第121羽♡ はじめての夫婦ライフ(#11 仲直り)


 「……やめて」

 

 「じゃあわたしの後に付いてきてくれる?」

 

 「……(コク)」

 

 リナは嫌そうに無言で頷く。

 

 窓際のリナとさくらが座る席から、まずはリナを連れ出そうと手を繋いだところ拒絶された。

 

 5歳で初めて会って以来こんなことは始めてだ。

 大好きな妹に拒絶されたショックのあまり頭がぐらぐらする。

 

 でも……

 リナはもっと辛いかもしれないからわたしだけが痛がってられない。

 

 互いに無言のまま、バイト先のスタッフルームに向かう。 



 ◆ ◇ ◆ ◇

 


 休憩時間ということで使用許可をもらったスタッフルームでリナと机を挟み向き合う形でパイプ椅子に座る。

 

 机を挟み60センチほど離れたリナは口を紡ぎ、下を向いたまま顔を上げない。

 

 「急に店に来たからびっくりしたよ」

 

 「…………」

 

 「この格好やっぱ変かな? かわいいとは思うんだけど」 

 

 「…………」

 

 「なぁリナ、女子サッカー部の練習は午前中だったけど、暑かったし調子悪くなってないか?」


 「…………」

 

 ダメだ。

 何を言っても全然話に乗ってこない。

 

 無理もない。

 

 放課後、学校そばのカフェレストランで女装してバイトする男子高校生なんて日本中はおろか世界中探してもいないかもしれない。

 

 だけど俺にも事情はある。

 決して好き好んで始めた訳ではない。

 

 面接時によくわからない理由で女装して働くよう押し切られて、酷い条件のままバイトを辞めようにも諸事情で辞められない……。

   

 「リナ聞いてくれ。この格好でバイトをしているのには深い事情があって」

 「事情?……兄ちゃんがに目覚めたってことだよね」

 

 「そうじゃない」

 

 俺は『ディ・ドリーム』でかいつまんで理由を説明した。

 楓のお姉さんである加恋さんも一枚絡んでるわけだが、そこは伏せて黒幕は今日休んでいる店長に一本化した。

 

 だけど

 

 「そんな話は信じられない、女装を強要する店長なんているわけない」


 ですよね……

 俺も言ってる途中で何か嘘くせ~なと思ってしまいました。

 

 「そう言いたくなるのもわかる、でも残念なことに変態紳士の店長は実在する」

 「じゃあ今すぐその店長さんを連れて来て」

 

 「今日休みだし」

 「やっぱ嘘じゃん」

 

 「本当だし、仮に今日休みじゃなかったとしてもリナには会わせたくない」

 「やっぱり兄ちゃんは嘘で隠そうとしてる」

 

 「ちげーよ。リナはかわいいからあの変態紳士に会わせたくないだけ」


 これは紛れもない俺の本心。

 新人の葵ちゃんもかわいいから即採用だったし。 

 

 「ふん……こんな状況でさり気なくかわいいと言われて喜ぶほど、わたしは安い女ではないのだ」

 

 そう言うと、ぷぃっと横を向いてしまうがほっぺがぷるぷるしている。

 ひょっとしてちょっだけ軟化したかな?


 休み時間は限られておりタイムリミットは迫っている。

 何とか中途半端にならないよう終わらせねば。

 

 「知ってるから兄ちゃんが最近、乳液や化粧水、爪の手入れなんかもこだわってることを……それこそ女子高生並みに」

 

 「う……別に入念に体の手入れをするのは悪い事じゃないだろ」

 

 「確かにそれはそう……でも拘りが凄すぎて、女の子を目指してますって言われた方がしっくりくる」

 

 「それは違う」

 

 「じゃあベッドの下にあったあの縞パンは何!?」


 リナの告げる驚愕の事実に心臓が止まりそうなほどビックリする。

 

 「……ちょっと待て、あのエメラルド縞パンを見つけちゃったの?」

 

 「昨日なかなか帰ってこないから、秘蔵のムフフ本を見つけてやろうと思い発掘作業をしたら、もっとすごい物が出てきた」


 「勝手に探すなよ。あとムフフ本なんかないから!」

 「むぅ兄ちゃんはネットで見る派か、デジタルは浪漫ろまんがない、アナログこそが至高」

 

 「そんな浪漫いらないから!」


 「まぁムフフ本はどうでもいいのだ! あの縞パンは兄ちゃんが自分で履くために買ったんでしょうが!」

 

 「違います」

 

 「兄ちゃん好みのパンツをわたしに履かせるために買ったならわかる。だがしかし兄ちゃんに女装趣味があることがはっきりした今、あのパンツは自分用に買ったとしか思えない」

 

 「だから違います」

 

 「でも兄ちゃんが履いた場合、兄ちゃんの股間に住むアオダイショウさんは無事収まるのか……うーん」

 

 「あのリナさんや……変なことを考えるのは止めましょうね」

 

 「むしろパンツの先からアオダイショウさんがひょっこり頭を出すのが狙いか?」

 

 「それ以上言うな! 縞パン履かないし、そんな狙いもないから! あれはアニメの円盤を買ったら特典で付いてきたシークレットグッズだから!」

 

 「ウソ?」

 

 「本当だよ。さくらに聞いてみろ同じ円盤を買ったからアイツも持ってる」

 

 「……さくらには相談するのに、どうしてわたしには話してくれないの?」


 少し明るくなってきたいたリナの表情がまた曇る。

 女の子とシリアスな話している時に他の女の子の話を出してはいけないってラブコメに書いてあった気がする。

 

 しくったかも……。

 

 「そんなことない」

 

 「そんなことある! わたしは兄ちゃんの妹だよ。一緒に暮らしてるんだよ。困った事があれば、まずはわたしに頼って!」

 

 「リナがそう感じるなら、できてなかったのかもしれない。ごめん」


 「やだ」

 

 「……お願いだよ」

 

 「じゃあギュッとしてくれたら許す」

 

 「わかった」

 

 リナが頼りないわけではない。

 俺が頼りになる兄ちゃんでいたくて、都合が悪いことは避けていたかもしれない。


 リナを立たせ優しく抱きしめる。

 暑さのせいで少し汗ばんでるせいか、いつも以上に女の子の甘い匂いがする。


 腕の中にいる柔らかなリナが、妹でも義妹でも義妹もどきでもなく、一人の魅力的な女の子だと改めて思い知らさせる。


 ……そんなこと考えちゃいけないのに

 

 「今の兄ちゃんは女の子にしか見えない」

 「女の子の格好してるからな」

 

 「スカートの丈短すぎ」

 「俺もそう思う」

 

 「中見えちゃうよ……」

 「短パン履いてる。好きなアニメヒロインがそうしてたから」

 

 「じゃあ熱いでしょ」

 「まぁな」


 「アオダイショウさんが熱中症になる」

 「アオダイショウさん言うな」

 

 「兄ちゃんがいないと寂しい……早く帰ってきて」

 「明日には帰るから」

 

 「待ってる。わたしのこと忘れないで」

 「あぁわかった」

 

 大切な女の子を包むように優しく抱きしめる。

 

 リナは儚い。

 放って置くとどこかに行ってしまいそうでいつも不安になる。


 誰にも渡したくないし渡さない。


 リナのためなら何でもする。

 例え誰かに疎まれることになろうと知った事じゃない。


 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇ 


 

 リナは窓際のテーブル席に戻り、今度はさくらにオフィスルーム来てもらった。

 

 「兄妹仲直りできたかしら?」

 「あぁ」

 

 「なら良かったわ。最近誰かさんとのコミュニケーション不足でイライラしてたから」

 

 「いつも通りやってたつもりなんだけどな」

 

 「ダーリンがそのつもりでも大好きなお兄ちゃんが、他の女の子と仲良くしてたら面白くないのは当然よ」

  

 「そういうものなのか?」


 「そういうものよ」

 

 さくらはニコリとほほ笑む。

 

 「ごめんそろそろ休憩時間終わりだから」

 「そう……バイトが終わったら車を回すから連絡して」

 

 「わかった。ところで何で今日ここに来たんだ?」

 「仕事をしているダーリンを見たかったからよ、昔と変わらず、かわいらしいわね」

  

 当然だが、さくらもリナもずっと昔から俺の素顔を知っている。


 皆が言う通り俺が女の子みたいに見えるとして、そんな男に魅力ってあるのかねぇ。

 

 水野みたいな長身の男らしいイケメンの方が絶対良いいと思う。


 「ありがとうさくらちゃん、女形カスミンです! よろしくね~きゅるるん♡」

 「さっき食べたものを全部出てきそうなほど壮絶に絶望的にキモいわ」


 「えぇ……」


 緒方霞にはいいけどカスミンにはキモいって言わないでぇ!

 夏季限定だけどアイドルなんだから。 

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