第119羽♡ はじめての夫婦ライフ(#9 嫁の策謀?)


 4月に『ディ・ドリーム』でバイトを始めてから漠然とした不安は常にあった。

 

 いつか学園のそばで女装してバイトしてることが周りにバレるんじゃないかと……。

 

 親しくない人にバレるならまだいい。

 

 でも仲の良い友達や親族が知ったらどう思うだろう?

 

 此処でバイトしていることは隠していない。

 だからリナや楓も見てみたいと思えば、いつでも来れる状況ではあった。

 

 一応仕事をしている姿を見られると集中できないから来ないでくれとお願いしていた。

 

 だけどこのお願いには強制力はない。

 

 これまで実際に店に来たのは宮姫が一度きりだけ。

 絶対に来ないもの少し油断していたかもしれない。 

   

 さて…… 

 リナとさくらはどうしてこのタイミングで店に来た!?

 しかも夏用の際どいユニフォームに変わってるこのタイミングで!


 この姿を見られたらどう言い訳すれば良いかわからない。

 

 「カスミン先輩どうかしました?」

 「ううん何でもないよ。葵ちゃん」

 

 猫の様に表情がクルクル変わるバイト仲間の葵ちゃんは不思議そうな顔をしている。

 

 とりあえず、リナとさくらを席に案内しないといけない。

 

 「いらっしゃいませ、窓際の角席にどうぞ、ご注文はテーブル上のタブレットからお願いします」

 

 できるだけ顔を合わせない様に気を配りなら、リナとさくらに声をかける。

 お客様に顔を向けないのは接客としては良くない。

 

 「あら、ありがとう」

 「うむ大儀である」

 

 気のせいかもしれないけど、さくらの「あら、ありがとう」にはどこか含みがあるように感じる。

 

 あと殿様がいた気がするがとりあえず無視……。

 

 一旦キッチンルームに引っ込み、調理に回っていた加恋さんに声をかける。

 

 「加恋さん」

 「どうしたのカスミン?」


 「すみません学校の知り合いが来てて、この姿を見られるわけにいかないから、しばらくの間ですがホールと調理を変わってもらえませんか?」

 

 「別に良いけど、どこの席のお客様?」

 「窓側左奥の1番卓です」

 

 「あの子達か……ってあれ赤城さくらじゃん」

 「知ってるんですか?」

 

 「三条院の女帝って呼ばれたからね。三校祭の打ち合わせで三条院に行った時、中等部の制服を着たあの子が出てきたの、いや~手強かったな」

 

 三校祭は白花学園の近隣にある三条院女学院、彩櫻女学院の三校で年に一度秋に行われる交流戦のこと。

 

 加恋さんは白花学園高等部在学していた二年前は生徒会長だったから、何かと交流がある三条院や彩櫻については詳しいのかもしれない。

 

 「うーん、もう一人の子もどっかで見たことがあるような……」


 「あの子は高山莉菜、女子サッカー部のホープですよ。ひょっとして最近のウチの学校事情はあんまり詳しくないですか?」

 

 「うん、ぜーんぜん知らない。うちの妹が天使同盟に選ばれたってことくらい」

 「元生徒会なら卒業後も白花と関わるんじゃないですか?」

 

 「普通はそうだけどさ、あたしは現生徒会長に嫌われるみたいで何も連絡くれないし~関わろうとすると結構ですって言われちゃうの、ぐすんしくしく」


 現生徒会長のことはよく知らないけど、加恋さんが生徒会長だった頃は生徒会メンバーとして加恋さんを支える立場だったはず……となると積年の恨み? はたまた痴情のもつれ? はて……


 「じゃあ赤城さくらが白花学園高等部に入学したことも知らなかったと」

 「うんうん。マジビックリのおったまげ~」

 

 加恋さんが現在の白花を知らないのは、わたしにとって都合が良いかもしれない。わたしが余計なことを言わなければ、さくらやリナとわたしがどんな関係なのか掘り下げてこないだろう。

 

 「ふたりともわたしのことを周りに言わないと思いますけど、ここで働いてることはできる限り伏せておきたいです」

 

 「ふむふむ、なるほど、りょーかい、社長シャチョサン、オネーサンに任せなさ~いアル」


 さっきから加恋さんの言っていることが何となく昭和のおじさん臭いが面倒なのでとりあえずノーツッコみ。

 

 「あと葵ちゃんとも連携してもらえます?」

 

 「大将合点でぃ!」

 

 加恋さんは快く了承してくれると颯爽とキッチンから出て行った。

  

 とりあえず、このピンチを切り抜けられそうだ。

 加恋さんには後でお礼にしじみかウコンの二日酔い対策ドリンクをあげよう。

 何なら競馬新聞を付けてもいい。


 わたしはそのまま加恋さんの代わりに調理に取り掛かる。

 とりあえずだけど一件落着。

 

 だがしかし……うは問屋が卸さなかった。

 5分ほどすると…… 


 「ごめ~ん。カスミン」

 「どうしました?」

 

 「ダメだった……」

 「え!? どうして?」

 

 「高山さんだったっけ? 小さい方の子がさ、ここでお世話になっている緒方霞の妹です。少しだけ兄さんに会えないでしょうかってウルウルした目で言うんだよ? それを見たオネーサンはときめいちゃったわけよ!」

 

 「ちょっと、そんな簡単に負けないで下さいよ!」


 「無理無理、あんなピュアアイズをしてる子には勝てない。で、あの子はカスミンの何?」


 ピュアどころか中身は捻じれた角とギザギザの黒い翼の生えた小悪魔そのものですよ。と言っても信じてもらえないだろうな。 


 「はぁ……高山莉菜はわたしの妹です」

 

 小手先のごまかしではダメだった。


 葵ちゃんの男嫌いの件もあるし、一瞬だけ男性用ユニフォームに着替えて応対するのも無理。


 どうやらわたしはフィアンセと妹に今の姿をさらすしかなさそうだ。

 

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