第44羽♡ その手を離さないで

 中尾山は都心から日帰りできることもあり、年中登山客が多い。


 俺は初めて登るだけど、前園は季節毎に年に来ているらしい。

 山頂までの登山ルートは幾つかあり、中腹辺りまで運んでくれるモノレールもある。


 モノレールを使えば楽だけど、すぐに頂上に辿りについてしまうから今回は使わないことにした。


 今回は中級者向けコースで登ってみることになった。中級者向けと言っても小学生高学年くらいの体力があれば登れるらしい。


  初心者コースに比べれば人も少なく、自分たちのペースで登れる。


 上級者コースは本格的に登山をする人が練習代わりに使うこともあり、難易度が一気に上がるためオレのみたいな素人はやめた方がいいらしい。


「緒方は普段体育以外で何か運動してる?」

「たまにリナのトレーニングに付き合うのと、月二回のサッカー同好会くらいだな」


 白花学園高等部は、学校の規則で生徒全員が部活ないし同好会に所属しないといけない。


 その代わり同好会も部活も幽霊部員でも問題ないが、最低月二回は活動しなければならない。


「やっぱ同好会に入るくらいだからサッカー好きなんだな」


「高校でサッカーをするつもりはなかったよ。入学時に入ったのはソシャゲ研究会だったけど、一カ月でクビになったから仕方なく」


「同好会クビってあるんだ。一体どんな不祥事を起こしたんだ?」


「バーチャルじゃなくリアルで女子五人に囲まれてる腐れリア充は出てけ! って同好会メンバー全員に言われた」


「……それは何とも申し訳ない」


「その後、学園スローライフ研究会、深夜アニメ研究会、義妹と幼なじみ研究会、気になった同好会の門を叩いたけど、全て入部を断られて……水野の口利きでようやく入れたのがサッカー同好会」


「なるほどな、ところで『その義妹と幼なじみ研究会』ってどんな活動してんだ?」


「過去数十年のゲーム、コミック、アニメに登場した義妹と幼馴染を研究して、恋愛バトルが発生した場合の勝因敗因理由を分析をするとか」


「それを高校三年間やるのか?」

「まぁ……そういうことになるな」


「すげーな」


「そうだな。あ、前園、そこの足もと水で濡れているのと、木の根っこがでぼこぼこしてるから気を付けろよ」


「えっ?」


 一瞬のことだった。

 前園が木の根で足を取られてバランスを崩す――俺はとっさに手を伸ばし、その手を掴んだ。


「大丈夫か?」

「うん……ありがとう緒方。ごめん油断した」


「とりあえず無事で何より」

「緒方の手は温かいな……」


「あ、ごめん」


 俺は慌てて前園の白い手を離した。

 

「……すぐに離しちゃうんだ」

「ん?」


 帽子を深くかぶり直し、前園は顔が見えずらくなる。


「なんでもない……なぁどうしてサッカーを辞めたんだ? 

 水野は緒方が凄く上手いって言ってたし、クラス対抗でも活躍してただろ」


 山登りを再開し、山登りをしながら話を続ける。


「クラス対抗はたまたま。


 中学の時に故障して完治するのに数か月間かかったんだけど、故障理由の一つが体重が軽かったから、体質改善しようしたんだけど、逆にコンディションを崩しちゃったさ、体が限界なんだなと気づいたんだよ。それで」


「……悪い。聞いたらいけないことだった」


「別に大丈夫だよ、早めに退部したことで受験勉強に専念できたから白花に入学できたし、今は良かったと思ってる」


「妹ちゃんやさくらがサッカーをやってるのも緒方と関係してるのか?」


「リナは小学校の頃、地元のサッカー団に俺が誘われた時、くっついて来て一緒に入ったからきっかけは俺かもな、さくらがサッカーをやってたのは一年前まで知らなかった」


「えっ!?」


◇◇◇


 去年の夏に行われていたカテゴリ別女子サッカー全国大会でのこと。

 リナ所属のクラブチームは順調に駒を進めて、決勝まで上り詰めていた。

 

 相手は、さくらが所属していた東京の名門クラブ。

 ふたりのエースが真っ向勝負した試合は熾烈を極めた。

 

 圧倒的な攻撃センスから両足でパス、ドリブル、シュートを自在に操るリナに対し、さくらは高い身体能力と抜群の読みでリナを封殺しながら、攻撃にも参加する。

  

 ふたりの他にも全国トップレベルの実力者が揃っていた。

 だけどリナとさくらはその中でも別格だった。

 

 結果は3-2、自力で勝るさくらのクラブが優勝した。


 リナも2点を奪い、その才能が本物であることを証明してみせたが、後半ロスタイム終了間際に女子では珍しいダイビングヘッドを決めたさくらに勝利への執念を感じた。

   

 俺はリナの対戦クラブにさくらがいることを試合開始寸前まで知らなかった。

 

 スケジュールの関係で決勝までリナの試合を見れなかったし、さくらとリナが以前からライバル関係だったことも知らなかった。


 この日、グラウンドで躍動するレッドブラウンの髪を見た時、フィアンセの赤城さくらだと言うことにはすぐに気づいた。


 同時にマズい事態じゃないかということも。

  

 将来を誓った相手と三年近く会ってない。

 さすがに放置しすぎた気がする。

 

 会わなかった理由、都合のいい言い訳も思いつかない。

 慌てて適当なことを言うより、再会するならしっかり作戦を立ててからの方がいい。


 触らぬさくらに祟りなし。 

 とりあえず試合終了とともに速攻でこの場を離れよう。

  

 会場には一万人近くの観衆がいる、さくらは俺が会場にいることに気づかないだろうけど念のためだ。 


 リナにねぎらいの言葉を掛けたかったけど仕方ない。

 

 試合終了のホイッスルが鳴ると同時に俺は会場から速攻で逃げようとした。

 

 しかし、どこからともなく現れたオールバックでサングラスのおっさん二人組に拉致され、試合を終えたばかりのさくらの前に放り出された。


「あらダーリン久しぶりね。とても会いたかったわ。まさかとは思うけどフィアンセを置いてどこかに逃げようとしてないわよね?」


「や、やぁマイ・ハニー、俺も会えて嬉しいよ。まずは優勝おめでとう、に、逃げるわけないじゃないか、昼間にアイスを食べたせいでお腹が冷えちゃったのか、痛いからトイレに行こうとしてただけだよ」


「それは大変、痛み止めのこぶし……ではなく注射はいるかしら? とてもよく効くわよ。あばら骨が粉々に砕けるくらい」


「拳も注射も間に合ってます!」


 その日以降、事あるごとにさくらの家に呼び出されて、会ってなかった三年間のことを徹底的に事情聴取された。

 

 そして今年の白花学園高等部入学式に赤城さくらは新入生の一人として当たり前のように現れた。

  

 他愛のない昔話を交えながら俺と前園の山登りを順調に進んで行く。


 とは言え、疲労で足が重くなるのはこれから、明日以降筋肉痛にならないかちょっとだけ心配だったりする。

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