第14羽♡ 屋上出口で色づく枝垂れ桜(下)
「ごきけんようマイ・ダーリン」
「待たせたなマイ・ハニー、早速だけどいいかな」
「あら何かしら?」
「この挨拶止めない? マジでハズいんですけど」
互いを「ダーリン」だの「ハニー」だので呼び合ってる高校生が他にいるだろうか?
付き合ったばかりで互いに夢中なラブラブカップルとか、仲のいいカップルがギャグでやってるなら分からなくもない。
でも俺たちは実際婚約してて期間も延べ六年目となる。ハズいを通り越してキツい。
「わたしはそう思わないわ」
サラリと返すさくら。
――こいつは別にいい。
一般人にない気品のある雰囲気を
「俺はさくらと違って
「そうかしら? あなたの浴衣姿はなかなか風流だったわ」
「さらりと俺の黒歴史を掘り起こすのは止めろ!」
とある年の夏にさくらの家の庭で花火をした日のこと、なぜか俺は朝顔の絵柄の浴衣を着せられた。
もちろん女の子用だ。
当時は小学生だったから大して気にもせず、浴衣を着たこと自体すぐに忘れてしまったけど去年たまたま押入れを整理した際に出てきたアルバムに収まった写真は、俺にとって十分に黒歴史となるものだった。
「カスミ君がどう思っているか知らないけど、わたしにはかけがえのない大切な想い出なの」
「さくら……」
なんだろう……。
とても物哀しく切ない……。
憂いに満ちた表情のさくらに思わず手を差し伸べようとする。
――どうしてそんな顔をするんだ?
俺はこんな顔しているコイツを見たくない。
ところが……。
「なーんてね! 呼び出したのは昨日の浮気釈明かしら?
異世界転生もせず、こうしてノコノコとわたしの前に現れたことだけは褒めてあげるわ!
でもね~残念!
わたしは許さない~だから今日があなたの命日!
今、目に映るものこそがこの世での最後の光景よ!
さぁ無様な姿で這いつくばり命乞いをしなさい、この駄犬!」
表情が一変させた上、
右手を頬に当て目と口を吊り上げ、電波的で高飛車なことを仰るマイ・ハニー。
実に楽しそうである。
えーと、これは……魔王ごっこ?
それとも悪役令嬢ごっこかな?
さくらたんはリアルお嬢様だから悪役令嬢ごっこだよね?
とてもお似合いです、さくらお嬢様。
でもねさくらたん……。
ここに来る人はいないと思いますが、たまたま誰かが来て、今言ったことを聞かれたらあなたの黒歴史がまた一行増えますよ?
そうしたらあなたは絶対泣きますよね?
すご~く後悔しますよね?
でもまぁ話の腰を折る必要もないかな。
ここはおとなしく従おう。
「どうか命だけはご勘弁を~ ていうか異世界転生って自分の意志でどうにかなるものじゃないだろ」
「ではタイムリープかしら? 今から化学実験室に行く?」
「うちの化学実験室、エタノールや硫黄の匂いはしてもラベンダーの香りはしないだろ」
タイムリープが似合うのは爽やかなイケメンや美少女であり、俺の様なモブ担当は対象外だ。
でもSF作品でたまに出てくる化学実験室でアルコールランプでお湯を温めて三角フラスコやビーカーでインスタントコーヒーを飲んだり、カップラーメンを作ったりするシチュエーションには少し憧れる。
「ひょっとしてTS? 確か『肉体的異性化』だったかしら、それなら手伝えるかもしれないわ。
この前、家に出入りしている庭師からよく切れる枝切り鋏をもらったの、本当によく切れるのよ。
これ以上の罪を重ねる前にカスミ君のアレを切断しておきましょう。ね?」
ギラリとさくらの瞳が鋭く光ったように見えた。
さくらたん、今とんでもなく怖い事を仰ってます。
サイコホラーですよ! それ!
「それTSじゃない! 物理的に切断しようとしてるだけだろ! お願いだから切らないでください!!!」
「では……」
「どれもしねーよ!」
いかん……。
さくらたんの発想がどれもぶっ飛んでて怖すぎる。
早く話の矛先を変えないと本当にアレを切断されてしまうかもしれない。
昔のさくらたんは絵に描いたような深窓のご令嬢だったのにどうしてこうなった!?
多分、俺のせいか……。
しまったなぁ……。
「わたしとの婚約破棄も?」
何の前触れもなく核心部分をついてきた。
異世界恋愛ものなら、ここで横暴な悪役令嬢に婚約破棄するところなのかもしない。
でも……。
「するわけないだろ!」
俺たちがいるのは異世界ではなくファンタジー要素の欠片もない現実世界だ。
魔法学園でもない普通高校の屋上出口はもちろん婚約破棄をするような所ではない。
「わたしが
優雅な笑みを浮かべ、人差し指で俺を小突きながらさくらは詰問する。
「赤城さくらがそんなことするわけない!」
さくらを疑ったことは一度もない。
それに間違ったこともしない。
「あと俺は浮気してない、でもさくらが昨日のことを気にしてるならごめん」
髪と同様、赤と黒の中間色の様な瞳が俺をじっと見据える。
恐らく数秒のことだろうけど、もっと長く長く感じる。
しばらくすると笑みを浮かべながら視線を外した。
「そう……今日のところは許してあげる」
「ありがとうございます」
「はぁ少し疲れたわ。休憩してもいいかしら?」
「ん……休憩って?」
「こうするのよ」
さくらは寄っかかって壁から身体を起こすと、俺の背中に自分の背中を預けてきた。
バサリ――とまるで天使の羽が触れたような音がした気がする。
合わせてヒンヤリとした細く長い指先が俺の左手を包む。
高めの位置にあるポニーテールが俺の首元にもかかり、花のような甘い香りがする。
螺旋階段の下から校舎内で反響した生徒たちの声や階段の昇る物音などが聞こえる。
壁側に立っているから低階層フロアから上を覗いても俺たちは見えない。
互いの距離は限りなく
背中越しに互いの心音が聞こえてしまいそうなくらいに……。
まるでふたりだけで秘密の花園にいるように、邪魔するものは誰もいない。
「重いなぁ……」
「こういう時は軽いって言いなさい。レディに失礼よ」
「へーい。
なぁさくら、いつアニメやラノベを見てるんだ? 最近も変わらず忙しいだろ?」
「時間なんて作ろうと思えばどうとでもなるわ、カスミ君と話を合わせるために見始めたアニメやラノベだけど、もう楽しくて止めれない!
今年は夏コミに参戦するわ! もちろん付いて来るわよね?」
「はいはい……喜んで」
出逢った頃のさくらは、アニメやゲームを知らなかった。
二次元の素晴らしさを布教し、さくらをヲタの道に引き入れたのは俺。
学習能力の高いさくらは完璧にラーニングし、俺と同様慢性厨二病になってしまった。
先ほどの迷言の数々はその副産物でしかない。
「なぁ、休み時間もうすぐ終わるぞ?」
「休み時間なんて終わってもいいじゃない……もう少しこのままで」
「それでいいのか? 学年首席」
「構わないわ、だってわたしは四年も待っていたのだから……」
校舎内に響く他の音をすべて消し去る様に真っ白なさくらの言葉が背中を通し
その言葉は湖底のように深く、俺はどう答えたら良いかわからない。
今どんな表情をしてるのか俺は見ることもできない。
「ねぇカスミ君」
「ん?」
「愛してるわマイ・ダーリン」
「嘘つけ……」
「ふふっ」
背中越しにさくらが楽しそうに笑う声が伝わる。
離れていた時間が長いから俺たちは互いをよく知らない。
知ってた頃の自分たちのふりをしてるだけ。
本当も嘘もわからない。
それでも……。
結局、俺たちは休み時間終了まで屋上出口で過ごし、終わりを告げるチャイムが鳴るとおとなしくその場を立ち去った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます