270.【sideルシラ】首脳会議②

 

  ◇

 

「皆さま、本日はお忙しい中、私の呼びかけに応えてくださり、ありがとうございます。私は探索者ギルドの新グランドマスターで、名をソルダと申します」


 各国の代表者や代理者が集まる中、探索者ギルドの職員が開始の挨拶を始めました。


 彼がベリアの後任のグランドマスターですか……。

 こう言っては失礼ですが、彼は特徴の無い方ですね。

 王族の一人として、人の顔と名前は一度見聞きしたら忘れない自信がありますが、彼については油断していると忘れてしまいそうです。

 それほどまでに、特徴が無い、というよりは覇気が無いのでしょうか?


「このような状況です。早速本題に入りたいところですが、その前に一つだけよろしいでしょうか?」


 本来ならこういった集まりの場合、会議の前後に懇談会のようなものが催されるものですが、今回はそれがありません。

 我が国は帝国への対策が功を奏して、魔獣の氾濫への初動が早かったですが、そうではない国もあります。

 今なお落ち着いていない国も少なからずあり、それだけ今は切羽詰まった状況と言えます。

 だからこそ、話し合うことを話し合ってすぐに行動に移さないといけないと思うのですが。


「皆さまもご存じの通り、先日、探索者ギルドの前グランドマスターであったベリアが亡くなりました。彼は長寿の異能を持っており、探索者ギルド創設時からギルドを支えてきてくれた傑物でした。彼ほどギルドを纏め上げられる人物は他にいません。このような世界になってしまった今こそ彼の力が必要でした。本当に惜しい人を亡くしました」


 ソルダさんが目頭を押さえながら声を震わせています。


 彼はベリアのことを慕っていたのでしょう。

 ベリアこそがこの世界を作り出した張本人であることを知らないのでしょうね。

 いえ、彼だけでなく、この真実を知る者はこの場にどれだけいるのでしょうか?


「私は人類が魔獣の脅威に打ち勝つために全霊を尽くす所存です。しかし、私ではベリア・サンスという偉大な人物には遠く及びません。ですので、どうか皆さまの力をお貸しください!」


 ソルダさんが宣言と共に頭を下げたその時、一人の老人がパチパチと手を叩きました。

 その人物は大陸東部に強い影響力を持ち、東の大迷宮を要している大国であるルダイン連邦の連邦議長グンナル・シュテルンでした。


「……儂は、東のギルド長であったお主の仕事ぶりを長年見てきた。だから確信して言える。今、探索者ギルドを束ねられるのはソルダ殿を置いて他にない。ベリア殿の後任は大変な重責だろう。しかし、お主ならその責を全うできると信じておる。儂はソルダ殿を支持するよ。共にこの厳しい状況を乗り越えよう」


 グンナルさんはそう言うと、再び手を叩いた。


 それに続くように他の人たちも続きます。


(東の大迷宮を要するルダイン連邦が東のギルド長だったソルダさんをグランドマスターに推す、ですか。非常に政治の匂いがしていますね。私個人としては面白くありませんが、根回しはとっくに済んでいるのでしょうし、この人選はノヒタント王国に利益は無くとも明確な不利益のあるものでもありませんね)


 ここで口を開いて反感を買うことや悪印象を持たれることの方が国にとっては損だと考えて、黙って私も手を叩く人たちに加わりました。


「皆さま、ありがとうございます。不肖の身ではありますが、全力で取り組んでまいります。――では、早速魔獣の脅威に対抗するための首脳会議を始めさせていただきます」


 ソルダさんが首脳会議の開会を宣言すると、世界の現状について探索者ギルドが持っている情報を開示しました。


 彼の話によると、迷宮は例外なく・・・・氾濫が起こっているとのことです。

 そして、これは既に私の知っていたことですが、氾濫した迷宮の中に大迷宮は含まれていません。


「――改めてお伺いします。こうして私どもの呼びかけに応じてくださった皆様は、探索者ギルドの考えである『今は国の枠組みを超えて、人々が団結して魔獣の脅威に立ち向かう必要がある』という考えに賛同していただけているものと考えてよろしいでしょうか?」


 現状の説明を終えたソルダさんが、私たちに問いかけてきます。


 すると、参加者の一人が挙手をしてから発言をしました。


「その考え自体に異論は無い。しかし、手を取り合うとは具体的にどんなものを考えているんだ?」


「前提として、我々が優先すべきは『人命』と『社会や経済の基盤となる街道等のインフラ』の安全を確保することだと考えています。そこで、現在探索者ギルドが保有している迷宮核を各地に設置しようと思います」


「……迷宮核を?」


「はい。氾濫が起こってから今日こんにちまでギルドは実験をいくつか行い、地上に出てきた魔獣の迷宮に居た時と違う習性をいくつか発見しました。その一つが、地上の魔獣は『魔石よりも迷宮核に強い執着を見せる』ということです」


 迷宮核は、迷宮の最奥に存在する巨大な魔石で、迷宮そのものを成り立たせているものです。

 通常の魔石なんかとは比べ物にならないほどの魔力を内包していますが、これまでの魔獣は迷宮核にはあまり興味を示さなかったと聞いています。


 魔獣は魔石に引き寄せられる特性を持っています。

 そのため現在は、光に虫が集まりやすいように、魔石が多く集まっている大都市に多くの魔獣が引き寄せられています。

 大都市となれば、外壁で覆われているところが多いため魔獣の進行を阻むことができますが、別の街とのアクセスに苦労しているのが現状です。


 まさに先ほどソルダさんが言っていたように、街や国を繋ぐ街道の安全を確保することが、現在は難しい状況と言えます。

 特に、これまで普通に行ってきた魔石の運搬が、今ではかなりの労力を要するようになっています。

 魔導具が生活に馴染み過ぎている現状では魔石が必須となるのに、その供給が困難と言わざるを得ません。


 魔石に強い執着を見せる魔獣ですが、作物に興味を示さないのは不幸中の幸いでした。

 これで人間の食べるものまで魔獣に食い荒らされてしまっていては、人類は魔獣に淘汰されていた可能性が高いですから。


「この地上の魔獣の習性を利用して、人が少なく魔獣が大量に集まっても困らない場所に迷宮核を設置して、ある程度魔獣をそちらに誘導しようかと」


「迷宮核の守りはどうするんですか?」


「そこは探索者に依頼したいと考えています。それぞれの迷宮核に各国から選抜された優秀な探索者を何組か配置して、ローテーションで迷宮核に引き寄せられた魔獣を討伐していくという作戦です」


 この世界で高い戦闘能力を有している人と言えば、軍人と探索者でしょう。


 軍人は基本的に対人を想定して訓練をしている方たちです。彼らは魔獣の相手よりも国の治安維持に配置するのが適切ですね。


 そして探索者は言わずもがな、迷宮探索で魔獣と戦ってきた方たちです。

 これまでも実質的に人々の生活を支えてくれたのは、迷宮から魔石を持ち帰ってきてくれていた彼らでした。

 ですが、魔石が当たり前のように供給されるようになっていた昨今では探索者への感謝の気持ちが薄れていた人たちもいました。


 しかし、この地上に魔獣が蔓延ることになったことで、探索者が居なくてはならない存在だったと認識を改めた人も多そうですね。


「その案に異論は無い。だが、それと並行して迷宮を全部攻略した方が良いんじゃないか? そうすれば魔獣はもう出現しなくなるんだから」


「それは問題の先送りにしかならないだろ」


 参加者の一人が迷宮攻略の案を出すが、それにサウベル帝国の皇太子である《英雄》フェリクス・ルーツ・クロイツァーが異論を唱えます。


 彼は二か月前王都に単身で乗り込んできました。

 結局それは《白魔》であるシオンという女性に妨害されましたが、この事実はフィリー・カーペンターの異能によって無かったこと・・・・・・になっています。


 あの日は『王国と帝国の戦争を止めるために王都を訪問していたベリアをオルンが殺害した』と、フィリー・カーペンターが関係した人物全員の認識を改変して事実が書き変わっています。


 【認識改変】を無力化する魔導具を身に着けていた私だけが、あの日の出来事を覚えたままです。

 フェリクス殿下自身、自分が王都に乗り込んだことを覚えているかどうかわかりません。


「問題の先送りだと?」


「確かに、迷宮が無くなれば魔獣の脅威を排除することは出来るだろう。だが、その先に待っているのは魔石を奪い合うという、今とは別の地獄だ」


 フェリクス殿下に同意ですね。

 魔石は魔獣を斃すことで入手できる資源です。

 そして、魔獣は迷宮でのみ生まれます。


 全ての迷宮を攻略すれば、魔獣が新たに生まれることは無くなり、延いては我々人類が魔石を入手する手段を失うということです。

 今更人々の生活から魔導具を取り上げることが困難を極める以上、全ての迷宮を攻略した先に待っているのは、魔石を奪い合う世界大戦でしょう。


 それにしても、それを言うのが、魔石不足を理由に我が国に攻め込んできた帝国の代表とは、嫌悪感すら湧いてきますね。

 ……ここでそれを露わにすることはできませんが。


 ソルダさんがフェリクス殿下の意見に同意するように頷いてから口を開きました。


「フェリクス殿下のおっしゃる通りです。我々が攻略するのは迷宮ではありません。――大迷宮です」


(……やはりその方向に持っていきますか)


 私が心の中で呟いていると、部屋の中にどよめきが広がっていきます。

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