7.【sideセルマ】オルン・ドゥーラという探索者

  ◇ ◇ ◇


 私の名前はセルマ・クローデル。

 《夜天の銀兎》というクランに所属している探索者で、探索者を取りまとめる役を担っているクラン幹部の一人だ。


 何気なく《夜天の銀兎》が経営している若者向けの大衆料理店である『弄月亭ろうげつてい』に足を運び食事をしていると、そこで妹のソフィアと偶然出会った。


 ソフィアは勇者パーティの一員であるオルンと一緒にいて、私の可愛い妹を狙っているのかと、最初は警戒していた。しかし実際は違って、ソフィアを助けてくれたようで、ソフィアから食事に誘ったらしい。


 人見知りのソフィアが自分から誘うなんて珍しいこともあるものだ。

 そして、流れで私も一緒に食事をすることになった。


 オルンは黒髪に瑠璃色の瞳をしていて、歳は確か十八歳。

 体型は中肉中背と標準的な体型をしている。

 先月の共同討伐ではローブを羽織った魔術士の格好をしていたが、今はフード付きのロングコートを羽織っていて、以前よりも動きやすそうな格好になっている。


 食事をしていると、話の流れでオルンが勇者パーティを抜けて現在フリーであることを知った。

 そして気が付くと私は、教導探索の同行を依頼していた。


「……教導、探索?」


 当然教導探索について知らないオルンは質問をしてくる。


「すまない、まずは説明が先だったな。教導探索とは《夜天の銀兎》で新たな試みとして計画しているものだ」


 これは、スポンサーが企画したものになる。

 私としてはあまり乗り気ではないが最終的に実行することになった。

 そして、やるからには絶対に成功させないといけない。


「……続けてください」


 オルンの目が真剣なものに変わった。

 興味は持ってくれているようだ。


「内容としては我がクランが抱えている新人探索者をAランク以上の探索者数人が引き連れて、三日で一気に大迷宮の五十一層まで下るというものだ」


「三日で五十一層まで、ですか? かなり無茶なスケジュールですね」


 オルンの指摘はもっともだ。

 五十一層は大迷宮の折り返し地点にあたる。

 六十層までは比較的難易度が低いという声があるのも事実だが、それを言っているのはAランクになっている上級探索者だけだ。

 新人探索者が五十一層に到達するには、どんなに優秀な探索者であろうと半年から一年は掛かると言われている。


 それを三日で踏破すると言うのだ。

 まともな探索者ならこれがどれだけ無茶なことかすぐにわかる。だというのにスポンサーのジジイどもは……。


「……確かに無茶なスケジュールではあるが、常に最短の道を進めば、不可能ではない。幸い我がクランは上層と中層のマッピングは9割以上終えている」


「《夜天の銀兎》も色々振り回されているんですね……」


 オルンはこの計画の背景を察したようで、苦笑いをしながら同情の声を掛けられた。

 『も』ということは、勇者パーティでも過去に無茶ぶりがあったのかもしれないな。


「……ここまで無茶な計画なら突っぱねることもできたはずです。それだけの理論武装ができないクランでもないでしょう。それでもこの計画を実行することにしたのは、新人が今後フロアボスをスルーできるようになるからですか?」


 コイツは本当に……。どこまで頭が切れるんだ……。

 私は必要最低限の情報しか出していない。

 それなのにこの計画の背景だけでなく、この計画のメリットまで言い当てられた。

 話しぶりからして今現在夜天の銀兎の置かれている状況も理解しているのだろう。


 総長と話しているときと同じだ。まるで全てを見透かされているような気分になる。


 大迷宮には十層ごとにフロアボスと呼ばれる強力な魔獣が存在する。

 そしてフロアボスを倒さないと次の階層には進めない。

 探索者が命を落としたり、探索者を引退せざるを得ないケガを負ったりするのは、大抵がフロアボスとの戦いだ。

 新人の代わりに、同行している上級探索者がフロアボスを討伐しても、新人たちは次の階層に進める。


 迷宮の仕様上、各階層の入り口にある水晶にギルドカードをかざし登録さえできれば、わざわざフロアボスを倒さなくてもその先の階層に、いつでも行けることになる。

 将来的には自分たちの力でフロアボスを倒せるくらい成長してほしいと思っている。

 だが、まだ成人もしていない者が命を危険にさらす必要はないだろうとの考えから、この計画の実行が決まった。


「……その通りだ。それでどうだろうか? フリーであるならオルンにも、教導探索に同行してほしいと思っている」


「話を聞くに、この計画は《夜天の銀兎》にとって重要な計画だと思うんですが、なぜ部外者の俺に同行を依頼しているんですか?」


 オルンが真剣な瞳を私に向けながら問うてくる。

 嘘は許さないと目が語っているように感じる。




 私がオルン・ドゥーラという探索者の存在を知ったのは、先月の共同討伐のときだ。


 数年前から勇者パーティが名を上げ始め、下層を瞬く間に攻略していることを知った時から勇者パーティの動向には注目していた。

 オルン以外の四人の情報は色々なところから収集できた。しかし、オルンの情報だけは集まらず、地味な付与術士がいる程度の認識で名前くらいしか覚えていなかった。


 共同討伐の事前打ち合わせで初めてオルンの魔術を見たとき、私は心の中でオルンのことを嘲笑ちょうしょうしていた。

 付与術士に必要な能力は色々あるが、その中でも支援魔術の効果がどれだけ優れているかというものが、付与術士の実力を測る一つの指標になっている。


 付与術士の支援魔術で四倍から五倍ほど身体能力を上昇させることができれば、優秀な付与術士と言われている。

 その中でオルンの上昇値は二倍。


 平均的な付与術士の魔術と比べても、かなり見劣りするレベルで、なぜこんな低レベルの付与術士が勇者パーティに入っているのか不思議でならなかった。


 しかし、実際の戦闘に入ると、その印象はすぐに吹き飛んだ。

 確かに支援魔術の上昇値は低い。だけど魔術の発動速度が異常だった。

 私も魔術の発動速度には自信があった。そんな私が魔術を1つ発動するあいだに、オルンは4つ以上の魔術を発動していた。

 人はこんなにも早く魔術を発動できるものなのかと、その光景を目の当たりにしても信じられなかった。


 更に支援魔術は全て網羅していると自負のあった私でも、見たことも聞いたこともない魔術をいくつも使っていた。

 恐らくは独自に開発した魔術だとは思うが、その効果は支援魔術の上昇値が低いという欠点を補って余りあるほどのものだった。


 状況判断能力、先読み、的確なタイミングでの魔術サポート、どれを取っても私よりも上で、オルンのその姿は私が理想とする付与術士そのものだった。


「私がオルンを評価している点は、その状況適応能力の高さだ。教導探索は五十人を超える大所帯で迷宮を攻略していくことになる。道中不測の事態が起こらないとも言い切れない。そんなときにオルンがいてくれると心強いんだ」


 共同討伐のときは初めて私の指揮の下で戦闘をしたはずなのに、数分もすると私の考えをすべて理解しているかのように、私が指示する前には私が求めていることを実行に移していた。

 オルンであれば私では読めない状況ですら容易に最適解を導きだし、最良の結果を出すことができると思っている。


「そこまで評価してもらっているとは思っていませんでした……」


 オルンが困ったような笑みを浮かべながらそう言う。

 この雰囲気は断られるかもしれないな。


「あ、あの! 私もその教導探索に新人として参加するんです……! それで、オルンさんにも参加していただけると、その、嬉しいな、と、思いまして……」


 今まで空気を読んで黙っていたソフィアが、最高のタイミングでアシストしてくれた! ソフィア、ありがとう!


「……わかりました。協力します。でも、そこまで期待しないでくださいね? 俺にだってできないことはあります」


「本当か!? ありがとう!」


「ただし、一つだけ条件があります」


 話がまとまったと思ったところに条件を持ち出された。

 一体どんな条件だろうか? 莫大な報酬か? それとも《夜天の銀兎》の機密事項とかか?

 流石にそれは難しい……。


「……なんだ? 私にできることなら善処しよう」


「俺は今日から剣士、前衛アタッカーにコンバートしたんですよ。セルマさんは付与術士としての俺を評価してくれたみたいですけど、教導探索には剣士として同行させてもらいます」


 …………コイツは何を言っているんだ? あれだけ付与術士としての才能に溢れているのに、なぜ今更前衛アタッカーになるなんて言い出しているんだ? 

 オルンの真意はわからないが、もしも不測の事態が起これば流石に本職である付与術士として立ち回ってくれるだろう。


「……わかった。その条件を飲もう。オルンには前衛アタッカーとして教導探索に同行してもらう。では、明日の二十時に《夜天の銀兎》の本部まで来てくれないか? そこで詳細や報酬について話したい」


「わかりました」

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