第76羽♡ 楓七変化(バージョン4:ウサギさん)(下)


 世界を救う勇者がいたとしよう。

 

 旅立ちの街を出た後、最初に遭遇した敵がスライムやゴブリンのような初心者向けモンスターではなく、たまたま通りかかった大魔王でした。この場合、異世界転生した際に貰ったチート能力でもない限り、確実に瞬殺されてしまう。

 

 ゲームならソフトをぶん投げたくなるクソゲーだけど、こうした理不尽としか言いようのない状況は稀に起こる。


 ファンタジー世界だけでなく現実世界でも……

  

 話を元に戻す。

 俺は今まさにそんな理不尽な状況にある。

 

 親友の家にテスト勉強に来たところ、なぜか親友の楓がとてもつもなく魅力的なコスプレ姿を見せつけてくる。

 

 これはおかしいと思い事情を探ったところ、諸悪の根源は姉の加恋さんなのはわかった。

 

 楓の意志ではない以上、刺激的な格好を続けさせるわけにはいかない。

 

 『無理をしなくていい。いつものようにしてほしい』


 ただ一言、そう告げれば言いだけのこと。

  

 簡単なことだ……だけど……俺はできない。

 だって隣にちょこんと座る楓ウサギの破壊力がやば過ぎるから。

 

 とは言え何とかしないといけない。

 がんばるんだ俺。

 

「あの楓さん」

「カスミ、そこの問題、間違えてるよ」


「……すみません」

「あ、こっちも……」


「ホントすみません」


 意志とは関係なく、本能が隣のウサギさんを勝手に追いかけるので問題に集中できてない。


 黒のエナメル素材のボディスーツは胸元がかなり露出している。

 白くて大きく柔らかそうな谷間が常時見えている。

 

 しかも屈むと色々見えてしまいそう……。

 

 このままだと山脈の奥にある神々の神秘にたどり着いてしまう――――――!

 

 俺はどこにでもいるスローライフ希望の平凡な高校生だ。

 ロマンやスリルより安定を求めている。

 

 契約の箱も魔宮も聖杯も探していない。

 今の状況は手に余る。


 付け加えると太ももを包む網タイツもめちゃくちゃ色っぽい。

 ぐはっ。

 

「なぁ楓は……」

「ん?」

 

「その……」

「なにカスミ?」


「楓はウサギが好きなのか?」

「どちらかというとコアラが好きかな」


 楓はコアラ好きなのか憶えておこう……ってそんなことを聞きたかったわけではない。

 

 遠まわしに話を振って徐々に詰めていこうとしたら、どうにも軌道修正できない回答が返ってきた。

 

 回りくどいやり方ではなく、ちゃんと楓に向き合わないと。

 

「楓」

「ん?」


「その……今着ているのは部屋着か?」


 ……こんなド派手な格好が部屋着なわけないだろ。

 何を聞いてるの俺――!?

 

「うん」

「マジか!?」


「さすがにそれはないよ。これね姉さんが高校時代の友達がアルバイト先で使ってるのを借りたきたの、カスミに見せてやれって……やっぱりわたしには似合わないよね」


「いや……楓はスタイルがいいし……とても綺麗に見える。でも恥ずかしいだろ?」

「……ちょっとね。普段のわたしなら絶対着ないし」


「だよな」


「凛ちゃんや赤城さんならわたしよりもっと似合うと思う」

「あのふたりは特別だからな」


「そうだよね……」


 前園は元タレント、さくらは赤城家の経営するブランド主催のファッションショーでランウェイしたことがある。おおよそ普通の高校生ではない。

 

「カスミはさ……ちょっとはドキドキした?」


「今もドキドキしてるよ」

「そっかぁ……じゃあ頑張った甲斐があったかも」


「他でそんな恰好するなよ……」

「しないよ……カスミにだけだもん」


「俺だけ……?」

「う、うん」


 それどういう意味?

 前向きにとらえて良いってこと?


「わたしたち親友だからこれくらいはね」

「……そうだよな」


 今日も埋まらない俺たちの間の大きな溝……。

 『親友』は海よりも深く重い。

 

 でも親友にコスプレ衣装見せるか?

 そもそも親友以前に俺と楓は異性同士だし。

 

「ねぇ、ちょっと背中寒いかも……」


 裸の背中が俺に寄っかかる。

 暖かくて柔らかな感触が直に伝わる。

 

「楓?」

「動かないで休憩中だから……」


「お、おう……」


 ――動けない。

 肩越しに見える大きなふたつの白い山を飛行機に乗って山頂を見おろすようなこの角度はやばい。

 

 大人しくてもウサギさんはモスト・デンジャラス……。

 百獣の王よりも危険かもしれない。

 

「カスミちょっと熱いよ」

「そりゃくっついてたら」


「そっかぁ、そうだよね」

「あぁ……」


 そのまま会話がなくなる。

 俺自身も忘れそうだけど、まだ勉強中だったりする。

 

 何の勉強してるのかわからなくなってきたけど……。


 このまま世界が終わるまでくっついてたままならいいのに。


「やっぱり暑いかも。汗かいちゃったからちょっと着替えてくるね」

「お、おう」


 お尻の白い尻尾と黒い耳をゆらゆらさせながら、刺激の強すぎるウサギさんが去っていく。  

 

 とりあえずウサギ危機は乗り越えたようだ……。

 俺はまたしても何もできなかったけど。

 

 そろそろ普通の服装に戻ってくれないかな。

 それとも次はもっと刺激的な格好に……。

 

 なんか段々恐ろしくなってきた。

 変身する度に楓の破壊力が増している。

 

 ……俺は次もしのげるだろうか。

 

 それとも……

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