第170羽♡ 天使よ下ネタ云う勿れ

 

 自室で上半身裸の妹とふたりでいるところを幼馴染のふたりに踏み込まれた。


 何も知らない楓と宮姫からすれば、俺がリナにいかがわしい事をしようとしたようにしか見えない。


 事実はもちろん異なる。

 ちゃんと説明すれば楓と宮姫は理解してくれるはず。

 

 「緒方君、とりあえず今すぐ死んで」


 ――訂正


 人と人はどこまでも分かり合えない。

 この先、宇宙そらで生きるようになったとしても。


 一言の弁明も許されず宮姫から死刑宣告が下された。

 

 「ま、待ってくれ、これには深い事情があって」


 「へ~どんな事情があったら、リナちゃんが裸で緒方君の部屋にいることになるの? 聞きたくないな、やっぱりすぐ死んで」

 

 どうやら宮姫裁判官は死刑の一択しかないようだ。

  

 「いたたっ……」

 「あ、楓ちゃん大丈夫?」

 

 リナが丸めてぶん投げたキャミソールの直撃をくらった楓が、のろのろと立ち上がる。

   

 「うん、いきなり物が飛んできてビックリしただけだから」

 「ごめんなさい……楓ちゃん」

 

 「ううん、大丈夫だよリナちゃん……あ、これ返すね、あと服を着ようか」

 「り、了解なのだ!」


 ニコりと笑う楓にリナは大人しく従う。

  

 「カスミは今すぐ後ろ向いて」

 「はぃい――っ」

 

 俺に声を掛ける時だけ、明らかに声のトーンが下がった。

 

 ――まずい。

 楓が怒っている。

 

 普段からツンツンしている宮姫には怒られ慣れている。

 もちろん怖いけどすーちゃん宮姫だけなら何とかなりそうな気がする。昔から優しい子だし。 

 

 だけど楓は別だ。

 しょっちゅう小言は言われるけど、本気で怒られたことはほとんどない。

 

 出来の悪い弟を見るような視線と口調と苦笑いで『仕方ないなカスミは』の一言で終わる。

 

 今日はそれだけで終わらない気がする。

 宮姫と同じく極刑しか選択肢を持っていない気がする。


 どうしたものか……。 

  

 結局、着替えるために自室に戻ったリナが戻ってくるまで、楓と宮姫は一言も口を聞いてくれなかった。

 

 リナのいない間は、一秒一秒が長く感じてふたりから溢れ出るドス黒い怒りのオーラで俺の精神はかなり摩耗した。

  

 しばらくすると部屋着に着替えたリナが戻っていた。


 一度この場から離れた事で、頭が冷えて事の重大さに気づいたのだろう。

 部屋は冷房が効いているのに額に汗が浮かぶ。

 俺と同様に余裕がない。

 

 「……とりあえずふたりとも座って」

 

 「「はい」」


 楓の声に俺とリナはすぐに反応し、当然のように正座する。

 宮姫と楓は、スカートを抑えて所謂女の子座りをする。

 

 「それで超ド変態の緒方君はリナちゃんに何をしたの?」

 「信じてくれと言っても難しいかもしれないけど、何もしていない」

 

 「じゃあ、どうしてリナちゃんは裸だったの?」

 「それは……」

 

 ……言えない。


 帰宅したら下着姿で俺の部屋で勝手に昼寝していて、更に自ら着ていたキャミソールを投げつけてきたなんてあまりにもリアリティが無い。


 普段からエキセントリックな義妹もどきのいる緒方家では、ちょっとレアくらいのイベントだったりする。これまでも多くの奇行があったから。

 

 それにありのままを伝えるとリナが一方的に悪者になってしまう。

 実際悪いのはコイツではあるけれど。

 

 一時的には楓や宮姫に嫌われてもかもしれない。

 それでも俺はこのおバカな妹の味方でいたい。

 

 仕方ないよな……。 


 「すまん俺がスケベ心でつい……」

 「違う! 兄ちゃんは悪くない!」


 俺の発言を遮るようにリナは喋り始めた。

 

 「おいリナ?」

 「兄ちゃんわたしに話させて、聞いて楓ちゃん、すず、兄ちゃんとわたしは……」

 

 ――ゴクリ。

 緊張のあまり喉が鳴る。 

 リナは何を語るのだろうか、全く見当がつかない。

 

 「この部屋で……」


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「野球をしていたのだ!」

 「はぁ?」

 

 思わず、間の抜けた声を出してしまった。

 ……妹よ何を言っているの?

  

 「夏は野球の季節だよね。青空の下で白球を追いかけるのは青春って感じがするよね」


 「……リナちゃん、この部屋に青空はないけど」

 

 楓は戸惑いながらもツッコミを入れる。

 冷房を効かせるためにカーテンをかけているから、青空なんてどこにもない。 

   

 「青空がなくても白球とバットと情熱があれば野球は出来るのだ! キャミを丸めてボールにして、兄ちゃんのバットで」

 

 無理のあるリナの言い訳が続く。

 

 妹よもういい……

 お前は十分頑張った。

 だから兄ちゃんと代われ。

 言い訳があまりにもグダグダ過ぎる。

 

 「言っている事がよくわからないけど、バットはどこにもないよね?」

 

 宮姫さん、この際バットはどうでも良くない? 

 リナが適当に言ってるだけだし。

 

 「いや、兄ちゃんは股間に隠し持っているの! 普段はもにゅもにゅなアオダイショウさんだけど、いざという時はカチンコチンの固い金属バットになるのだ! しかも縮尺自在!」

 

 「ちょっとリ、リナちゃん!? 女の子がそんなゲテモノの話をしちゃ絶対ダメぇ!」

 

 顔を真っ赤にした宮姫の叫び声が響く。

 

 ……だよなぁ。


 華のJKがそんなド下ネタを言っちゃダメだよな。

 すまん宮姫。

 

 「おい、リナいい加減に……」

 「知らなかった……カスミがそんなに凄い金属バットを隠していたなんて」

 

 本当に驚いたという表情で楓がつぶやく。


 もしもし楓さん?

 何かまた勘違いしてない?

 

 リナの言う金属バットは人に見せるものじゃないから、まぁ隠し持っていると言えなくもないけど。

  

 「ふっ楓ちゃん、兄ちゃんの金属バットはマジやばいぜ。まぁわたしも最後に見たのは小五の時だけどね、きっと今はもっと立派で黒光りする金属バットになっているはず」


 「いいなぁ……わたしも見てみたい、カスミの金属バット」

 

 楓さーーん!


 だから俺の金属バットはJKが絶対に見ちゃいけないやつだよ。

 一目でも見たら目が腐るか呪われて石になるよ。


 「そうだ楓ちゃんどうせなら今見せてもらおうよ! じゃあ兄ちゃんさっそく金属バットをポロリでカモーン!」

 

 「いやポロリしないから」

 

 「カスミ、わたし見てみたい」

 「兄ちゃん、むっつりスケベのすずも見たいと言ってるのだ」

 

 「リナちゃん、わたしはそんな事、一言も言ってないからね!」

  

 宮姫はともなく、楓は絶対に金属バットの正体をわかっていない。

 

 いつもの穢れなき楓さんで安心する。

 同時に世間知らず過ぎて心配でもある。


 ……俺の金属バットは永遠に知らないままで良いけど。 

 

 「だからダメだって」 

 「ぶ~わたしのぱいぱいを見たのにずるいのだ」

 「見たというより見せつけられたが正解だろうが!」

 

 「なんだとぉ!? 何ならもう一度見るか? 拙者のぷりちーぱいぱいを」

 

 「ちょっとリナちゃん、絶対駄目だからね! 女の子がそんなことしちゃダメなんだから」


 「じゃあ代わりに普段は着瘦せするそのワガママをぷるるんと解き放つべし、さぁさぁさぁ」

 

 「いやぁ――緒方君みたいなゲジゲジに胸を見せるなんて絶対に嫌!」

 

 ……今日、緒方霞はゲジゲジに転生しました。

 ゲジゲジ。 


 

 さっきから話が停滞している。

 

 おバカなリナと、生真面目な宮姫と、天然気質の楓。

 この三人だけだと、どうにも収拾がつかない。

 

 コミュ力の高い前園かさくらがいれば、こんな混沌カオス展開にはならなかったはず。

 

 そう言えば、前園の赤城家への訪問は上手く進んでいるかな。


 仮に前園が本当にさくらの家に住む事になると、嬉しいと同時に困ることが幾つかある。

 

 ……こればかりは仕方ないけど。

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