第147羽♡ 乙女の夢


 時刻は夜9時過ぎ、薄暗い俺の部屋でリナはその小さな身体を吐息と共ににくねらせる。


 「ダメ兄ちゃん……そんなところ触ったら」

 「うるさい大人しくしてろ……」

 

 「あん……もっと優しくして」

 「悪いがそれはできない」

 

 「兄ちゃんのいじわる……はぅ」

 「いじわるなんてしてないだろ……それよりここが良いんだろ?」

 

 「そうそこ……なの、ダメもう……我慢できない。わたしおかしくなっちゃう~そろそろ兄ちゃんので……」

 

 「……なぁ妹よ」

 

 「何? これ以上らさないでよ」

 「マッサージの度に、無駄になまめかしい声を出すのを止めてくれない? 気が散るから」

 

 リナには故障防止と疲労回復のため、練習後または試合後には必ずマッサージをしている。ふくらはぎやひざ裏、アキレス腱だけでなく、背中やお尻なども触ることになるが、これは仕方ない。

 

 事前に同意は得ている。

 

 「ひょっとしてわたしにいやらしいことを考えてるのか?」

 「ううん。それはない」

 

 俺はきっぱりと否定する。

 こいつはすぐに調子に乗るし、甘やかしてはいけない。

 

 「ちょっと待てよ……この抜群の脚線美とぷりちーなお尻に触っても、何とも思わんのか?」


 「もちろんだ。いつも妹の足は大根で、お尻はかぼちゃだと思っている」

 

 「ウソ――ん!? しかもよりによって大根とかぼちゃってどういうことだよ? はっ! ……も、もしかして兄ちゃん、その若さで枯れちゃったの?」


 「枯れたって……一緒に暮らしている俺が変な目で見てたら気持ち悪いだろ」

 

 「全然……むしろちゃんとわたしを隅々まで見て欲しいのだ、はぅううう」

 「いつも見てるよ、次、背中な」

 

 マッサージは続く。

 その身体には思った以上に張りが出ている。

 

 どうやら大分疲れが溜まっているようだ。

  

 「違う……そうじゃないの」

 「何が?」

 

 「わたしも楓ちゃんや凛ちゃんと変わらないよ! ちゃんと見て欲しいだけなのに……」

 

 さっきまでふざけていたのに、今は本気か嘘かわからないことを言う。

 最近のリナはそうして俺を困らせる。

 

 ……わかってるよ。

 

 親父もリナの両親も俺達が一緒に暮らしていた頃から変わっていないと思っている。

 

 でも離れて暮らしていた間に、俺達はとっくに変わってしまった。

 何かの拍子で、今まで守ってきたものがぽっきりと折れてしまうかもしれない。

 

 だから壊れない様に必死に昔と変わっていないふりをしている。

  

 リナを普通の女の子にしか見れ無くなれば、俺はもうリナの兄ちゃんでいれなくなるから。

 

 それだけじゃない。


 リナの将来を台無しにしてしまうかもしれない。

 そんなことは願わないし望んでない。

 

 「すまないリナ。黙ってたけど実は俺、くびれのあるグラマーお姉さんが好きなんだ」

 

 「なっ!? 兄ちゃん年上好きだったの? しかも今どきグラマーって……使っている人を初めて見たんだけど」

 

 確かにグラマーなんて言葉、初めて使った。

 ちょっと恥ずかしい。チョイスを間違えたかも。

 

 だが今更後戻りできない。周りに年上お姉さんなんていないけど、そう言うことにしておこう。

  

 「むぅううう~楓ちゃんや凛ちゃんみたいなセクシーダイナマイツがいるのに、兄ちゃんがお手付きしないのは、グラマーお姉さん好きだったからかぁあああ……何てことだぁあああ!」

 

 グラマーもだけど、セクシーダイナマイツもどうよ……いずれにせよ最近のJKが使う言葉とは思えん。

 

 「わかってくれたか妹よ?」

 「ウソだね……そんな言葉にひっかかるわけないじゃん」

 

 「え?」

 

 「……わたし知ってるもん! 兄ちゃんが水野君と広田君の両方に手を出していることを! そして放課後の密室でぐへへへへっ」

 

 「はぁ!?」

 

 「最近一年女子の間では深、霞のシン・カスと良助、霞のスケ・カスの二大押しカプ論争が起きてます」

 

 緒方霞と水野深、緒方霞と広田良助のカップリングってこと?

 

 何なのその地獄絵図は……。

 

 「シン・カスもスケ・カスも略称のネーミング酷くない?」

 

 「わたしは真面目系メガネ男子の良助に霞がヘタレ攻めをかますスケ・カス押しだけど、陰キャの霞が体育会系爽やかイケメン深に鬼畜攻めをするシン・カスも否定しません」

 

 「いや、むしろ全否定してください!」

 

 「しかも話題を聞きつけた漫研有志が睡眠時間を削り、急ピッチでコミカライズを刊行、スケ・カスとシン・カスの薄い本ギリ18歳未満セーフ版は現在学園内でスマッシュヒットしてます」

 

 「何だって!? 俺は何も聞いてないぞ!」


 「ふっ……兄ちゃんが知ってようが知ってなかろうが、そんなの関係ね~創作は自由だし、ましてや乙女の夢は止められない!」

 

 「乙女の夢って……ただ腐っているだけだろうがぁ――!」


 「ちが――う。BLこそが穢れし地上に残されたラスト・イノセンスなのだ。つまりてぇてぇだよ、てぇてぇ! スケ・カスもシン・カスもマジてぇてぇってわけよ!」

 

 「あのリナさんや……さっきから何を言っているの? 俺は水野や広田と世間話をしているだけだからね」

 

 「ノンケとしらばくれるのは良い。だが自由の翼を持つ我らは日々進化してゆく。先日、同志の一人が霞の知らぬところで良助が深にNTRネトラれるシン・スケNTR概念に辿り着いた。これぞまさに至高であり耽美である。あり・おり・はべり・いまそかり!」

 

 「しらばくれるも何も実際に俺ら全員ノンケだからね。なぜに突然のラ行変格活用!?」

 

 「知れたことよ。テストに出るかもしれないからな」

 「そんなことより今日のインターハイ予選の結果はどうだったんだよ?」

 

 「さっき言ったじゃん、勝ったって」

 「いやもっと試合内容を詳しく」

 

 「わたしが三点、さくらが終了間際に一点取って四対〇のクリーンシート」

 「凄いな初戦からハットトリックかよ!」

 

 「うん……でも相手もすごい粘りだったし厳しい試合だったよ」

 

 いつの間にアスリートに戻ったリナは厳しい顔をしている。

 

 ともあれマッサージの時は、露出の多い短パンとTシャツは目のやり場に困るからやめて欲しい。あとBLネタも。

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