234.【sideティターニア】白亜の麗人

 ティターニアが動けないままのルーナとオリヴァーを魔法で回復させてから魔力の結界で覆うと、手を閉じたり開いたりしながら感触を確かめている。


「ルゥ子、ウチが最後に与えられるのは、今の妖精顕現の感覚だ。それは今後間違いなくルゥ子の力になる。だから、ウチが顕現した今の感覚を忘れないでくれ。――たとえ今日の記憶が無くなったとしても」


 神々しさすら放つティターニアがルーナにそう告げると、ベリアを睨みつける。


「……本当なら準備を整えてからお前を顕現させるつもりだったんだがな。まぁいい。お前を殺すための手間がだいぶ省けたと考えれば悪いものでもないだろ」


 普通の人間であれば、ティターニアの威光に震え上がるだろう。

 しかし、過去に彼女の姿を見たことのあるベリアは、特段気負うこともなく彼女へ声を掛ける。


「ウチを甘く見過ぎていないか。ウチは妖精の女王だぞ。今この時を以てこの世界の最強は、お前ではなくウチになった」


「はははっ。だったらそれを証明して――――っ!?」


 ベリアが軽口を叩いていると、突然ベリアを衝撃波が襲った。


 彼が勢い良く後ろへと吹き飛ばされる。


 そんなベリアを視界に捉えながらティターニアが手を頭の上に上げる 。


 すると、上空に百を超える数の白亜の剣が現れた。


 ティターニアが上に挙げた手を無造作に振り下ろすと、彼女の動きに呼応するかのように、白亜の剣が一斉にベリアへと降り注ぐ。


「……チッ!」


 ベリアが舌打ちを打ちながらも剣の方へと自身の手を伸ばす。


 異能を行使すると、彼の周囲の空気が振動し、白亜の剣が空中で制止した。


 それを見越していたのか、ティターニアには動揺はなく次の手を打つ。


「――白龍」


 ベリアの立っている場所が突然地割れを起こす。


 そのままベリアはその亀裂の中に落ちそうになる。


 ベリアが異能を行使して落下を避けるが、その割れた地面の中から白亜色の魔力でできた龍が飛び出してきた。


 白龍がベリアへと接近する。


 そのまま大きな口を開いて、ベリアの身体に牙を突き立てる。


「やはり貫くことはできないか」


 ティターニアが無感情に呟く。


 本来なら白龍の牙で身体を貫かれ致命傷を負っているはずだが、ベリアは異能によって傷を負うことは無い・・・・・・・・・


「――【終焉之焔レーヴァテイン】」


 無傷のまま白龍に咥えられている状態のベリアが魔法を発動すると、彼の右手に業火の剣が現れる。


 業火の剣は握った者すら焼き尽くすほどのものだが、ベリアは例外だ。


 それを白龍に振るうと、白龍は文字通り焼き尽くされた。


 白龍の拘束から逃れたベリアが地面に着地する。


「これで終わりか?」


 ベリアがティターニアを挑発する。


「まさか」


 当のティターニアは不敵な笑みを浮かべていた。


 直後、上空に静止している 白亜の剣の切っ先に魔力が集まると、別の切っ先の魔力と細い線で繋がった。


 一本二本では全く意味のない線にしか見えない。


 しかし、いくつもの線が引かれ始めると、次第に意味のあるモノが浮かび始める。


「まさかっ!?」


 その正体を理解したベリアが、初めて焦りの表情を見せた。


 即座にその場から逃れるために地面を蹴る。


「もう遅い。――【白亜之霊耀アマテラス】」


 上空に描かれた魔法陣・・・から、一点に集約され超高温となった白亜の光が、ベリアとその周辺一帯を飲み込んだ。


 光は大地すら容易に溶かし貫く。


 天から貫く光が消えると、光の通った場所は巨大な大穴となっていた。


「すごい……」


 十年以上探索者として戦いの場に身を置いていたルーナでも見たことのないほど威力の攻撃を見て、ルーナはただただ驚嘆することしかできなかった。


 ティターニアが大穴の方をジッと見つめていると、彼女の頭上にベリアが転移してきた。


 そのまま魔力を纏わせた剣を振り下ろす。


 それをティターニアは白亜の魔力を剣の形に変えて、難なく受け止める。


「チッ!」


 不意打ちに近い攻撃を凌がれたベリアが、表情を苦々しいものに変えてながら舌打ちをする。


 極大な白亜の光の直撃を受けたベリアは傷一つ付いておらず、ダメージを受けていないように見受けられるが、若干動きのキレが鈍っていた。


「随分とぬるま湯に浸かっていたようだな。超越者には成れたようだが、数百年という人間にとっては多すぎる時間があって、まだその色・・・なのか?」


 ティターニアがベリアの振るう剣に纏っている魔力を見ながら、ため息を付くように呆れた声を零した。


「お前やアイツと同じにするなよ」


 ティターニアの言葉を受けて、ベリアが毒を吐きながら彼女と距離を取る。


「確かに主と比べるのは酷だろう。だが、お前には時間があった。それを無駄にしているのが残念でならないんだよ。本当に、残念だ」


 ティターニアの発する言葉には憂いが帯びていて、彼女の表情からは虚しさが見て取れた。


 魔力とは、普段は目に見えないエネルギーだが、一点に集めて高密度にすることで可視化することができる。

 その際、その魔力はその者の色・・・・・となる。

 その色は様々だが、共通していることがある。

 それは、魔力の扱いを極めるとその色は、次第に〝黒〟もしくは〝白〟に近づいていき、最終的には漆黒や白亜という混じりけの無い色に成るということ。


 ベリアの魔力の色は完全に黒に染まっているわけではなく、どちらかというと赤に近い色をしている。


「……お前の気持ちなんてものは知ったことではない。そもそも俺は妖精と分かり合えるなんて思っていないからな。だから俺は妖精をこの世から一匹残らず消し去る」


「そうか。不本意ではあったが、今のウチは妖精のトップだからな。だからウチは、妖精を守るためにもお前を無力化することにしよう」


 ティターニアが話している間に、再び距離を詰めたベリアが剣を振るう。


 それをティターニアが白亜の魔剣 で真正面から受け止める。


 両者の剣がぶつかると無数の斬撃が飛び散り、周囲にあるモノがみじん切りにされたかのように細かく切り刻まれていった。


 ピクシーによって護られているルーナたちは無事だが、その背後にそびえたっている大迷宮の入り口や転移のために設置されている水晶すらも原型を失っている。


 それでもお互いに剣戟を止めない。


 次第に魔法が織り交ざり始め、辺り一帯が更地になるほどの天変地異を起こしながら、両者は世界が崩壊するギリギリの領域で戦いを繰り広げていた。

 

  ◇

 

 ティターニアとベリアの熾烈な戦いはその後も続いた。


 戦っている場所は既に南の大迷宮からもツトライルからもだいぶ離れている。


 その道中にあったモノを、文字通り灰燼に帰しながら。


「……相変わらず頑丈だな」


 二本の魔剣でベリアに絶え間ない攻撃を叩き込みながらティターニアが呟く。


 左腕の無いベリアと両手にそれぞれの剣を握るティターニアでは、攻撃の密度が違う。


 戦いは終始ティターニア優勢で運ばれている。


 だが、未だにベリアが受けたダメージらしいダメージは、序盤に彼女が放った集約された白亜の光線の直撃のみ。


 互いの剣が真正面からぶつかると、その衝撃でその場にクレーターが発生した。


 そのままお互いに後方へと飛ばされ、二人の距離が離れる。


「はぁ……。もう時間か。やはり俺だけ・・の力ではお前を殺すには至れなかったな」


 改めてティターニアとの実力の差を実感したベリアが、呟きながら覚悟をしたような表情へと変わる。


「……?」


 ベリアの雰囲気が突然変わったことに、ティターニアが警戒心を強める。


「本当は俺だけの力でお前を超えたかった。だが、もう時間が迫ってきている。お遊びはここまでにさせてもらうぞ」


 ベリアの失った左腕の肩口辺りからくろい魔力が零れ出る。


 それはドロドロとした粘度のある液体のようで、ベリアの魔力とは全くの別物だった。


「まさか……、お前っ……!」


 それを見たティターニアの表情に初めて焦りの色が浮かぶ。


「そうだ。去年、《英雄》に西の大迷宮を攻略させた・・・・・直後の、術理が自動的に書き変わるまでの一瞬のうちに手に入れた、邪神の魔力の一部だ!」


 ベリアが高揚した声を上げた。


 ドロドロとしたどす黒い魔力が、徐々に何本もの骸の腕へと形を変え始める。


 それはこの世に未練を残した怨霊を連想させるようなもので、不気味で禍々しい雰囲気を醸し出している。


「……異能で無理やり自分の中に留めているのか」


 ティターニアが目の前のあり得ない出来事を成立させている方法に当たりを付ける。


 彼女の推測を聞いたベリアがニヤリと口角を上げ、


「正解だ。にしても流石は人類を絶滅近くまで追い込んだ化け物だな。俺が取り込んだ量は邪神の総量から見れば一割にも満たないっていうのに、俺の異能でも留めておくのが精いっぱいだった。まぁ、あれから一年以上が経って少しずつ俺の身体も順応してきたがな」


 左腕には墨液で形作られたような骸の腕をいくつも生やし、右手に握る剣の刀身には左腕と同じく涅い魔力を纏わせる。


「これでお前の魔力を濁らせてやる!」


 感情を昂らせた ベリアが、再びティターニアへと接近する。


「……くっ!」


 対してティターニアには先ほどまでの余裕はなかった。


 接近を嫌うように距離を維持ながら魔力弾を撃ち出す。


 ベリアは自身に迫ってくる白い魔力弾を剣で叩き落しながら、左の骸の腕をティターニアへと伸ばす。


 涅い骸の手から逃れるティターニアだが、魔力である骸の腕に長さの限界は無い。


 オオカミの群れが獲物を包囲するように、複数の骸の手が徐々にティターニアの包囲網を狭めていった。


 逃げ場を失ったティターニアが転移を行い、ベリアをギリギリ視界に捉えられるところまで離れる。


「――いらっしゃい」


 ベリアの魔の手から逃れて気を抜いたその一瞬、背後から聞きなれない少女の声がティターニアの耳に届いた。


 同時に、大きな人の手のような形をした灼熱の炎が、ティターニアの背から胸を貫いた。


「……がはっ!?」


 ティターニアが戸惑いながらも首を回して後ろを見ると、そこには燃えるように赤い髪を靡かせた愛くるしい見た目の少女――《焚灼》ルアリ・ヴェルトが腕を伸ばしていた。


 ルアリの二の腕から先が灼熱の炎に変わっていて、それがティターニアを貫いている。


 その場に居たのはルアリだけでは無かった。


 彼女の他に、《導者》フィリー・カーペンター、《雷帝》グンナル・シュテルンがティターニアを囲うようにして立っている 。


「いつ、の、間に……」


 ティターニアがベリアとの戦闘に集中している隙に、この場には《シクラメン教団》の第一席から第三席までの幹部が勢揃いしていた。


「不快な声を出さないで、裏切り者・・・・


 ルアリが見た目とは反して酷く冷たい声をティターニアに向ける。


「裏切り者……? ぐぁっ!?」


「言葉が通じないの? 黙ってて」


 ルアリが炎の温度を更に上げる。


 そうこうしているうちに、胸に穴をあけられたティターニアの傷口から白亜色の魔力が煙のように立ち上り始めた。


 その煙のような魔力がとある場所へと向かって移動する。


 白亜の魔力が向かった先は、フィリーが持つ巨大な魔石の中だった。


「やはりあの方の魔力を貴方が取り込んでいるとは、思っていなかったようだの」


 いつの間にかティターニアの傍まで移動していたベリアに、《雷帝》グンナル・シュテルンが声を掛ける。


「……あぁ、そうだな。上手くいったようで何よりだ」


 邪神の魔力を再び自分の体の中に押し込めながら、ベリアがグンナルの言葉を肯定する。


「お前らの目的は、ウチの魔力だったのか」


 未だに炎の手に貫かれているティターニアが、苦痛に顔を歪めながらも声を発する。


「いいえ、目的はあくまで貴女の抹殺よ。妖精となった魔力は貴重だから、回収しているだけに過ぎないわ。まぁ、安心しなさい。貴女だった魔力はわたくしが有効に活用して上げるから」


 昏い笑みを浮かべるフィリーがティターニアの言葉を否定する。


 ティターニアは超常的な存在であるため、本来であれば寿命や死といった概念が無い。


 妖精はこの世界に顕現することで、人を介することなく自由に力を行使できるようになるが、その代償として肉体の死と本人の死が紐づかれることになる。


 つまり、胸を貫かれたティターニアの命はもう長くない。


「この世界に顕現してくれたこと、感謝するわ。丁度オルン・ドゥーラの抹殺も終わるようだし、貴女もとっとと死になさい」


 フィリーがそう言うと同時に、遠く離れたツトライルから遠目にも見えるほど巨大な漆黒の柱が空に伸びた。


 空間にいくつもの罅が入り、世界の崩壊が始まろうとしていた。


「《羅刹》のやつ、オルンに刺激を与え過ぎたんじゃないのか? 世界を崩壊させるのはまだ先・・・のことだぞ」


「それは大丈夫でしょう。世界の消滅を願うほどオルン・ドゥーラを追い込んでいる証拠でしょうし。世界の崩壊が始まる前に《羅刹》が彼を殺して、崩壊を防ぐはずよ」


「…………そうだな」


 ベリアの懸念をフィリーが否定すると、ベリアはすんなりと・・・・・彼女の言葉を信じた。


「ははは……」


 勝利ムードを漂わせているベリアたち教団の幹部を見て、ティターニアは笑いが堪え切れなかった。


「……何が、可笑しい?」


 突然笑いだすティターニアに、ベリアが不快そうに眉を顰めた。


「いや、何。ここまで順調にアイツの掌の上・・・・・・・で踊っているところを見ると、笑いが堪え切れなくてな。」


「……アイツ?」


 ベリア以外の者も怪訝そうな表情を浮かべた。


「ひとまず、ウチの魔力を返してもらおうか。それ・・の使い道は既に決まっているんだ」


 ティターニアの声に呼応しているかのように、彼女の魔力を閉じ込めている魔石が突然振るいだした。


「……っ!」


 フィリーが咄嗟に魔石から手を離して後ろに跳ぶ。


 魔石は地面に落ちるよりも前に粉々に砕け散り、周囲に白亜の魔力が漏れ出す。


「ウチは少し前まで傍観者を自称していたからな。最期もそれらしく振舞ってみようか」


 意味深なティターニアの態度に全員が警戒心を強めているが、ティターニアは特段何かをすることもなく、ただ声高らかに叫んだ。


「この戦いの勝者は、――カヴァデール・エヴァンスだ!」

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