8.【sideセルマ】苦悩
「それでね!? 私の目の前に現れると、一瞬でオークの集団を倒しちゃったんだよ!」
食事が終わりオルンとは店で別れ、今は二人で自室のある《夜天の銀兎》の本部に向かっているところだ。
オルンが目の前にいたときは静かだったソフィアだが、オルンがいなくなった途端に
元々ソフィアは人見知りをするため初対面の相手とは上手く話せないが、心を開いた相手にはソフィアの方からグイグイと行くタイプだ。
それにしてもここまで上機嫌なソフィアを見るのは久しぶりかもしれない。
「まぁ、あいつなら仮にオークが数十体いたとしても、結果は同じだっただろう」
「やっぱりそうなんだ。なんと言っても、勇者パーティに所属していた探索者だもんね。それくらいは余裕なんだね!」
「……私だってできるぞ? オーク百体が相手でも無傷で勝てるさ!」
「わかってるよ。お姉ちゃんは一番すごい付与術士だって知ってるもん!」
複雑な気分だった。
私が世間で大陸最高の付与術士と呼ばれていることは知っているし、ついこの前までは、その自負があった。
しかし、オルンの戦いを見て、その自信は粉々に砕け散った。
それに、私のパーティはこの一年まともに深層の探索ができていない。
もしオルンが私のパーティに加わってくれたら、今の状況を打開してくれるのだろうか?
弱気になる自分に活を入れる。
ソフィアの前でこんな弱音を吐くわけにはいかない。私は妹に尊敬される姉であり続けたい。
「あぁ、当然だ。これからも一番の付与術士で居続けてやるさ」
これは私自身への誓いでもある。
先月見た私の理想とする姿。それに近づけるよう、努力を続けていく。
「私は一日でも早く、お姉ちゃんと肩を並べられるような探索者になれるようにがんばる!」
「だからって、もう勝手に一人で迷宮に行ってはダメだぞ?」
「わ、わかってるよぉ……」
それにしても、ソフィアを見捨てたというパーティにはどんな仕打ちをしてやろうか。
クランの仲間で、しかも私の可愛い妹だ。見捨てたのであれば、報復される覚悟も持っているはずだよな?
メンバーの名前も聞き出しているし、すぐにでも実行できるが、今は教導探索の方に集中するべきだな。
◇
二人で雑談をしていると、あっという間にクラン本部に着いた。
「私は少し用事があるからソフィアは部屋に戻っていてくれ。先に寝ていても構わないぞ?」
「帰ってくるの遅いの?」
「いや、そこまで遅くはならないと思う」
「それじゃあ、起きて待ってる! 仕事がんばってね!」
ソフィアは笑顔でそう言うと、自室の方へ向かって歩いて行った。
あぁ、私の妹は世界一可愛い!
◇
本部内を歩き目的の部屋の前に着いた。
一呼吸置いてからドアをノックする
「……入ってくれ」
部屋の中からの声を確認してからドアを開け部屋の中へ入る。
「失礼します。総長、夜分遅くにすみません」
部屋の中は書斎のようになっていて、部屋の中心には机があり、そこで書類仕事をしている男性がいた。
彼の名前はヴィンス・ブライアース。歳は三十過ぎで茶髪に黒い瞳をしている。
彼が《夜天の銀兎》のトップで、団員からは総長と呼ばれている。
総長がトップになったのは去年の話だが、クランが一番ごたついていた時期を、見事な手腕で立て直したことにより、団員は総長に全幅の信頼を置いている。
「セルマか。何かあったか?」
「二点ほど、ご報告したいことがありまして」
「ふむ……」
総長は動かしていた手を止めて、目線を書類から私の方へ移した。
「まず一点目が、勇者パーティについてです。――っ!?」
勇者パーティという単語を聞いた総長から尋常じゃないプレッシャーが放たれ、私は息を飲んだ。
「……悪い。まさかあのパーティの話題とは思わず。続けてくれ」
「はい、勇者パーティの付与術士であるオルン・ドゥーラがパーティを脱退したようです」
「…………キミを疑うわけではないが、真実か?」
総長は納得のいっていない表情で確認をしてきた。
私も第三者から聞けば、信じられなかっただろう。
「事実です。先ほど偶然本人と会いまして、その時に本人が口にしていました」
「……本人が言っているなら本当だろうな。調べればすぐにわかる嘘をわざわざつく理由もないだろう」
私は総長の呟きに対して首を縦に振り肯定してから、更に話を続ける。
「これで、勇者パーティの弱体化は間違いありません。あのパーティはオルンがいなければSランク――深層にはたどり着いていないはずですから。これで《夜天の銀兎》が最前線に戻れる可能性が上がったと考えます」
オルンを除く勇者パーティのメンバーも確かに練度は高かったし、連携も申し分なかった。
しかし、全員がSランクに匹敵する実力者かと問われると、自信を持って『イエス』とは答えづらい。
勇者パーティはオルンの支援魔術によって、全員が一段階上のステージに引き上げられている。そのため94層到達という偉業を成すことができたと言われた方が納得できる。
「オルン・ドゥーラについては先月も聞いた。しかし本当にそうなのか? キミ以外で彼を評価している者がいないのだが」
「付与術士は評価されにくいものです。我がクランにも優秀な付与術士が何人もいますが、世間の注目を集めているのは私だけであることがその証明です」
「それを言われると耳が痛いな……。付与術士の売り出し方も、もう少し考えないといけないな」
「いえ、責めているわけではありません。これが事実というだけです。私も宣伝の仕方については検討していますが、これと言えるものは思いついていません」
「それは追々の課題だな。……話を戻すが、勇者パーティの大迷宮攻略が進まなかったとしても、今のままでは《夜天の銀兎》が九十四層に到達するのは
「……おっしゃる通りです。そこで二点目の報告ですが、明後日から行う教導探索にオルンが同行することになりました」
「……彼に何を差し出した?」
「いえ、何も。運よく話が進んでくれまして。報酬は支払うことになりますが、その金額も法外なものにはならないと思います。詳細については外で話すわけにはいかなかったので、明日の夜に彼がクラン本部を訪れ、その時に詰めることになります。ただ、同行の依頼をする際に我がクランの状況を掴まれた可能性があります」
「スポンサーの件か?」
「はい」
《夜天の銀兎》はスポンサーである貴族たちから多額の資金を援助してもらっている。
うちは様々な商売に手を伸ばして成功をしているが、それでもスポンサーからの援助金がクランの収入の五割強を占めているため、援助を打ち切られると厳しいのが現状だ。
《夜天の銀兎》は一年前まで現役探索者の中で一番階層を進めていたが、勇者パーティに並ばれ、うちのパーティの絶対的エースの離脱も重なり、今では二層も離されてしまった。
これにはスポンサーたちもご立腹で、あまり波風を立てたくない状況にある。
今回の教導探索もスポンサーたちが求める中層の資源を更に入手できるようにするためにと、スポンサーよりあのような
これ以上、スポンサーの怒りを買いたくないことと、我々にも実行するメリットがあったためやむを得ず承諾したというのがこの件の背景だ。
「……既に勇者パーティを抜けているのであれば、警戒をする必要もないと思うが、念のためだ。明日は私も同席する」
「わかりました」
「それで、教導探索には同行者から第一部隊に上げる者を選定する目的もあるわけだが、キミはオルン・ドゥーラを第一部隊の五人目にしたいと考えているのか?」
第一部隊とは私がリーダーを務めているパーティのことだ。
現在、九十二層まで到達している。
第一部隊の最終目標は、当然、南の大迷宮の攻略。つまり百層のフロアボスを倒すことだ。
その他にも《夜天の銀兎》には多くの探索者、パーティが在籍している。彼らはランクごとに分けられ、Aランクパーティが第二部隊、Bランクパーティが第三部隊と呼ばれるグループに分類されている。
「それも選択肢の一つと考えています」
「オルン・ドゥーラが優秀な探索者であることは理解したが、彼は付与術士なのだろう? 既に第一部隊には自他ともに認める優秀な付与術士であるキミが居る。我々は去年、絶対的エースだった前衛アタッカーを
「そう、ですよね……」
総長の言うことは
五人目としてオルンを入れた場合、後衛が四人、前衛が一人となってしまう。この編成で深層の攻略はできないだろう。
やはり当初の予定通り、他の引率者の中から第一部隊に引き上げる方が現実的か。
そもそも彼が《夜天の銀兎》に入ってくれるかも分からない状況だ。
可能性の有無で言えば、入ってくれない可能性の方が高いと思う。
「とはいえ、教導探索に同行してもらう分には問題ない。勇者パーティメンバーとしていくつもの修羅場を潜り抜けてきているはずだしな」
「わかりました。報告は以上となります。失礼いたします」
私は総長の執務室を後にする。
……八方ふさがりだ。
せっかく勇者パーティが自滅してくれたというのに、私たちは去年から一歩も前に進めていない。
この状況をどう打開すればいいんだ……。
「はぁ……とりあえず、今はソフィアに癒されたい」
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