235.分岐点の入り口

 

  ◇ ◇ ◇

 

 ……何で、こんなことになった?


 スティーグの言う通り、俺の、せいなのか……?


 俺が、仲間を求めたから……。


 俺が、《夜天の銀兎》に加入したから、みんな殺されたのか……?


 ――『いいか、オルン。迷ってから決断したことは、必ず後悔する。だから、オルンが《夜天の銀兎》に入ろうが、入るまいが、いつかは何かしらの形で後悔することになるじゃろう。だからこそ重要なのは、後悔する未来の自分が少しでも納得できる選択をするべきだと思っておる』


 なんで……、こんな時にじいちゃんの言葉を思い出すんだよ……。


 《夜天の銀兎》に入るという選択の先に待っていた後悔が、これか……?


 なんだよ、それ……。


 そんなことって――。

 

  ◇

 

  ―ツトライル:《夜天の銀兎》本部近傍―

 

「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙――!!」


 オルンの慟哭に呼応するかのように膨大な漆黒の魔力が巻き上がり、空間にはいくつも罅が入る。


「……流石にこれ以上は世界が持ちませんね。充分絶望してもらったでしょうし、そろそろ死んでもらいましょうか」


 やがて慟哭を止めたオルンは、 まるで魂を抜かれたような感じに虚空を見つめていて、その瞳は何も映していなかった。


 それでも、漆黒の魔力はひとりでに暴走を続け、続々と空間の罅が増えていく。


 今の状況を良しとしないスティーグは、暴走する漆黒の魔力の中心で死んだように虚空を見つめているオルンへと近づく。


 指を揃えて手刀を作り、その手に魔力を集約した。


「呆気無い最後ですね。我々・・は、もう少し貴方に期待していたのですが」


 スティーグは落胆の声を漏らしながら、全く反応を示さないオルンにその手刀を振るう。


「それでは、さようなら」


 手刀から伸びる細く鋭い魔力がオルンの首に到達する直前、スティーグとオルンの間に突如人影が現れる。


「――っ!?」


 気が付くと、スティーグは衝撃波によって吹き飛ばされていた。


 スティーグが驚きに目を見開きながら、十数メートルほど飛ばされたところで地面を滑るようにして勢いを殺す。


 それから即座に直前まで自分が居た場所へと視線を向けた。


 彼の視線の先には、白くなった長い髭を蓄えている老人――カヴァデール・エヴァンスが佇んでいた。


 カヴァデールは手に握っている杖を向けると、虚空から限りなく白に近い青色の鎖がいくつもスティーグへと伸びる。


 鎖がスティーグの身体へと巻き付き動きを阻害した。


 続いて、鎖と同じ色の立方体のような箱が現れると、その中にスティーグを閉じ込める。


 スティーグを無力化したカヴァデールが振り返る。


 カヴァデールはオルンを視界に入れると、悲しげな目つきを見せた。


「必要なこととはいえ、辛い思いをさせてしまって済まなかった、オルン。……まずはその魔力をどうにかしないとじゃな」


 カヴァデールはそうオルンに謝ると、オルンの手首に付けている収納魔導具を遠隔で操作し始める。


 すると、オルンの周りで暴走している漆黒の魔力が次第に収納魔導具へと取り込まれていき、天へと伸びる漆黒の柱は姿を消した。


「…………じい、ちゃん……?」


 しばらく何の反応も示さなかったオルンが、カヴァデールの存在に気づいた。


「久しぶりじゃのぉ、オルン」


 オルンに優しげな声を掛けながら近づくと、その右腕に軽く触れる。


「痛いじゃろ。すぐに治してやるからの。もうちょっとだけ我慢しておくれ」


 カヴァデールがオルンの右腕の先――スティーグよって斬り飛ばされて大量の血が流れ出ている傷口を見ながら異能を行使した。


 すると、オルンの右手が一瞬で元に戻った。


 その代わりに、カヴァデールの右腕が虚空へと消え去る。


「ほっほっほ。右腕だけで済むとはのぉ」


「……なん、で……」


 戸惑いの声を漏らすオルンとは対称的に、カヴァデールは明るく笑っている。


「何でとは、変なことを言うのぉ。オルンは儂の異能が【等価交換】だと知っておるじゃろ? 前途有望なオルンの利き手を戻すのに、この老いぼれの右腕一本で済んだんじゃ。安い買い物じゃよ」


「俺は……、こんなこと望んでいない。俺は、死なないといけないんだ。じゃないと、また大勢人が死ぬ。俺の、せいで……」


 震えを帯びた声を漏らすオルン。


「じいちゃんは『迷ってから決断したことは、必ず後悔する』って、『後悔する未来の自分が少しでも納得できる選択をするべき』って、ちゃんと教えてくれたのに。俺は、それをもっと深く考えるべきだった!」


 オルンがまるで懺悔するように言葉を重ねる。


「俺が安易に選択したから、《夜天の銀兎》の皆は殺された。こんな結果、ちっとも納得できない……! 俺は、《夜天の銀兎》に入るべきじゃなかった! 独りで居るべきだったんだ!!」


 涙を流しながら声を荒らげる。


「そうじゃの。《夜天の銀兎》に加入していなければ、また違った結果になったじゃろう。じゃが、儂はあの時こうも言ったはずじゃ。『《夜天の銀兎》に入ろうが、入るまいが、何かしらの形で後悔することになる』と」


「でも、これよりは遥かにマシな後悔だったはずだ……」


「選択しなかった先の結果は誰にも分からないものじゃ。じゃから――」


 カヴァデールがオルンに何か伝えようとしたところで、少し離れたところからガラスの砕けたような甲高い音が発せられた。


「――もう出てきよったか」


 カヴァデールはそう呟くと、スティーグを閉じ込めていた箱の在った場所へと顔を向ける。


 そこには、箱を破壊し外へと出てきたスティーグの姿があった。


「まさか、私たちの把握していない超越者が居たとは。もしかして、ギルドの転移陣を改竄していたのは貴方ですか?」


「正解じゃ」


「そうですか。敵対する超越者なんて面倒以外の何物でもありませんからね。貴方もオルン・ドゥーラと一緒に殺してあげますよ」


「ほっほっほ。お主が手を下さずとも、儂は存在ごと消えることになるから、お主の手を煩わす必要はないぞ」


「……それはどういう――――っ!」


 スティーグがカヴァデールの意味深な発言について問おうとしたところで、再び白に限りなく近い青色の鎖が襲い掛かる。


 既に見切っていたスティーグが鎖から逃れるべく地面を蹴った。


 彼が鎖の届かない位置まで移動すると、その足元に魔法陣が浮かび上がる。


「っ! これは、転移陣!? まさか、私の回避行動が誘導させられていたとは……。やりますね。――来なさい、水竜!」


 スティーグは自身が別の場所へ転移させられる直前に、次の手を打つ。


 《夜天の銀兎》を覆っていた赤い障壁にいくつか穴が開くと、そこから水竜たちが外へと出てきた。


 そして水竜たちがカヴァデールへの攻撃を始める。


 その光景を見ながらスティーグがその場から姿を消した。


「時間が無いんじゃ。邪魔をするんでない。――【絶対零度アブソリュート・ゼロ】」


 カヴァデールが魔法を行使して、水竜たちを一瞬で凍結させる。


「――オルンよ。この世に無駄なことなんてものは何一つないものじゃ。オルンなら、この経験もきっと糧にしてくれると信じておる。自分の心の声にしっかりと耳を傾けるんじゃ。お主の答えは、きっとそこにある」


 カヴァデールがオルンに声を掛けながら異能を行使した。


 すると、彼の周囲に白亜色ティターニアの魔力が集まり始める。


 〝その出来事〟が起こるまでの残りわずかな時間を惜しむように、カヴァデールがオルンへ笑顔を向ける。


「じいちゃん……?」


 カヴァデールの言動に違和感を覚えたオルンが、戸惑いの声を漏らす。


「儂の人生は後悔の連続じゃったが、最期にのために、この命を使えるなら本望じゃ。儂がオルンにしてやれることなんてこの程度のことでしかないが、どうか受け取って欲しい」


「最期って、どういうことだよ!? じいちゃんまで居なくなるなんて、そんなの、嫌だ……!」


「安心するんじゃ、居なくなるのは儂だけ・・・じゃ。……オルンよ、これからもお主には辛いことや苦しいことがたくさん訪れるじゃろう。じゃが、困難があるからこそ人は幸福を感じることができると、儂は思っておる。お主なら困難を乗り越えられると信じておる」


 カヴァデールが穏やかな声音で言葉を紡ぐ。


 大切な孫が再び前を向いて歩き出せるように。


「――大丈夫じゃ、オルンは儂の自慢の孫なのだから。オルンがこれからの人生を笑って過ごせることを、心から祈っておるよ」


 その言葉を最後に、カヴァデールの存在がこの世界から消え去った。


「――――――」


 カヴァデールの喪失に、オルンが声にならない声を上げる。


 


 カヴァデールは自身の異能である【等価交換】を行使した。


 それは、望むものを得る代わりに対価を差し出すというもの。


 その望みを叶えることが困難であればあるほど、当然その対価は大きいものとなる。


 カヴァデールが今回対価として差し出したのは、カヴァデール・エヴァンスという存在の全て、そして、妖精の女王であるティターニアを構成する魔力の大半。


 どちらも対価としては大きすぎるものだ。


 それだけ大きな対価を支払い、世界はカヴァデールの望みを叶えた。


 


 ――世界の時間が巻き戻り始める・・・・・・・

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