第182羽♡ 扉の向こうで待つものは


 「なぁ緒方、同好会でも部室を持つ方法があるのを知っているか?」

 「いや」

 

 「毎月の活動報告を学園に必ず提出していること、会員が8人以上であること、

 その上で審査が通れば6か月間は仮で部室を持つことができる」

 

 「待て、8人以上なら部活動になるだろ?」

 「ここでの8人は複数の同好会合計で8人以上の場合を指す」

 

 部室棟二階にある第三新聞部を出た俺と広田は、同じ建物内の四階に移動する。

 目指すは非公式生徒会と関係がある同好会の活動拠点だ。

  

 「つまり非公式生徒会に繋がる複数の同好会が、合同で部室を一つ持っているって事か?」


 「そうだ甘口カレー研究会、押しアイドル研究会、機械学習生成AI研究会がそれにあたる」

 

 「なるほど……しかし名前から察するに、びっくりするほど活動内容がバラバラだな」


 「部室を持つために一時的に共闘しているだけだし、そもそも名前通りの活動をしているかも怪しいからな」

 

 「だけどよくそれらの同好会と非公式生徒会との繋がりがわかったな」

 

 「3つの同好会のうち、押しアイドル研究会、機械学習生成AI研究会の代表を務める人物は去年別の同好会の代表だった。しかも過去に天使関連の事件に関わった形跡もある」

 

 「第三新聞部はそこまでわかってたのか」

 「あぁ、だが危ないから、これまでは見て見ぬふりをしていた。でも今年は違う」

 

 四階最奥の表札のない部屋の入口前に立つ。

 夏休みということで人通りはなく、物寂しい雰囲気と室外からの蝉の声が響く。

 

 「覚悟はいいか緒方? ここに入ればもう後戻りはできない」

 「もちろんだ」

 

 「よし、では行くぞ」

 

 広田は職員室からこっそり拝借してきた錆びた鍵を古ぼけた黒の扉に差し込み時計と反対方向に回す。

 

 「むっ?!」

 「どうした?」

 

 「鍵が最初から空いてる……」

 「マジか?」

 

 ――一気に緊張が走る。

 

 「中にいるヤツに気づかれたかもしれん。どうする緒方? 一旦引くか?」

 「……いや入ろう、今を逃したらもうチャンスはないかもしれない」

 

 「わかった、では行くぞ」

 「おぅ!」

 

 バーン! という大きい音と共に俺達は同好会の部室に一気に突入する。

 

 ……物がごった返している殺伐とした雰囲気の部屋で待っていたのは

  

 「いらっしゃいませにゃご主人様ぁ♡」

 

 「ぬぅ!?」

 「風見さん!?」

 

 制服に白のフリル付きロングエプロンに身を包むボクっ子の風見刹那だった。


 「それはボクが正体不明のJKネコ耳ガールだからにゃ、どう? かわいい?」


 「そりゃかわいいけど」

 「わーい!ありがとうご主人様」

 

 どういう原理かわからないが、頭の上のネコ耳がピクピクと動いている。

 ショートボブの眼鏡っ子でネコ耳は素晴らしいコンボと言わざるを得ない。


 だがそんなことを考えている場合ではない。

   

 「風見、どうしてここにいる?」

 

 警戒心むき出しの広田が風見さんに詰問する。

 

 「そりゃボクが甘口カレー研究会だからだにゃ」

 

 「ほざけ! 甘口カレー研究会メンバーは事前に把握している。押しアイドル研究会、機械学習生成AI研究会もだ、お前の名前はどこにもない」

 

 「へぇ~やるねぇ第三新聞部は……でもさ好奇心は猫をも殺すよ。まぁ今にゃんこなのはこのボクだけどね、にゃんにゃん」


 「風見さんは非公式生徒会なの?」


 「どうだろうね……それより早くカレーを食べようよ。君等がいつ来ても大丈夫なように朝から作って待ってたにゃ♡」

 

 カセットコンロに乗ったお鍋の中のカレーをかき回す風見さんはかわいい仕草でそう告げる。

  

 「ふざけるな! 貴様が作った物など食えるかーー!」

 「えぇ――!? 真心を込めた作ったのに」

 

 「知るかそんなこと!」

 「そ、そんなぁ」

  

 広田の怒号で風見さんはその場にへたり込んだ。

 そして小刻みに震え……色素の薄い大きな瞳にはあっという間に涙が溜まっていく。

 

 これは……マズい。

 

 「初めて男の子のために作ったのに……たくさんたくさん練習したのに……」

 

 「あ、あの……風見さん落ち着いて、広田ぁお前は今すぐ謝れ!」


 「緒方、お前わかっているのか? 風見はこうやって人を欺くのが上手いだ、なぜなら風見刹那は」

 

 「広田君のバーーカ! 七里ヶ浜に着て行ったアロハ、全然似合ってないって瑞穂ちゃんに笑われたくせに!」


 「くっ?! 貴様なんでその事を? やはり信用ならん!」

 

 「やーい色ボケ浮かれアロハ」

 「うるさいこのどくされ魔女がぁ!」

 

 「違う、ボクは魔女なんかじゃない」

 「どうかな……現にお前に騙されたと主張する人が沢山いる」

 

 「それ……全部誤解なんだよ」

 「知るかそんなこと」

 

 「本当だよ……ボクは何もしてないのに……広田君の大バカ、皆バカ、バカバカバカぁ――うっ……うーーわーーーーん!」

 

 ついに風見さんがわんわんと泣き出してしまった。

 あっけにとられた俺と広田は茫然とする。

  

 ……何なのこのカオス空間。

 

 風見さんがこの場にいるのはどう考えてもおかしい。

 まして彼女はこの部室の同好会員ですらない。

 

 つまり俺達の足取りが漏れていて風見さんはそれを知っていたことを意味する。

 

 今は小さな子のようにギャン泣きしているけど。


 はたして彼女は何者なのか?

 やはり非公式生徒会なのか?

 

 ……でもこのままでは埒が明かない。

 

 とりあえず慰めてみるか。

 

 「よしよし……アロハが似合わない広田が良くないな」

 

 身体に触るのは気が引けるので、いつもリナにするように頭を優しく撫でる。

 間近で見る風見さんはものすごい美人だった。

 

 それにこの顔はどこかで見たことがあるような……。

    

 「ぬぅ――!? 同志緒方よ、まさかこの魔女に寝返るのか?」

 「そうじゃない、でも風見さんを泣かせても仕方ないだろ、ほら風見さんもう泣かないで」

 

 「うぇ、うぇ……ねぇ、刹那って呼んで」

 

 幼児のように顔を真っ赤にしてしゃくり上げながらそう呟く。

 

 「で、でも」

 「お願い」

  

 「せ、刹那もう大丈夫だよ」

 「うん、ねぇ抱きしめて」

 

 「えっ?」

 「早く……」

 

 「わ、わかった」

 

 仕方なく目の前で震える少女を抱きしめる。

 

 すると刹那も俺に両腕を回し俺に抱きついてくる。

 部屋に漂うカレー以外の甘い匂いと柔らかな感触がダイレクトで伝わる。

 

 そして耳元で俺だけに聞こえる声と吐息で……

 

 「好きじゃないのに~いけないんだぁ」

 「なっ?!」

 

 「ねぇボクにしておきなよ、君だけの天使にはなれないけど」

 

 魔女と呼ばれる少女は妖しい笑みを浮かべ俺をいざなう……

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