第124羽♡ はじめての夫婦ライフ(#14 夢の終わりに)
辺りの木々から叩きつけるように蝉時雨が降る晩夏の夕暮れ時。
特徴的なレッドブラウンの髪をした女の子はとても辛そうな顔をしている。
ボクと女の子は、毎夏一週間だけ一緒に過ごす。
今年も一週間前に再会し、今日はお別れの日だ。
さよならを告げるはとても辛い。
でもボクが淋しい素振りを見せたら、女の子はもっと不安になってしまうかもしれない。
だからできる限りの笑顔を女の子に向ける。
「またね×××ちゃん。また来年」
「うん、〇〇〇君あたしずっと待ってる、また来てね」
「うん。必ず行くから」
女の子にそう告げると優しいだけの世界は終わりを迎える。
最初から夢だとわかっていた。
これまで何度も同じ夢を見ているから。
何が『必ず行く』だ……この日の翌年には親戚の家から、女の子の住む東京に戻ったのにボクは会いに行くことができなかった。
だから夢を……過去を思い出す度にボクはキミを……
カーテンの隙間から朝の陽ざしが部屋を照らす。どうやら普段の癖で早く起きてしまったらしい。
7月15日日曜日、さくらのお祖父さん誕生日会当日。
恐らく今は午前4時半くらいだと思う。いつもなら朝練に行くリナの弁当を作るために起きる時間だ。
正確な時間が分からないのは、この部屋に時計がないのと手元にスマホがないから。
スマホはベッド横の小さな収納棚にあるから取ればいいのだが、手を伸ばして取るには若干だが遠い。
少しだけ身体を動かせば問題なく届く。
だか今の俺は訳あって全く動けない。
昨日から始めたダンスレッスンによる筋肉痛が原因ではない。慣れないことを急にやったことで膝や関節が悲鳴を上げてるのは事実だけど。
動けない理由はもっと単純なことだ。
万力のような凄い力で身体を抑えつけられているから。
「……すぅ」
レッドブラウンの綺麗な長髪が俺の胸元にかかり、柑橘系の甘い香りがする。
拝啓
眠り姫な赤城さくらさんへ
キミはどうしてボクと同じベッドで寝ているのかな。
昨日の夜はこの部屋で話をしてたけど、確か午前0時前にさくらさんは自室に戻りましたよね?
その後、ボクはこの部屋のドアに内側から鍵をかけてから寝ました。
つまりですね。
ここは密室で、誰も入れなかったはずです。
それなのにさくらさんはどうやって入ってきたんですか――!?
ミステリーですよコレ!?
体は子供、頭脳はほにゃらら~で有名な某名探偵君を呼んだ方が良いでしょうか?
それとも異世界で身に付けてきた空間転移魔法を使ったとか!?
だとすると持ち前の腕力と合わせて現世も異世界でも天下無双ですねさくらさん!
さすがは天使同盟一翼櫻花の天使は半端ない!
はぁ……一人で盛り上がっても空しい。
それにしても気持ち良さそうに寝てるな。
聞きたいことは沢山あるけど、このまま寝かせておこう。
意識がある時は怖い人だし……。
はて怖い人?
あのさくらちゃんが?
俺の知ってるさくらちゃんは大人しい女の子で、いつも消え去りそうな声で話しかけて来て、嬉しい時や楽しい時も恥ずかしそうに笑う女の子だったはず……。
小学校最後の夏に別れた時も確か印象だった。
ちょうど一年前、リナのサッカーの試合を見るため神奈川県の競技場で再会した時には今のさくらだったな。
となると、心に邪悪なものが住み着いたのは俺の知らない数年間ってことか。
くっ……そばにいれば、
サンドバッグになる覚悟で、俺以外の人間に危害を加えない様にさせないと。
さて……
先ほどから何も変わらず、俺はさくらにがっつり捕まってて動けない。
眠れるさくらと違い、俺はもう目が覚めてしまいこれ以上眠れる気がしない。
そもそも、この状況で二度寝とかありえんだろ。
じゃあ、さくらを起こして離れてもらうか。
お年頃の美少女女子高生 (ただし超武闘派)を起こした場合に想定されてるお目覚めイベントは主に3つ。
1、寝起きで不機嫌な魔王さくらたんの痛恨の一撃!→陰キャモブ緒方霞は65536のダメージを受けた→緒方霞は全滅した→BAD END
2、寝起きで不機嫌な聖女さくらたんの聖なる一撃!→陰キャモブ緒方霞は65536のダメージを受けた→緒方霞は浄化された→BAD END
3、寝起きで不機嫌な勇者さくらたんの会心の一撃!→陰キャモブ緒方霞は65536のダメージを受けた→緒方霞は討伐された→BAD END
いずれのイベントでも結果は大差ない。
と言うか全てバッドエンド直行ですね。
やっぱり起こすのを止めるか?
命を懸けてやることじゃないし。
でもなぁ……このまま寝かせておくのも色々とマズい。
良い香りだけじゃなく、さくらさんの女子なパーツがすっごく柔らかいのと、かわいい夏用パジャマのボタンが上から三つほど外れているようでして、油断するとアレコレが見えてしまいそうなんです。はい
少しは年頃の
俺の理性が飛んで、変なことをしてもスヤスヤしてたら抵抗できないでしょうが。
「ん……いいよ」
「なっ!?」
「さくら?」
「すぅ……」
びっくりした……。
どうやら寝言らしい……タイミングが良すぎてビビる。
「……カスミ君ずっと待ってる、また来てね」
これは夢の続きなのかもしれない。
目が覚めたと思っている俺は実はまだ眠ったままで、あの夢の続きを見ているのかしれない。
「……必ず行くよ」
俺が耳元で囁くと、僅かに笑みを浮かべたさくらの左目から一筋の雫が落ちる。
人差し指でそっと頬を拭うとその冷たさは夢じゃなく、現実であることを思い知らされる。
窓から差し込む夏の日差しは徐々に強くなり、優しいだけの時間はもうすぐ終わりを告げる。
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