第129羽♡ はじめての夫婦ライフ(#19 誕生日会という名の戦 その3)


 「今日は忙しい中、集まってもらいありがとう。皆の顔を見ることができて嬉しく思う……」


 誕生日会が終盤となったところで、主役である前当主の安吾氏からの挨拶となった。

 

 現在は海が見える湘南のマンションで一人暮らしをしており、悠々自適な日々を過ごしていること。

 

 会長職には留まっているが本社には出勤せず、リモートワークなっていること。

 仕事は徐々に縮小し、遠くないうちに完全引退すること。

 

 従業員の働きぶりに感謝していること。


 現在、世界経済は歴史的な分岐点であり、厳しい状況であること。

 

 赤城グループにもいくつか赤字部門があり、経営改善に努める必要があること。


 現代表淳之介氏と共に未来志向で一人一人精進を重ねて欲しいこと。

 

 普通の高校生の俺には、よくわからない話もあったが、周りを引き込む穏やかな語り口とカリスマ性は、さすが赤城グループを立て直した辣腕経営者と言った感じで圧巻だった。

 

 だが当初から不穏な空気が漂っていた誕生日会はそれでは終わらなかった。

 

 明らかに酔っぱらっている50代くらいの中年男性が酒瓶を片手にのろのろと安吾氏に近づくと、スピーチの途中でさえぎり勝手に喋り始めた。

 

 「大叔父、御託はたくさんなんだよ! 最近息子さん……淳之介取締役の横暴には目に余る。大叔父の口から直接止めるように言ってもらえないか」

 

 「ほう……それは聞き逃せない話だ。現取締役のどの辺が横暴だというのかね?」

 

 事態の急変にも安吾氏は慌てる様子はない。

 

 「赤城グループはこれまで、一族の結束をもって困難を乗り越えてきた。それなのに最近の取締役ときたら、まともに話を聞こうともしない。この前なんかわざわざ執務室を訪ねたのに、後で確認するから要望書をよこせとぬかす。こんなのやってられるか!」

 

 「そうだそうだ――!」

 「取締役はもっと我々の話を聞け!」

 

 辺りが騒ぎ出し、一気にヒートアップする。

 お酒が入っているせいで気持ちが大きくなっているのか行儀が悪い。

  

 「と言っているが実際どうなのかね? 取締役」


 「はい会長、私は会社をまとめる側の人間として、社員とは均等な距離をとるようにしております。あらかじめセッティングされた面会なら対応しますが、アポイントなしで執務室に来た場合は相手が誰であろうと、元々の予定を優先します」

 

 「なるほど……すぐに話を通さなければいけない重要事案ならわからなくもないが、取締役には取締役の仕事がある。それに君は求めに応じ提案書を出したのかね?」

 

 安吾氏は柔らかな視線と終始穏やかな口調で話す。

 怒りも恐れもない。だがそれだけで相手は十分に威圧されている。

 

 「だ、出してないがそんなの関係ないだろ!」


 「君は淳之介の親戚だが、会社では部下になる。業務中に上司から指示をされたら従うのが筋じゃないかね?」

 

 「俺は大幹部だ。そもそも現取締役より前から赤城グループで働いている。その俺が平社員がやるようなことができるかぁ!」

 

 「幹部だろうと一般社員だろうと関係ない。わたしは全て社員に敬意を持ち、分け隔てなく接するよう心掛けている。もちろん君に対してもだ。だが上司として私の指示に従えないなら、君の意見は受け入れられない」

 

 今度は現取締役の淳之介氏が通る声で中年男性に返答する。

 安吾氏とは違う凄みがある。

 

 「ひっ……」

 

 淳之介氏の親戚らしい中年男性は、ふたりに気圧けおされたのか振り上げた拳を下ろしてしまった。


 中年男性の主張は言いがかりにすぎない。

 ふたりは慌てることもなく淡々と受け流した。


 「まぁいい機会だ。他に意見のある人はいるかね?」

 

 先ほどまでの喧騒はどこへやら辺りは静まり返っていた。 

 このまま終わると思っていたその時だった。

 

 「すみません。よろしいでしょうか」

 「あぁもちろん」

 

 今度は20代後半くらいの眼鏡がかけた男性が一歩前に出てくる。

 

 「先ほどは父が失礼しました。ただご承知頂きたいのは父なりに我が社を愛しており、先を憂いてのことです。どうか寛大なお心でご容赦ください」

 

 「わたしは気にしてないので構わないよ。取締役はどうかね?」

 

 安吾氏に問いに淳之介氏は無言で頷く。

 

 「ありがとうございます。ふたりのお気遣い感謝の至りに堪えません」

 

 先ほどの中年男性の息子と名乗るその男性は、上品で丁寧だが感謝の仕方がどこか芝居がかっており、信用ならない雰囲気がある。

 

 「さて我々赤城グループは近年、新事業へ積極的に参入し、企業体として日本はおろか世界に名を轟かせるグローバルカンパニーに成長しました。その一方で、急速な発展に伴う、無理な雇用を行ったため、企業文化を理解していない社員が増えたこと、また事業部門が増えたことによる指揮系統のアンバランスが課題となっております。これは私の一存ではなく、社内アンケート結果でも同様の回答が得られております」

 

 「ほう……君は何か良い打開策でもあるのかな?」


 「はい、小さな政府という考え方はご存じかと思いますが。これは政治において役割が肥大化し過ぎ,経費増大や非能率を生んでいる状態から,統括部門を縮小することで経費を減らし、なおかつ指揮系統の風通しを良くするものです。私は我が社にこれを参考にした導入推進を進言致します!」

 

 「なるほど……君の提案事態は一理あるように思える。もちろん実現できればだが、何か良い案でもあるのかね?」


 「はい。中核に我々赤城家を据え、有能で信用できる少数精鋭で固め、分不相応な人材を排除し、小さな経営を実現致します」

 

 何だか途中まで良い話っぽかったけど、急に胡散臭い嫌な空気が流れてきた気がする。



 

 あの……


 これお誕生日会ですよね?

 このヤバい展開は何?

 お金持ちの誕生日会ってこんなにも陰謀渦巻いてるの?

   

 テーブルにある食べかけのイチゴショートケーキを見ると、誕生日会なのは間違いなさそうだ。

 てっぺんに載っているイチゴをまだ食べていない。


 イチゴは最後に食べるタイプだから。


 でも家でケーキを食べる時は、油断していると食いしん坊の義妹もどきが勝手に食べてしまうので注意するようにしている。


 前略

 銀河一愛する妹へ

 

 兄ちゃんこの場にいても良いのかな。

 場違い感が半端ないのだけど

 

 できれば今すぐ逃げ出したいです。


 近くのデェステニーマートでお菓子とデスチキを買ってあげるから、家に帰ったら10分くらいモフらせて。15分なら猶更グッドです。 

 

 でも今月のバイト代がまだ出てないので、お菓子はほどほどでお願いします。

 

*********

 ※ラブコメ展開がなくて申し訳ございません。

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