしていた。あの頃は同じ部屋の二段ベッドでリナが下に寝ていたから自分が起きるついでに起こしていた。

 

 俺のいなかった中学時代はどうやって起きてたのだろうか。

 リナの両親が起きない娘を叩き起こしていたのか? 今度聞いてみよう。

 

 本当の家族のように暮らしてたからリナの両親とは今も仲がいい。たまに電話をしている。


「リナ……」


 さらにもう一度声を掛ける。

  

 今度は小さな口をむにゃむにゃ動かした後、髪の毛同様に茶褐色の瞳がゆっくりと開く……。


「……お兄ちゃん?」

「おはようリナ、起きれるか?」


「…………」


 言葉が出てこないし焦点が合ってない。まだぼーっとしてるみたい。

 

「リナ大丈夫か?」

「……抱っこ」


 質問と答えが合わないまま、ポツリと要望だけ告げられる。 


「はいよ……」


 頭はまだ寝たままの妹を抱き起しベッドの上にゆっくりと座らせる。

 同い年なのに羽のように軽い。


 ご飯はしっかり食べてるけど女の子って不思議だ。どうしてこんなに軽いのだろう?

 

 抱き着いた妹はそのまま離れない。


「お兄ちゃん……逢えて嬉しい」

「俺も嬉しいよ」


「もういなくならない?」

「どこにもいかないよ」


「ずっとそばにいて……」

「いつもそばにいる」


 小さな身体を壊れないように優しく抱きしめる。


「嬉しい……」


 リナは儚い。

 毎朝同じように不安を口にする。

 

 母が物心がつく前に亡くなっていたから俺は親父と二人きりの父子家庭だった。

 その親父とも小学校に入学する少し前に別れることになった。

 

 親父は仕事でアメリカに長期間行かなければならなかった。

 

 慣れない環境で二人で暮らす事や親父の仕事が日本にいた頃より忙しくなることから俺は地方に住む親戚に預けられることになった。

 

 親戚の家に一人娘のリナがいた。俺たちは実の兄妹のように小学校六年間を過ごした。


 中学に上がる前に親父の帰国が決まり、俺は親父と暮らすため東京に戻ることになった。

 

 六年の歳月を共に過ごし一緒にいるのが当たり前になっていたから別れはとても辛いものだった。俺もリナも気持ちの整理をする時間が足りなかったと思う。

 

 東京に戻る電車で乗ったあの日、人目を気にせず泣き続けたリナの姿が今も忘れられない。

 

 別れて暮らすようになってからも電話やSNSなどを利用し頻繁に連絡はとっていた。

 

 それでもリナの両親に聞いた話では、しばらくの間はリナは毎日泣いてばかりいたらしい。俺もリナのことずっと気になっていた。

 

(……ごめんなリナ)


 声にならない声で俺は今日も妹に謝罪する。

 あの頃の傷が癒されることを願いながら……。

     

「ところで兄ちゃん……」

「ん?」


「今ノーブラなんだけどパジャマ越しの生乳感触はどう?」


 ……どうやら本日の天使タイムは終わったらしい。


 リナは寝起きの三分間だけ天使のように純真で穢れなき存在になる。

 

 残念な事に意識が覚醒したそれ以外の時間は捻じれた角と尻尾を持つ悪魔そのもので俺を奴隷のごとくこき使う。


(神様、さすがに天使タイム三分は短くないですかね? カップ麺のお湯を注いで食べれるようになる時間と同じくらいですよ!?)


 残念ながら雲の上の神様には俺の嘆きは届かない。


 せめて一日三時間くらいリナの天使時間が続けば……でも駄目だな。

 

 天使タイムのリナを家の外に出せない。超超かわいいから、狼に食べられるか悪い人に誘拐されちゃうかも!

 

(しかしこのままでは……)


 俺は欲望に負けないように必死に理性を保とうとしているのにリナは両手で俺の背中をロックするとギュウギュウと胸を押し付けてくる……。


「で……どうよ兄ちゃん?」    


 俺の角度からリナの頭しか見えないが、きっと悪い顔をしているに違いない。

 

 朝からごくごく普通の男子高校生にはきつ過ぎるえっちい試練は続く。

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