第138羽♡ 偽カレ大作戦

 

 ――7月16日月曜日の昼休み。


 以前は週一回程度だったモップ会は、ここ最近はほぼ毎日のように開催されている。前園と宮姫が揉めた件とか、さくらのお祖父さんの誕生日会など、重要イベントが目白押しだったから仕方ない。


 とは言え、忙しさピークは越えたと思っていた。

 だが恐ろしい事にイベントラッシュは今週も続くようだ。


 もしかしたら俺、緒方霞は高校生男子としては忙しい部類なのかもしれない。

 ソシャゲと漫画とアニメに俺のアオハル青春を捧げるはずだったのに……。


 「つまり兄ちゃんはさくらの次は凛ちゃんのカレシのふりをするのか?」

 「あぁそうだ」

 

 「カスミ君の私生活は最近色々狂ってるわね」

 「言うなさくら……俺も自覚はある」

 

 「話はわかったけど……絶対にお凛ちゃんに変なことしないでね!」

 「宮姫、変なことなんてするわけないだろ」

  

 「ねぇカスミ、それで凛ちゃんのカレシ役は上手く出来そうなの?」

 「ちょっと不安かも……俺が前園について知ってるのはここ数か月のことだけだし」

 

 昨日の誕生日会では俺はさくらのフィアンセとして割と上手く振舞ふるまえたと思う。

 だけど前園相手にさくらと同じようにできるかはわからない。

  

 「この中で凜さんに一番詳しいのは……」

 

 さくらが宮姫をじっと見据える。

 

 「何? さくらちゃん?」

 「すずと凜さんは中等部から親友同士でしょ」

 

 「……でもちょっと前まで、わたしとお凛ちゃんは疎遠になってたし」


 「じゃあクラスメイトとして最近の凜さんを知る望月さんとすずの意見を合わせれば丁度いいかもしれないわ」


 「さくらちょい待ち、ふたりに聞けば確かに色々聞けるけど、あまり知り過ぎてると反って嘘っぽいのだ」


 「リナちゃんの言うことは一理あるね」


 リナの意見に楓が頷く。

 

 「相手は今を時めく新進気鋭カメラマンのノーラ・マエゾノ、母親として凜さんのことは詳しいのはもちろん職業柄鋭い眼力がありそうだし、下手な嘘は表情から見抜かれるかもしれないわね」


 「つまり最低限の段取りは決めておいた方が良いけど、後は普段通りの方が良さそうって事か?」

 

 「そうね」

 

 「じゃあ中尾山に登った時に前園に告白して付き合い始めたことにすれば、時期的にも自然かな……丁度一か月くらい前だし」

  

 「兄ちゃんその話、マジ話ぽいにゃ」


 中尾山では文字通り

 今も前園と俺の中では伏せていることがある。

 

 アリバイ工作に使うとしても前園を傷つけることがないよう細心の注意が必要だ。


 「中尾山から帰って来てから凛ちゃん、一時すご~く乙女チックになってたし……」

 「髪型を変えたりリボンを結ってたり、誰かにアピールしてるみたいだったわね」

 

 「それに兄ちゃん中尾山に行った日は帰りがすごく遅かったのだ。遅くならないと言ってたのに……怪しいにゃ」


 「雨宿りしてたら中々下山できなかっただけだよ」

 

 「本当にそれだけ? 例えば雨宿りを理由に『二時間ご休憩七千円』の暖簾のれん先へ凜さんを連れて行ったとか」

 

 「えっ! カスミ本当なの……!?」

 「緒方君不潔ド変態、お凛ちゃんに詫びながら今すぐマグマの中にダイブして!」

  

 さくらた――ん!

 超デンジャラスな『二時間ご休憩七千円』ネタをほじくり返さないで!

 

 楓さんと宮姫さんからのマジ軽蔑視線がザクザク突き刺さるから――!

 

 「ちょっと待て宮姫、百歩いや一万歩譲って俺がろくでもない事を考えたところで前園が同意するわけないだろ」

 「そうだね……ゴライアスガエルな緒方君の言うことなんてゲコゲコとしか聞こえなくてお凛ちゃんに届くはずもないか」

 

 「……そうだね宮姫」

 

 しくしく……

 悲報! 俺氏ついにアフリカ西部に生息する巨大ガエルになりました。

 でも疑いが晴れたならいいか。ゲコゲコ。

 

 「カスミ……わたしは信じてるよ」

 「ありがとう楓……なっ!?」

 

 信じてるって言ってたのになぜ楓さんはまだ半信半疑って顔をしてるの!?

 

 マイ親友トラストミープリーズ!

   

 「兄ちゃん、わたしの部屋ならいつでも『時間無制限で特別価格0円』でいいよ~好きなだけ妹をご堪能あれ♡」

 

 「はいはい、リナちゃんのお部屋の暖簾には『幼稚園』って書いてあるのよね~よちよちお姉ちゃんが飴ちゃんあげるわ」

 

 「わーい飴ちゃん飴ちゃん……ありがとうお姉ちゃん! じゃあねえぞぉゴラァアアアア――!」


 さくらとリナが恒例の漫談を始めてしまった。

 

 「ん~でも、付き合ったばかりなら、知らないことがあるのは当然だし、それよりお凛ちゃんのことを真摯に思っているところを見せられれば」

 「そ、そうだよカスミ!」

 

 「ありがとう宮姫、楓」

 

 幼馴染のふたりは真面目で頼りになる。

 だけど、どういう訳か楓も宮姫も複雑な表情のままどこか冴えない。

 

 「ところで凜ちゃんはいつ帰国するのだ?」

 

 「予定では明後日の夜らしい」

 

 「ねぇ緒方君、突然で悪いけど一日付き合ってもらう件、明日の朝メリーの散歩に同行してもらってもいい? わたしもバスケ部のインターハイ予選が始まるからしばらく時間がないの」

 

 「えっ? ……あぁ大丈夫だよ、急で驚いたけど」

 

 「ありがとう。皆も良いかな?」

 

 「……わたしは構わないわ、でもすずは本当にそれで良いの?」


 「うん十分だよ」


 宮姫はさくらに迷いなく告げると笑顔浮かべる。 


 「そう……」

  

 尚もさくらは宮姫に何かを言いた気だったが止めてしまった。

  

 楓とリナも怪訝けげんな表情を浮かべていたが、散歩に行くこと自体には了承したため俺は明日の朝、宮姫とその愛犬メリーの散歩に同行することになった。

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