第156羽♡ プリン以外も足りてない

 

 ――7月19日木曜日の放課後。

 

 今日はバイトのシフトが入っていない日だ。

 代わりに昨日、休暇だった加恋さんと葵ちゃんが出勤しているはず。

 

 放課後に楓と話そうと思っていたが、いつの間にか帰宅したらしく既に教室にはいない。

 

 やはり避けられているのかな……。


 理由が分からない以上、今は下手に話さない方が良いのかもしれない。

 

 でも明日の朝は、ちゃんと話をしよう。


 いつもの待ち合わせ場所に来てくれるよな。

 俺が楓の家まで迎えに行った方が……。


 さすがにキモいかな。

 カレシでもないのに。


 今夜は前園とお母さんのノーラさんに会うために外出しなければならない。

 

 出かける前に一通りの家事は終わらせる。

 

 学校帰りに買い物を済ませた俺は、帰宅するとすぐにキッチンで晩御飯の支度を始めた。


 「ねぇわたしの兄様よ」

 「何だ? 俺のかわいい妹よ」

 

 部活帰りで部屋着のリナが腰の辺りにへばりついてきた。

 近くには包丁やまな板などの調理器具がある。


 危ないので良い子は絶対にキッチンでじゃれ付いたりしてはいけない。

  

 「7月11日水曜日、兄は前園家から夜遅くに帰宅、プリンなし。

 7月12日木曜日、兄はバイト終了後に帰宅、プリンなし。

 7月13日金曜日、兄は赤城家にお泊り、プリンなし、魔装メイド楓進撃。

 7月14日土曜日、兄は赤城家にお泊り、プリンなし、魔装メイド楓進駐。

 7月15日日曜日、兄は赤城家から帰宅、プリン一つ、魔装メイド楓撤退。

 7月16日月曜日、兄はバイト終了後に帰宅、プリンなし。

 7月17日火曜日、兄はバイト終了後に帰宅、プリンなし。

 7月18日水曜日、兄はバイト終了後に前園凛を迎えに空港に直行し、深夜に帰宅、プリンなし。

 

  と言う訳で、わたしが何を言いたいか分かるかね?」


 「魔装メイド楓というタイトルのレトロゲームがありそうだな。ジャンルは2Dアクション」


 「ありそうでゴザルな、でも違う、そこじゃないのだ」

 

 「ではプリンが足りないと?」

 「うむ、お主JKの糖分摂取量を甘く見てないか?」


 「確かに少ないかもしれないけど、糖分の取り過ぎは体に良くないし」


 「愚か者めがぁ~! 糖分が少なくてもストレスが溜まったらメンタルコンディションを崩すかもしれないだろうがぁ!」


 「なるほど一理あるな」

 「うむ、わかれば宜しい」


 「妹よ、俺からも一ついいか?」

 「何かね。我が従僕なる兄様よ」


 「自分の小遣いでプリンを買ってないの?」

 「……も、もちろん買ってないでゴザルヨ」

 

 「おかしいなぁ……最近、燃えないゴミをまとめると食べ終わったプリン容器が沢山出てくるんだけど」


 「きっとパパ様か妖精さんが食べているのでゴザルヨ」

 

 「親父は、甘いものが苦手であまり食べないはずなんだよな。じゃあ妖精さんか……なら仕方ないな」


 「そうそう妖精さんだよ。仕方ないでゴザルヨ」

 

 「なわけあるかぁ――! 素直に吐けぇ――このくされ義妹もどきがぁ! 証拠は上がってるんだぞ! お前プリンパッケージを最後にぺろぺろするだろ? 捨ててあったパッケージがツルツルで綺麗なんだよ!」


 「よ、妖精さんもぺろぺろするのだ!」

 「まだ言うか――これでもくらえ!」


 「ぎゃああああ――痛い痛い痛い痛ぁーい! 頭をグーでぐりぐりするの止めて! 言いますからぁ~食べました! お小遣いでほとんど毎日買って食べてましたぁあ!」

 

 「よし」

 「ぶべらは」

 

 ぐりぐりを止めて解放してやると、JKにあるまじき奇声を発しリナは崩れ落ちた。

  

 「義妹もどきのくせに、こしゃくにも抵抗しおってからに」

 「スマセンでしたぁ! 二度と逆らいません――って話したいことはプリンじゃねーから!」

 

 「ん?」


 「最近の兄ちゃんは帰り遅い! 妹を放置し過ぎ! しかも今夜もこれからお出かけとはどういう事だ?」

 

 「言っただろ……これから前園が学園に残れるよう話し合いに行くの」


 「あ、そうだった」

 

 「ちゃんと晩御飯は作っておくから、しっかり食べろよ」

 「兄ちゃんは食べていかないの?」

 

 「俺は晩御飯込みで会うんだよ」


 「……そうなんだ。何だか本当に凛ちゃんと付き合っているみたい」

 「それはない。今回の件もあくまでクラスメイトとして助けるだけだ」


 「じゃあ凛ちゃんが本気で付き合いたいって言ったら?」

 

 「ないない」

 「絶対にないと言い切れる? 人の気持ちなんてわからないよ」

 

 「確かにそうだけど……」

 

 とは言っても前園にとっての特別は宮姫で、宮姫の特別は前園だ。

 

 俺はふたりの間で少しだけ上手くやっているだけ。

 もちろん前園の事は気になる。宮姫も……。

 

 「でも今のままでいてくれた方が、わたしは都合が良いけどね」

 「ん?」

 

 「何でもないよ。優しい優しいわたしの兄ちゃん……」

 

 リナは歌うようにそう告げると、俺の知らない大人びた表情で微笑する。

 

 この表情のリナは苦手だ。

 俺はどうしたら良いかわからなくなるから。

 

 「ところでさ、わたしとのデートの件は忘れてないよね?」


 「あぁもちろん、でも時間あるのか? 今はインターハイ予選でその後本選に進んだら八月中旬くらいまで掛かるだろうし、他にも帰省やら代表合宿とかあるだろ」

 

 「あーあー何も聞こえない」

 「突然現実逃避を始めるな」

 

 「大丈夫だよ、兄ちゃんと過ごす時間より大切な事はないし」

 「俺との時間なんて一番適当で良いよ」

 

 「それはできないよ。わたしはこの三年間、嫌というほど思い知ったから。本当はどこにも行かないで欲しい、でも今は凛ちゃんに少しだけ貸してあげる。だからしっかり頑張ってきてね」


 「お、おぅ」

 

 「もし家に帰ってきた後、兄ちゃんの挙動がおかしかったら、RIMEでさくらとすずと楓ちゃんに報告します」

 

 「モップ会裏垢を使うのは止めて!」

 

 「あ、知ってるんだ。と言う訳で緒方君、お前の私生活はとっくに丸裸だ!」

 

 「ちょっと待て! 俺にプライバシーはないの!?」

 

 「あるかそんなもん! 兄など所詮は妹の奴隷、ムフフ本の所持数、隠し場所、好きなアイドルなど逐一報告する義務がある」

 

 「あ、それなら大丈夫かも、俺の部屋にムフフ本はないし、三次元のアイドルには興味ないから!」

 

 「なんと!? じゃあスマホ見せろや」

 

 「それは断る」

 

 「妹に意見するんじゃねーぞ! 力づくでも見せてもらうぞゴラァア――!」

 

 リナが俺のズボンのポケットからスマホを取り出そうとする。

 

 「だからキッチンで暴れたら危ないっての!」

 

 ――その時だった。

 

 ヴィーーン! ヴィーーン!

 

 スマホのバイブが振動する。どうやら電話が掛かってきたようだ。

 

 画面に表示される名前は『宮姫すず』。

 前園凛の親友で高山莉菜のクラスメイト、そして緒方霞の幼馴染。

 

 ん? 

 何の用だろう?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る