第103羽♡ 嵐は去ってまた嵐
「前園は晩御飯食べたのか?」
すっかり仲良しに戻った前園と宮姫は俺と向き合うように二人掛けのソファーでくっついて座っている。まるで姉妹のようだ。
「今日はもういいやって思って冷蔵庫は空だし」
「ちょっとお凛ちゃん、ちゃんとご飯を食べないとダメでしょ!」
「一人分って意外と難しいから。それに近々引っ越す予定だし、あんまり冷凍庫に物を入れておけないし」
「前園引っ越すのか? どこに?」
「パリ……母さんがいい加減こっちに来いって」
突然の発言に俺と宮姫は絶句した。
「そんな聞いてない……」
宮姫の顔は真っ白になっている。
「向こうは9月に新学期が始まるから準備も兼ねてそろそろ行かないと、パリはオレみたいなやつは珍しくないし……」
色の薄い金髪は光の辺り具合で銀色にも見え肌は雪よりも白く、青空そのまま取り込んだような瞳。エルフの様な姿の前園は日本ではどうしても目立つ。
でもパリなら前園ような姿をした人は多いのかもしれない。
フランス語や英語を話せるし日本にいる時より前園は落ち着いた日々を過ごせそうだ。
でも……
「前園何とかならないのか? 一人暮らしが大変なら俺も昼の弁当以外でもできることは応援するから」
「わたしにできそうなことも遠慮なく言って、せっかく仲直りできたのにまた離れるなんて絶対に嫌」
「前から決まったことだし、むしろ今まで無理やり延ばして感じだから」
「俺が前園のお母さんと掛け合ってもいい。今は宮姫と離れちゃダメだ……それに前園がいなくなるのは寂しい、きっと楓やリナやさくらも同じだ」
「お凛ちゃん、お願い……」
俺と宮姫は必死に懇願する。
前園凜はじっと俺たちを見つめ……しばらくしたらフッとため息をついた。
「白花にオレの居場所が無くなりそうだから、予定通りパリに行くつもりだったけど……
オレも高校の間はこっちにいたいからパリの学校に行くのはやめる。
でも母さんと話をする必要があるから明日の授業が終わったら予定通りパリに行ってくる。来週には帰ってくるつもり」
「本当?」
「本当だすずすけ、心配なら一緒にパリに行くか?」
「うん行く」
宮姫が迷う事なく返事をする。
「緒方も追いかけてきてくれるか?」
「月の裏側でも追いかける」
「ふーん、そっかぁ……」
前園は二度ほど瞬きをした後、嬉しそうに笑う。
「あのなぁすずすけ……急に海外に行けるわけないし、それにバスケの夏の都予選そろそろだろ」
「……う、そうだけど」
「すずすけはお留守番な、お土産買ってくるから」
「わかったお凛ちゃん、絶対戻ってきて」
「ところでさ……前から聞きたかったけど、すずすけと緒方って結局どんな関係?」
「えっ……幼馴染だけど」
宮姫は驚いた様子を見せつつも、俺たちの関係を簡潔に説明してくれる。
「それだけか?」
「……うん」
「この前、体育準備室にふたりで入っていくのが見えて、しばらく出てこなかったんだけど何してたのかな~」
「えっ!?」
「ん?」
俺と宮姫は顔を合わせた日はかならずノルマ……キスをしなければならない。
学校を休まない限り平日はノルマをこなす。誰にも見られない様に気を付けているけど絶対にバレない保証はない。
「ひょっとしてチュウでもしてたとか?」
「「!?」」
心臓が止まりそうになるくらいドキッとする。
恐らく前園は冷やかしで言ったのだろう。
冗談が核心にたどり着くこともあるらしい。
「そ、そんなことあるわけないでしょ! 緒方君みたいなイソギンチャクとキスをしたら全身に毒が回っちゃう!」
「そうだ前園――って俺イソギンチャクなの!?」
「……そっかぁ。すずすけもついに好きな男ができちゃったか」
「違うから……こんなダイオウグソクムシ!」
「俺は甲殻類なの!?」
水族館の人気者にされてしまった。
小食らしいけど、詳しい生態は謎に包まれているらしい。
「あれすずすけ――緒方いらないの?」
「いらない! あ、でもほっておくとお凛ちゃんに悪さをするかもしれないから、幼馴染として緒方君を見張る義務があるから、たまに一緒にいるの」
「……すずすけ、お前そんなに言い訳が下手くそだったっけ?」
「言い訳なんてしてないから!」
いつもは冷静な宮姫が泡を食ってラノベのツンデレキャラみたいなことを言っている。
淡々と返せば前園にツッコまれないのにどうした宮姫?
「お凛ちゃんこそ、緒方君の事どう思ってるの?」
「緒方は変なヤツだな、寝ぐせがついたまま登校するし、教室に入るなり寝るし、普段はオレと目も合わせてくれない……でもオレの話を聞いてくれる」
前園は俺に視線を向けてくる。
蒼の瞳は、先ほど泣いてしまったせいか、いつもより少し赤い。
それでも魅力的な光を宿しており吸い込まれそうになる。
「緒方君と中尾山に行って後からずっとお凛ちゃん変わったよね。毎日髪型変えたり、服装も着崩さなくなったし」
宮姫が続けて前園に畳みかける。
だけど攻められているはずの前園はどこか落ち着いている。
「うーん、気になる人に好かれるため色々試したとしか言いようがないのが哀しいところ」
「ちょっと! 気になる人って……まさか!?」
「そこにいる緒方霞君」
いつものように少年の様にニカっと笑顔を浮かべる。
どこまでも真っすぐで嘘のない笑顔を。
改めて思う前園凜はあまりにも眩しいと……。
だから俺はこれまでまともに見れなかった。
一度魅せられたら、多分二度と目が離せなりそうだから。
男女問わず中等部出身者の多くが前園に憧れてたというのもわかる。美人で頭が良くて運動神経も抜群、何よりもこの真っすぐな姿勢。嫌いになれる要素がない。
「ちょっとお凛ちゃん何を言ってるの!? 緒方君は絶対ダメ!」
「え~どうして?」
「ダメなものはダメ!」
「すすずけ理由になってない……なぁ緒方、オレのことどう思う?」
宮姫から視線を離し再び俺に向けてくる。
その瞳には逆らえない……心の浮かぶことをそのまま口にする。
「前園はとてもかわいいと思う」
「やったぁ! すずすけオレかわいいってさ!」
「お凛ちゃん、緒方君の言葉に騙されないで! 緒方君! お凛ちゃんに変なことを言わないで!」
宮姫がすごい剣幕で俺を睨む。
ちょっと……いやすごく怖いです。
勘弁してよすーちゃん。
「なぁ緒方、すずすけの機嫌が悪いんだけど……」
「お前のせいだ前園」
「緒方がすずすけに気を使わないからだろ~ほら、かわいいって言ってやれよ」
「すーちゃんはかわいい、ボクのお姫様だよ」
それは15歳の緒方霞ではなく、すーちゃんが『かーくん』と呼ぶ、幼い頃の俺が言ったのだと思う。
いや違うな……緒方霞は10年の時を経てようやく伝えることができた。
「かーくん……」
すーちゃんはあの頃と変わらない素敵な笑顔を浮かべる。
「おぉ~年季の入った幼馴染はすげーな。よし! オレは後ろ向いてるし楓には黙ってるから今すぐふたりでチュウしていいぞ」
「しねーよ!」
「しないわよ!」
俺と宮姫は同時に叫ぶ。
「でも緒方のおかげでオレとすずは仲直りできたからお礼をしないとだろ?」
「それはそうだけど……」
「なぁ緒方ちょっと耳を貸せ」
「ん?」
言われるがまま前園に耳を傾ける。
前園は宮姫に聞こえない様に小さな声で囁く。
「お礼として、一晩オレとすずすけを可愛がってくれ。
とは言えオレもすずも経験ないしちょっと恐いから、優しくしてくれると嬉しいな」
「何を言っちゃってくれてるの前園さん!? それはまずいだろ!」
「え? お凛ちゃん何を言ったの?」
「すずすけには秘密……まさかNo!なんて言わないよな緒方?」
前園がニヤリと笑う。
「Noです前園さん、家で妹と父が待ってますし明日も学校がありますので今日は帰えらせて頂きます! ではごきげんよう!」
「え、緒方?」
「ちょっとかーくん!?」
「悪い……宮姫」
このままだとオトナの階段を一気に飛び超えて刺激的過ぎる夜に突入しそうなので俺は荷物をまとめ足早に玄関に向かう。
「緒方、今度三人でお泊り会だからな!」
……ん?
前園が何か言ってたような……でも聞こえません。
俺は夜道を自宅まで全力で走る。
今日ほど親父に会いたいと思った事はない。
これから帰宅したところで、ちょうど仕事の時間だから部屋から出てこないけど。
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