第125羽♡ はじめての夫婦ライフ(#15 Wake Me Up!)


 授業中でも電車の中でもいい。


 ほんの10秒だけ目を閉じるつもりが、がっつり寝てしまったことはないだろうか。


 前者の場合、普段は持ち前のステルス性能のおかげで先生に存在認識されているか怪しいのに寝ている時だけなぜか注視され、全く聞いていない設問の答えを突然求められ四苦八苦したり、後者の場合は目が覚めた時は何故か降りる駅を発車していたりと、想定外の睡眠は良くない結果に繋がることが多い。


 多分10分くらい前までは起きていて、横で眠るさくらの顔を静かに眺めていた。だが突然、瞼が重くなり目を閉じたら不覚にも意識は飛んでしまった。


 そしてこの意識がなかった間に俺とさくらは立ち位置は真逆になる。

 意識は戻り目を開けると、さくらが俺の顔を覗き込んでいた。


 「おはようマイ・ダーリン、よく眠れたかしら?」

 「……おはようマイ・ハニー、途中で起きちゃったからまぁまぁかな」


 「そう、じゃあもう少し寝てる?」

 「いやもう起きるよ。今日は悠長に過ごせるほど時間がないだろ」


 「そうね残念だけど」

 「ところでさ、何で当たり前のように俺と同じベッドにいるの?」


 「え!? ダーリン忘れてしまったの? 朝までふたりでいようと昨晩ダーリンが呼び止めたじゃない」

 「そんな事実はないよね」


 「わたしが嫌がると無理やりベッドに押し倒して……」

 「そんなことしたら、さくらの逆襲で一方的にボコられ5秒以内に俺はライフ0で活動不能になるよね」


 「しかも今すぐ子供が三人以上欲しいと言われたわ」

 「三つ子かな、カフェレストランのバイトだけだと、とてもだけど養えないな」


 「ダーリン朝はつれないのね。ひょっとして低血圧なのかしら?」

 「低血圧ぎみだけど、今は関係ないかな……で、どうやって部屋に入った? 鍵が掛かってたはず」

 

 「入る方法はいくらでもあるわ。ドアノブを力任せにねじ切る。ドアをワンパンで破壊する。某美女怪盗グループのようにレオタードを着て窓から侵入するのもアリね」

 「どれも普通の女子高生ができる方法じゃないよね」

 

 「……というのは全部冗談で」

 「冗談で良かったです」

 

 さくらたんなら今挙げた方法が全部できちゃいそうだから冗談に聞こえない。

 

 「この建物には隠し通路がいっぱいあるの」

 「え、マジで?」

 

 「今は赤城家本館だけど、元々は別の旧華族のお屋敷で三代前が借金帳消しにする代わりに建物と敷地を譲り受けたの、隠し通路は元々あって、いざという時の脱出ルートというのが表の理由」

 

 「裏の理由は? あんまり聞きたくないけど」

 「家主がメイド部屋に夜な夜な忍び込むための……」

 

 「はいストップ! それ以上言わない」

 「おやめくださいご主人様~、良いじゃないかぁ新入りメイド君、君をわたしの34人目の愛人ラ・マンにしてあげようグフフフフっ、あっれ~ご主人様ぁ~♡」

 

 「ストップって言ったのに全部言いやがった……34人は多過ぎじゃない?」

 「この家の隠し通路が多すぎて34人でも少ないくらいよ。きっとダーリンみたいな綺麗な子が変態ご主人様の毒牙に……全くもって許せないわ」

 

 「事実なら許せないのもわかるけど、その変態ご主人様と同じ方法で侵入したさくらさんはなんなの?」

 「もちろんあなたのかわいいフィアンセよ」

 

 にっこりと余裕の笑みを浮かべる。

 

 「……左様でございますか」

 

 ダメだ。

 どうあってもさくらに勝てる気がしない。

 

 「こう近くで見るとダーリンは本当にきれいな顔をしてるわね」

 「男っぽくない顔なのは前から知ってただろ」

 

 鼻の先にいるさくらは俺をじっくりと眺めている。

 

 「もちろんそうだけど、年々色づいて来てるわ」

 「高校生になれば、普通の男子と変わらなくなると思ったんだけど」

 

 それどころか女装してアルバイトして遂にはアイドル活動まですることになったし……普通の男子を目指すどころか完全に逆走している。

 

 「学園でも素顔をさらせば、女子にも人気が出ると思うわ、ひょっとしたら男子にも」

 「だったら嬉しいけど今更素顔だと、女装バイトしてるのがばれるかもしれないし、そもそも髪を揃えるの面倒だし」

 

 「そう……残念ね」

 「さくらや楓やリナや宮姫や前園……親しい人が知ってれば良いよ」

 

 「親しい女の子が多いわね……わたしのフィアンセなのに」

 「それは申し訳ないけど、仕方ないだろ」

 

 「そうね……だから余計に腹立たしいの、ダーリンもダーリンを取り巻く異常事態も」

 

 常に優雅さを見せるさくらがこれまで見せたことがないくらい厳しい顔をする。

 

 「なぁさくら、何のことを言ってる?」

 

 さくらは俺が聞いてはいけない事を言おうとしてないだろうか。

 

 仮に宮姫以外の天使が堕天使遊戯に関わることを俺に告げたとルール違反になる。だけど本音を言えば聞いてしまいたい。さくらが苦しい重いをしているかもしれないから。

 

 「ねぇダーリンわたしたちは……」

 

 両手を重ね。互いの唇の距離は少し体をよじるだけで触れてしまいそう。

 ふたり以外誰にも聞こえない小さな声でさくらは何かを告げようとする。 


 「さくら……」






 と――その時だった!

 

 「チョリーーース! 突撃朝チュンカップル生取材のお時間DEATHですっ! レポーターは赤城月砂つかさちゃんがお送りします! 今日は婚約6年目のチョベリグなマジラブカップル、カスミ君とさくらちゃんに直撃DEATH! ……でふたりはどこまで行ってるのよ? ひょっとしてもう後戻りできないところまで? あたしてきには孫のお世話ができるなら10人でも100人でもオールOKだぜぇ! よーしバッチコーイ!」

 

 「「なっ!?」」

 

 鍵が掛かっているはずの部屋のドアがバーンと開くと、さくらママことツカサさんが乱入し一気にまくし立てた。突然のことに俺もさくらも両手を繋いだまま絶句し、動けない。

 

 「あれ? ひょっとして今からお楽しみのお時間だった? ……そりゃすまねぇタイミング間違えちった。ごめんちゃーい許してちょんまげ!」

 

 言葉とは裏腹に反省ゼロのまま余裕のダブルピース。しかもところどころで言葉のチョイスが古い。

 

 なおこのお方は、日本屈指の巨大企業体赤城グループの社長夫人だったりする。

  

 現首相夫人とテレビに映ったり、銀座に買い物や美味しいものを食べに行く超セレブで、見た目は女子大生でも通じそうなほど若いが、だからと言って実年齢19歳と言うことは絶対にない。初めて会った10年ほど前からこんな感じだし。

 

 「お、お、お母様ぁあああ――! すぐに出て行ってくださいましっ!!!!」

 

 あっけにとられた状態から正気を取り戻したさくらの叫び声が、赤城家本館に響き渡る。


 「きゃ~~~さくらちゃんに怒られちったぁ~やっばーい! ツカサちゃんとんずら~~~んじゃあ、ばいちゃ♡」


 こうして暴風のような赤城月砂ちゃん自称19歳はあっという間に去っていった。後には肩で息をするさくらと、完全に傍観者になってしまった俺だけが残された。

 

 まぁ……あれだ。

 恥ずかしいよね親にこんなところを見られるのは。


 結局のところ、後ろ暗い事は何一つなかったわけだけど。

 

 先ほどさくらが何を言おうとしていたのかわからない。でもルール違反に接触する可能性があるならもう一度聞くことはできない。

 

 朝から散々だけど、これで良かった気がする。

 あと、この部屋のドア鍵は全然意味がない。

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