第155羽♡ 第二ピアノ室の天使(下)


 どうも前園がおかしい。

 

 学園中の男子から美少女と称えられ、女子からもイケメンと言われる唯一無二の存在はすっかりポンコツ化している。


 何か怖がらせるような事を言ったかな?

 

 そもそも普段の前園は臆病でもないし、多少の事では動じない。

 

 もちろん雷が苦手だったり弱点がないわけでもないが今は良い天気だし、ここ第二ピアノ室に来るまでは普通だった。

 

 ではどうしてこうなった?


 理由はわからないが、今は今晩のための事前ミーティングが大切だ。

 時間もないしささっと話を進めなければ。

 

 「あの今晩の事なんだけど」

 「こ、今晩!?」

 

 「事前に決めておいた方が良いかなって思って」

 「じ、事前にキメる!?」

 

 「その前に前園が気になる事があるなら教えてくれると嬉しいな」

 「できれば痛くしないでください……優しくしてください」

  

 「わかった。よくわからないが痛くない様にする。じゃあまず……」

 

 「制服を脱いだ方が良いですか?」

 

 「ん? 確かにこの部屋、冷房設備もないし暑いな……よし窓を開けるか」

 

 防音設備のある部屋なので普通の部屋と比べれば少ないが窓はある。

 換気扇も付いており、カラカラという音を立てて回っている。

 

 「ちょっと待ってください。窓を開けたら声が外に漏れて誰かに聞こえてしまうじゃないですか……それとも周囲にさらすことでわたしを恥ずかしめ、悦に浸るのが狙いですか?」

 

 『暑い!』と叫ぶくらいなら誰も気にしないのでは。

 

 先ほどから喋り方が前園らしくない。


 いつもは一人称が『オレ』なのに、今は『わたし』だし……しかも俺の事を『緒方さん』って。

  

 「いや……悦に浸るも何も」

 

 「わかってますから……何も知らないわたしにピー(※自主規制その1)した上でピー(※自主規制その2)をして、何度も強引にピー(※自主規制その3)を楽しんだ後、息絶え絶えのわたしに最後はご奉仕と称し、緒方さんのピー(※自主規制その4)をわたしにピー(※自主規制その5)させるのですよね? 酷いですあんまりです」

 

 「ちょっと前園さん? 何とんでもない事を言っちゃってるの!? そんな事するわけないだろうが!」

 

 「いいえ、きっとやります。から一度火が付いた男子は爆発するまで止まらない。だから決して挑発するような事はしてはいけないと指示を受けました」

 

 「あの……とある機関ってどちら様で?」

 

 「特務機関Princess of the Palaceプリンセス・オブ・ザ・パレス略してP・Pです」


 結婚式場か豪華客船にありそうな名前だけど……ひょっとして非公式生徒会の関連団体か?


 だけど堕天使遊戯に関係ない気がする。


 「ん? ちょっと待て……Princessは姫、Palaceは宮殿だから、宮殿の姫って意味で……P・Pってひょっとして宮姫か?」


 「はい。P・Pは、幼馴染のわたしはド変態マニアックな緒方君の生態を把握していると仰られてました。冗談を真に受けた緒方君がムラムラして襲い掛かってきたらお凛ちゃんは困るでしょ? だから気を付けないとダメだよと」

 

 ……うん。

 宮姫なら言いそう。

 

 「幼馴染でも認識がずれているところもあるから、ド変態マニアックじゃなくて俺は至って普通だから」

 

 「そうかもしれません。ですが今朝の件や温泉の件も含め、わたしがこれまで緒方さんを誘惑するような言動をしてしまったのは事実、この密室空間で緒方さんが衝動を抑えられなくなるのも致し方ないのかと」

 

 「大丈夫! まだ理性は残っているから」

 

 「承知しました。時には強引な展開も必要かと思いましたが、いざこのような状況に陥ると女手一つ苦労して育ててくれた母に申し訳ない気がして、自然と涙が……」

 

 「前園さん気持ちを強く持って! 例えド変態マニアックヤローが迫ってきても必死に抵抗して!」

 

 ド変態マニアックヤローと自分で肯定しているようで哀しい。

 

 「はい、そうします」

 「これからもお母さんと力を合わせて頑張ってください」

 

 「はい。ありがとうございます」


 あぁ……なんて親思いの素敵な娘さんなんだろう。

 うちも父子家庭だから何となくわかります。

 

 「あっ!」


 昼休み終了を告げるチャイムが鳴っている。どうやらタイムアップらしい。

 結局今晩の話は何も出来ていない。


 「仕方ない教室に戻ろう前園」

 「そうだな。悪い緒方……変に盛り上がっちゃって」

 

 いつもの話し方に戻っている。

 どうやら落ち着きを取り戻したらしい。

 

 「今晩ノーラさんにどう話を着けるか事前に相談しておきたかったな」


 「うーんウチの母は下手に話をまとめていくより、思っている事を素直に伝えた方が上手くいくかもな……感性で動くタイプだし」


 「……だったら良いけど」

 「それよりさ……本当にオレに何もする気も無かった?」


 「あぁ今は前園が白花ここに残ってくれることが俺としても一番大事だし」

 「ふーん」


 「何だよ?」


 「いや……ちゃんとオレのことを考えてくれていると思うと……嬉しいなって」


 「当然だろ、今は仮だけどカレシだし」

 「そっか……じゃあオレは緒方の仮カノジョなんだ」


 「ニセモノだぞ」

 「うん……でも嬉しい」

 

 いつもの少年の様な笑顔で嬉しそうに微笑む。

 その姿を見ているだけで俺も嬉しい。


 「どうして前園は……」


 相手はいくらでもいるはずなのに俺を気に留めてくれるのだろう。


 「ん?」

 「何でもない」

 

 「そろそろ戻ろうぜ、でも走るとまたブラホックが外れるかも」

 「……勘弁してくれよ」


 「ははっ冗談だよ、さぁ行こうぜ!」


 俺と前園は第二音楽室を後にした。

 

 ……が


 「はい、カット!」


 ピアノ室を一歩出たところに彼女はしゃがみ潜んでいた。


 「風見さん!? カットって何?」


 「主人公とヒロインのイチャイチャが足りない……このシーンで観衆はもっと刺激的な展開を期待している。ふたりとも分かっているかい!?」


 「全然わからないのだけど、どうしてここにいたの?」


 「一度はこの場を去ったボクだけど、惹かれ合う男女がどれほど激しいのか、興味が湧いたからこの場に戻り、成り行きを見守っていた」


 「ただの覗きじゃねーか!」


 「そう言ってくれるな、しかし緒方君……君の前園さんへの振る舞いは頂けないな。昼休みの学校でピー(※自主規制その6)をするのはどうかとボクも思う。だが前園さんもチュー位ならさせてくれたはず」


 「ピー(※自主規制その7)もチューもどちらもしないから!」


 「ええっ!?」

 「わざとらしくビックリしないで」


 「おい刹那……いい加減にしろよ」


 「全ては肝心な時に初心うぶな少女になってしまう君を心配しての事……ってひょっとして怒っているのかい?」

 

 「うん、とても怒っている」


 「それは困ったな……緒方君、奥方の機嫌が悪い。旦那としてなだめてくれないか」


 「悪いな風見さん、それは無理。俺もそれなりに怒っているし」


 「緒方は先に教室に戻っててくれ、オレはコイツとトイレに寄ってから戻る。じゃあ行こうか

 

 風見さんの腕を強引に掴んだ前園が歩き出す。


 先ほどまで余裕に溢れていた風見さんの顔色は変わり、明らかに動揺している。

 

 「す、すまない前園さん……調子に乗り過ぎた反省する。ボクも教室に戻る。いや戻らせてください」

 

 「ダメだ」

 「行ってらっしゃい。骨は拾うね」

 

 「ちょっと緒方君、酷いじゃないか? 助けてボクを見捨てないで!」


 「うるさい刹那、大人しく歩け」

 「はい……」

  

 こうして一年F組風見刹那は前園凜に連れられてどこかに消えた。

 その後、白花学園で彼女を見た者はいない。

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