第114羽♡ はじめての夫婦ライフ(#4 ふたりだけの朝)


 さくらのお爺さんの誕生日会を翌日に控えた

 7月14日土曜日午前6時――

 

 いつ梅雨明けしたのかわからないうちに夏になり、朝でも気温が高く、野外だと恐らく10分もしないうちにシャツがびしょびしょになりそうだ。

 

 30分ほど前に起床し身支度を整えた後、赤城家母屋三階にあるさくらの部屋に入る。部屋の主からはノックはいらないと言われている。

 

 とは言えタイミングが悪くたまたま着替えでもしてた暁には、さくらたんの鉄槌でエデンに急行することになる。

 

 不運なバッドエンドを迎えないことを祈りつつ、部屋に入るとお嬢様の代名詞、天蓋付き豪華なベッドで静かに眠る少女がいる。

 

 窓の隙間から僅か日差しがその顔を照らす。

 穏やかな表情を浮かべている……。

 

 昔もかわいいと思ったけど、今はすっかり綺麗な子になってしまった。

 本人には面と向かって言えないけど。

 

 初めて会ったあの日、不安げな表情を浮かべたままツカサさんの後ろに隠れていた。何度話しかけても消え去りそうな声で囁くが精一杯で。

 

 さくらの通っていた三条院女学院はその名の通り幼児舎も含め女子しかおらず、同年代男子とほとんど話したことがなかったらしく、俺と話すだけで緊張してるようだった。

 

 何とか仲良くなろうと普段リナにしているように手を繋ぎ、庭を走ったら怖がって泣いてしまう始末。

 

 ……今じゃ考えられないけど。

 

 そんなさくらの繊細な心に注意を払いながら少しずつ距離を縮めていった。

 

 せかしてはダメ。

 乱暴なことはダメ。

 大きな声を出してはダメ。

 

 心のドアが壊れないないよう気を付け軽くノックする。

 すると小さな声で何をしたいのか教えてくれる。

 

 俺が上手く気持ちを汲み取れると少しだけ笑みを浮かべる。

 そして初めて過ごした別れの日、また会おうって言ってくれた。

 

 その一言が嬉しくて……毎年再会できる夏を楽しみにしていた。

 

 本人には絶対言わないけど……

 

 ベッドの横に立ち、未だに眠りの森にいるお姫様にできるだけ優しく話しかける。

 

 ……あの頃と同じように

 

 「おはようさくら……起きて」

 「……ん」

 

 口元が僅かに動く。

 形の良い眉と切れ長の瞳が同時に動くと赤と黒の中間色が光が宿り、俺を見つめた後、二度ほど瞬きをする。

 

 「……おはようカスミ君」

 「今日もいい天気だよ」

 

 「そう」

 

 まだ眠いのか口数が少ない。

 

 「もう起きれる?」

 「えぇ大丈夫よ」

 

 「そうかじゃあ……」

 

 右手をそっと差し出す。

 ひとりで起きれるだろうけど、今のさくらにはこうすべきだ。

 

 「優しいのね……でも不正解よ」

 「必要なかったか?」


 「……調子悪い時は抱いて起こしてくれるとリナが言ってた」

 

 「調子悪いのか?」

 「えぇ頭がぐらぐらするの」

 

 多分嘘だと思う。

 でも……

 

 「そっか。ちょっとごめん」

 

 薄い掛布団をめくると、真っ白なパジャマに包まれた身体が覗く。

 背が高くアスリート故にがっしりしているイメージがあるが、実際はとても細い。

 

 右手を背中に回し、さくらも俺に手を回した後、壊れ物を扱うようにゆっくり起こす。その柔らかさと甘いに匂いから、やはり年頃の女の子だと改めて実感する。

 




 さくらがベッドに座らせて30秒経過……。

 未だに俺に掴まってまま離してくれない。

 

 「どうかしたか?」

 「こうやってその日分のエネルギーを充電するってあの子が言ってた」

 

 「リナはどこまで話してるんだ!?」

 「さぁ……でも毎度のろけを聞かされてマウントを取られるわたしの身にもなって欲しいわ」

 

 「妹がすまん」

 「いい? フィアンセはわたしよ、忘れないで」

 

 抱き付いたままのさくらの両手に力が入る。

 ”忘れないで”と言う言葉に胸がギュッと締め付けられる。

 

 「あぁ」

 

 忘れたことなんてない。


 だけど俺はさくらを傷つけずにはいられない。

 これからもこの先も……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ってあれ?

 

 何だかさくらの両手の力がどんどん増しており、まるで万力で絞められているようにグイグイくる。

 い、痛い……そして動けない。

 

 全く抵抗できないこの締められ方には憶えがある。

 

 「まさかこれ赤城ロックか!?」


 「あら、やっぱり知ってるのね。と言うことは妹にムラムラしてあの子に抵抗されたことがあるってことよね。ゲスお兄ちゃんは万死に値するわ。正義の名の下このまま朽ちなさい」

 

 妹が伝説の暗殺拳『赤城神拳』の伝承者?赤城さくらから直に教えてもらった脱出不可能な締め技、その名も赤城ロック。本家の破壊力は弟子の比ではない。

  

 「いたたたたっ――マジ痛い! ギブギブ! 骨がミシミシ言ってるんですけど! このままだと背骨が折れるって! ちょっと聞いてさくらさん、俺が妹にあれこれしたんじゃなくて、妹が俺にこの技で襲い掛かってきたんですけどぉ――!」

 

 「本当に?」

 「本当です!」

 

 「really?」

 「い、Yes!!!……って何で英語!?」


 「だとしたらあの子は破門ね。武道を己が欲望ために使うなんて風上にも置けないわ」


 そう言うさくらさんも今この瞬間もよくわからない理由で、俺に赤城ロックをかけてますよね!?とは言わないのが吉だろう。


 「あの……ボクのこと少しでも信じられるなら技を外して頂けないでしょうか」

 「仕方ないわね」

 

 さくらはゆっくりと赤城ロックを外す。

 

 「ありがとうございます。もう少しで骨が砕けてエデンへ旅立つところでした」

 「ちゃんと加減はしてたわよ。ギリギリ折れない程度に」

 

 本当に?

 技を外してもらった後も体がきしんでますけど。

  

 「ところでカスミ君、目覚めのキスをしてもらってないわ。あの子はいつもしてるって言ってた」

 「さすがにそこまではしてない」

 

 「あらそうなの?」

 「勘弁してくれよ」

 

 「じゃあフィアンセとしてお願い、王子様のキスでわたしを眠りから覚まして」

 

 フィアンセとしてと言われるとさすがに断れない。 

 いくら俺でもその言葉の重みは分かる。


 お姫様は既に目を閉じて待っている。


 「わかったよ……」

 

 観念した俺は呼吸を整えた後、さくらの前髪をかき分け、ツルっとしたおでこに触れる様にキスをする。

 

 「これでいいだろ」

 「期待してたのと違うけどまぁいいわ。さてと……着替えるからそろそろ出て行ってもらえるかしら」

 

 「へーい」


 こうして難易度高のさくらたん目覚ましクエストをコンプリートした。


 クエスト終盤で俺が日和ひよったことで、恐らくさくらたん評価は満点から程遠いだろう。


 塔に幽閉されたお姫様を救出するために命を懸けた某大怪盗じゃないけど、今はこれが精一杯。


 陰キャ男子高校生がスパダリムーブをかますのは恐れ多いし、マジでキツい。

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