第31羽♡ 密会
「カタン、カタン」と音がする木製の階段を俺と前園の歩みを刻む。
俺たちは無言のまま中央螺旋階段の一番上、校舎四階屋上出口前まで上がる。
人のいないところを思い浮かべたら、またここに来てしまった。
昨日もさくらと会うのに使ったばかり。
いつものように階段下から生徒たちの声が聞こえる。
今日もここには誰もいない。
「緒方ちょっと痛い」
「あ、ごめん」
慌てて前園の白い手を放す。
背中を押して教室から出した後、いつの間にか手を繋いでいた。
階段の手すりに寄っかかると車ひだのプリーツスカートから伸びる細く長い足をブラブラさせる。
金と銀の中間色のミディアムショートは今日も窓から差す日の光に照らされキラキラと輝く。
「人気のないところで連れ出して、ここでわたしに何をするつもりかな緒方霞君?」
いつもの「オレ」ではなく「わたし」という前園、普段の元気な少年のような雰囲気は影を潜め、代わりに蠱惑的な笑顔と危険な香りがする。
――深く考えてはダメ。
前園は遊んでいるだけで特別な意味はない。
だからいつも通り接すればいい。
「何もないよ。それより昨日は悪かったな、ギルドに顔を出せなくて」
「気にしなくていいよ。ギルト連中はオレが緒方にフラれたんじゃないかって心配してたけど」
「ちょっと待て、何でそうなる?」
「緒方も広田もログインしなかったから、実はふたりはできてて駆け落ちしたんじゃないかって」
「何でオレと広田が? 全く話が見えん」
俺と広田がデキてるとかいくらなんでも妄想が
何がどうしてそうなるのか全くもって分からない。
「緒方が『ブルピュア』でかわいい女の子ヒーラーを使ってるからだろ。オレは男竜騎士で、広田はおっさん魔法使いだからギルド連中は色々勘違いしてるのかもな」
なるほど……前園の言う通りなら何となく納得できたけど、勘違いの仕方が凄い。
俺たちがプレーしている『ブルピュア』こと『The Blue knight and Pure White Bond』は長年据え置きゲームに良質なRPGを提供してきた国内ゲームブランド『混沌狂気の茶会』が三年の開発期間と社運をかけて半年前に発表したスマートフォン向けソーシャルゲームだ。
俺は高校受験後にこのゲームを始め高校入学後に、広田と一緒にプレーようになり、後で前園も加わったが、高難易度クエストは三人ではどうしても人数不足で対応しきれないため、仕方なく俺たちは初心者向けギルドに入った。
いざ入ってみるとギルドは居心地が良く、今では俺も前園もすっかり馴染んでいる。
広田だけはログインしない日が増えている。俺も何かと忙しくプレーしない日もあるから後発で始めた前園がひとりで頑張ってることが多い。
ゲーム内での名前は俺が「カスミン」、前園は「ゾーノ」、広田は「リョウ」。
前園は男のように振舞うから誰も女の子なのに気づいてないかもしれない。
回復役の美少女ヒーラーを使っている俺が男でもあることも……。
「今更、俺は男でしたとかなんか言いづらいな」
「あ~それわかる。オレも女でしたとか言いたくない。
ギルドメンバーとリアルで会う訳じゃないし気にしなくても良さそうだけど、このまま放置するとオレと広田が女の子の緒方を巡って争ってるって思われたままになる」
オンラインゲームやソーシャルゲームで男性が女性キャラを使ってたり、その逆だったりは結構ある。
付き合いが長くなればそのうち男か女なんて声無しのチャットでもわかると思う。
カスミンで喋ってると俺はゲーム内でも女の子っぽくなるのだろうか。
だとしたら勘違いされやすい言動をした俺にも問題がある。
今日から男っぽく振舞うことを心がけよう。
「今日はログインするよ。ついでにギルド内のあらぬ誤解をはらす」
「りょ~かい。ところでさっき緒方が寝てた時、夢の中に女の子が出てこなかった?」
「なっ……どうしてわかる?」
「ギルド内でのオレ、緒方、広田の三角関係をオマージュして、オレは緒方を好きって設定で、緒方が広田と両想いになってしまい、困ったオレは緒方に振り向いてもらうため、なりふり構わず迫ることを想像して色々耳元で囁いてみた。
ついでに寝言で緒方の本音が聞けないかと思って」
「俺の本音?」
「緒方の周りには、楓、妹ちゃん、すずすけ、それに赤城さんと、かわいい女の子が揃っているのにイマイチ
「……すません大ハズレです前園さん。むさい男たちに一ミクロンの興味もございません」
「と言うのが建前で水野と広田の両方好きとか!? これは困ったな。緒方のドロドロな私生活を楓にどう説明すればいい?」
「何も言うな……言わないでください前園さん! そんなことより今度の土曜に出かける件だけど、どこに行くんだ?」
「とりあえず朝十時に新宿西口改札を出たところで待ち合わせで、持ち物は歩きやすい服装と靴と日よけの帽子、あと飲み物」
「新宿からどこかに行くって事だな」
「そうだよ、目的地は当日のお楽しみで」
「わかった」
行き先が分からないのが気になるけど、変なところに行く事はないだろう。
新宿で待ち合わせなら、当日足りないものは駅前で揃えられる。
「ところでさ……」
「ん?」
前園がさっきまでと打って変わり恥ずかしそうな顔で目を背ける。
「急に手を引っ張られて、連れてこられたから本当に何かされると思った。例えば告白とか……」
「はぁあ!?」
「この場所でも何度か告られたことあるからさ、つい」
前園が休み時間や放課後に上級生や他クラスの男子に何度か呼び出されていたのは知っている。
どうやらここは校内告白スポットの一つらしい。
「モテるのも大変なんだな」
「好意を持ってもらえるというのは嬉しい事だけどな。中等部の頃は恋愛は他人事だったし。オレも慣れてないから戸惑ってる」
……正直なところ意外だ。
前園は中等部時代から絶大な人気があったと聞いている。
誰と話していても余裕を感じるし、当然男女の駆け引きも慣れていると思っていた。
「でも緒方に限ってオレに告白するわけないよな~楓や妹ちゃんや赤城さんがいるし……それに」
同じ窓の向こうに広がる空を見つめる。
その姿はこれまでと違い少し寂しそうに映る。
「……何でもない。ところで緒方、そろそろ逃げた方が良いぞ」
「ん、どうして?」
「下の階から赤城さんが凄い剣幕で昇ってくるのが見える」
「なんだって!? 何でそんな恐ろしいことになってる!? 前園早く逃げるぞ!」
「オレも!? ここ最上階だし今更逃げ場なんてないけど」
俺は前園の手を
怒りで
だが残念なことに手遅れだった。
「おふたりさんごきげんよう、これからどちらに行くのかしら?」
逃げ出す時間はなく、下層階から赤城さくらが姿を見せる。
下層階から駆け上がったきたにも関わらず一切息が切れていない、さすがは現役体育会系の我がフィアンセ様。
「わたしもいるぜ兄ちゃん! 知らなかったか? 大魔王からは逃げられないってファンタジーでは昔から相場が決まってんだぜ、くっくっく」
大魔王の手先、小悪魔義妹もどきまでいる。
ところで俺たちはいつファンタジー世界の住人になった?
そんなことはどうでもいい。
察するに朝練を終えたふたりは、どこかで俺が前園を連れだした話を聞きつけたようだ。前園凛に関わることはすぐに噂が広がるのか?
ひょっとして広田の言ってた前園の取り扱いに注意しろというのこう言うことなのかもしれない。
……さてどうする俺? 絶体絶命の大ピンチに思える。
悪いことは何もしてないはずなのに浮気現場に踏み込まれたダメ男みたいに見えてしまい、このままだと問答無用で大魔王さくらたんにぶち殺されてしまう。
言い訳をしようにも右手には前園の手がしっかり握られている。誰がどう見ても疑惑は白ではなく黒であり、揺るがない犯行証拠に見える。
前園には何もなかったと今すぐ弁明してもらいたい。
ところがそんな俺の期待をよそに耳元で小さな声で囁く。
「緒方が・ん・ば・れ」
ん?
何それ?
かくして緒方霞の命運は
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