第133羽♡ はじめての夫婦ライフ(#23 誕生日会という名の戦 その7)
大荒れの誕生日会後、今朝まで借りていた寝室にふたりで戻る。
時刻は午後6時過ぎ。
7月だけあって外はまだ明るく、窓から強い西日が室内を照らす。
さくらは部屋に備え付けの椅子ではなく、ベッドに腰を掛けている。
俺も並ぶように座る。
「ちょっといいかハニー?」
「待ってダーリン、女性には心の準備が必要なの」
「ごめんさくら……俺もう我慢できない」
「仕方ないわね。じゃあちょっとだけイケナイ事する?」
その瞳には蠱惑的な光が宿り、思わず吸い込まれそうになる。
「いや……そうじゃなくって」
「じゃあ結婚を急ぎたいのね。でも日本は18歳からだし、とりあえず16歳で結婚できる国に今すぐ移住して国籍を取りましょう。わたしは日本語以外だと英語、中国語、ドイツ語なら大丈夫よ。ダーリンは?」
「いや……そんな簡単に国籍変更できないし、できたとしてもすぐに結婚できないだろ。4カ国語も話せるの? 俺は日本語オンリーだよ! って……だからそうじゃなくって」
「違うの? 何かしら?」
「今日の誕生日会は色々仕込んでたよな?」
「あら人聞きが悪いわ……何か証拠でもあるのかしら」
「それミステリードラマで犯人が否認する時に必ず使う台詞だから」
「誕生日会に色々準備をするのは当然でしょ」
「その準備がミルクレープみたいに何重にもなってそうなんだけど。まず誕生日会だけど毎年やってないよね!?」
「誕生日会はやってるわ……親族を呼んでなかっただけ」
「さくらのお祖父さん……安吾さんは普段はリモートワークでほとんど会社に顔を出さないんだよな? 騒いだ親族連中は普段話す機会もない……つまり言いたいことがあっても言えない。ある日突然、新人事制度導入の噂が流れてきた。事実上旧長男次男派、つまり三男安吾さんの直系以外は追放されるかもしれない。当然パニックになる。そんな中、赤城本家から安吾さんの誕生日会の連絡がある。安吾さんは第一線を退いているものの、現在も会長として社内幹部層には絶大な影響力を残している……とあったら何が何でも誕生日会に参加して、安吾さんに自分たちの主張をぶつけるよな」
「中々面白い筋書きだわ……推理小説のようね」
「しかも追加で長男次男派の追い風になる様なような噂が流れてきたら……例えば、安吾さん淳之介さんの親子関係は上手くいっていない。安吾さんが本家から出て一人暮らしをしているのも確執があるから。また赤城家の伝統を重んじる安吾さんは、今回の新人事制度を良く思っていない。年齢も63とまだ若く、一度は譲ったものの取締役への返り咲きを狙っているみたいな内容だったとする……旧長男次男派からすると、これ以上美味しい話はないよな……しかも目障りな淳之介さんは閑職に追い込めば、旧長男次男派からいずれ次期取締役を出せるかもしれないと……いざ誕生日会で、赤城家で重要ポストを独占する案を提案したものの、どういう訳か安吾さんが乗ってこない。それどころか否定されてしまった。旧長男次男派はさぞかし焦っただろうな」
「……」
さくらは何も言わないまま、僅かに笑みを浮かべる。
「安吾さんを担ぐのを諦めた後は、個人攻撃で淳之介さんやさくらの粗探しをしたわけだけど、あれはお粗末だったな。準備不足であっさり交わされるし、それどころかさくらにうまく乗せられてカウンターを浴びる始末だし……ところで何で俺を巻き込むように仕向けた? さくら一人で楽勝だっただろ」
「そうね。一つはダーリンが弱点にならないと彼らに知らしめるため、もう一つはお父様とお祖父様にわたしのダーリンがただの女装アルバイトじゃないと知ってもらうため。仮に今日、ダーリンが出席してなかったらどうなってたと思う?」
「そうだな……俺が出席しない方がリスクは少なくなるし、より安全に事を進めることが出来たんじゃないか」
「確かにダーリンからボロが出るリスクもあるけど、例えば親戚達に挨拶回りした時にダーリンが横にいることで、縁談の話を持ち掛けたり、わたしを取入ろうとする人がいたとしても話を切り出しにくいでしょ」
「確かにそうだけど、縁談の話なんかされるのか?」
「わたしももうすぐ16になる。お母様がお父様と婚約した歳よ。バカバカしいけど、資産家の世界では未だに政略結婚があるの。わたしは10歳の時に、ダーリンと婚約しているから誰を連れてこられても断るけど、親族達は今日までわたしが婚約しているのを知らなかったわ。自分たちの息のかかった相手と政略結婚を進めてくる可能性は十分にある」
「なるほど……」
「彼らの態度が悪いからと言って、ダーリンが彼らを罵っていたら、今日は大人しくしていた頭の切れそうな親族に狙い撃ちされたかもしれないわ。でもダーリンはほとんど彼らを責めるような事をせず、上手くまとめたから杞憂に終わったけど」
危なかった……。
かなり頭にきていたから、旧長男次男派の論点ズレを一個一個指摘して、叩きのめそうかと直前まで思っていた。
だがこのやり方では、さくらへの風当たりもますます厳しくなる可能性がある。そんな考えが頭を過ったので、穏便に終わらせる方に舵を切った。
「今日頑張ったおかげで、今後敵に周りそうな人の目途は経ったはずよ。一番の収穫はそれ。でもわたしとしては俺の女を……さくらを傷つけるヤツは絶対許さね――! お前ら表に出ろ! 全員シバき倒す! くらい言ってくれた方が、結果はともかく、わたしのダーリン好感度は爆上がりだったわ」
「カッコいい事言ったところで、返り討ちに合う自分の姿しか浮かばないよ。それにこれ以上さくらの好感度を上げる必要ないし」
「あらどうして?」
「もう十分だろ」
「……えぇそうね」
切れ長の瞳は熱を帯びたまま、その時を待っている。
どちらが先に目を閉じたのか分からない。
俺たち以外は誰もいない部屋で息が切れるまで長く長く唇を重ねる……。
世界からこの部屋だけ切り離されたように音も色も感じない。
ただ愛しいぬくもりだけだ……。
いつまでもそのままでいたいけど、ゆっくりと唇を離す。
「愛してるカスミ君」
「俺も……愛してるよさくら」
「……ありがとう嘘つきさん」
そして何かを諦めたような憂いを帯びた笑みを浮かべる。
やっぱりそうか……。
去年の夏に再会したあの日も、赤城さくらはこんな風に笑っていた。
恐らく見抜いている。
どうしてかはわからない。
でもわかる。
わかってしまう。
俺も同じだから……。
「そうそう……さっきダーリンにお祖父様が話があるって言ってたわ」
何だろ?
誕生日会が終わった直後に反省会はキツい。
正直なところ今日はもう十分に疲れている。
何卒お手柔らかに……。
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