9.教導探索

  ◇ ◇ ◇


 ソフィアやセルマさんと食事をした日の翌日。

 明日から大迷宮探索をすることになったため、回復薬などの消耗品を買いに、以前から通っている雑貨店に向かった。


「じいちゃん、こんにちは」


「おぉ、オルンか、久しぶりじゃのぉ……」


 雑貨屋の店主は、すっかり白くなった長い髭を蓄えている、六十歳前後のおじいちゃんだった。

 この街に来て探索者になりたての頃からこの店には良く足を運んでいた。

 あまり稼げていなかった時も割引をしてくれたり、試作品をタダでくれたり、時には人生の先輩としてのアドバイスをくれたりと、じいちゃんにはすごく世話になっている。


「久しぶりってほどでもないでしょ。四日前に来たばかりじゃん」


「そうだったかの? 最近は客足も増えて色んな人と話す機会が増えたからのぉ」


「繁盛しているようでなにより」


「ほっほっほ。これもオルンのおかげじゃよ」


「俺は何もしてないよ。単純にじいちゃんが作る薬や商品が良い物ってだけ」


「儂は知っておるよ。お主が儂の店を宣伝してくれていることを。探索者のトップになったというのに、儂の店をまだ利用してくれているだけでもありがたいのに、宣伝までしてくれて、オルンには本当に感謝しとるんよ」


 じいちゃんが、いきなり俺に感謝を言ってきた。


「突然どうしたの? それに世話になっているのは俺の方だよ」


「感謝はいつ言ってもいいんじゃよ。言えるときに言っとくもんじゃ」


 確かに、突然別れが訪れることもあるもんな。

 『感謝は言えるときに言っておく』か、じいちゃんには教えてもらってばっかりだ。

 それなのに、もう恩返しができないかもしれない。


「……じいちゃん、ごめん。実は、もう勇者パーティの一員じゃ無くなったんだ……。だから多分、これ以上この店の宣伝とかできなくなる……」


 今までこの店の宣伝は勇者パーティの知名度を利用して行っていた。俺個人は有名じゃないし、勇者パーティの一員でも無くなった俺には周囲への影響力があまりない。


 勇者パーティで無くなったこと、これ以上この店の宣伝ができないことを打ち明けると、じいちゃんはいつもと変わらない柔らかい表情で俺の頭を撫でてくる。


「子どもが何を気にしとるんじゃ。お主と出会ってからそろそろ九年が経つ。九年もこんな老いぼれの話し相手になってくれている、それだけでも充分感謝しとるんじゃ。そんなことは気にしないでいい。それにな――オルンの宣伝で増えた客を離さないようにするのは、儂の努力次第じゃよ。オルンは充分にやってくれた。ありがとう」


「そんなの、俺の方こそ、ありがとう、だよ」


 俺はじいちゃんの優しさに触れて、涙が堪えられなくなった。

 普段なら泣かなかったと思うが、勇者パーティを追い出されたことは、俺自身が思っているよりも心にダメージがあったみたいだ。

 生まれた頃から一緒にいたオリヴァーにパーティを追い出されたときは、今までやってきたことを否定された気分だった。

 だからこそ余計に九年来の付き合いのあるじいちゃんに肯定されて、すごく救われた気がした。


 いつも、じいちゃんには俺の愚痴ぐちを聞いてもらっている。

 いつも、じいちゃんには助けられている。

 いつも、じいちゃんは俺の味方でいてくれる。

 家族がいない俺は、じいちゃんのことを本当のじいちゃんのように思っている。

 この人のことは裏切ってはいけない。改めてそのことを認識して、心に固く誓う。


  ◇


 じいちゃんの店で必要なものを買い揃え、迷宮で魔獣相手に軽く体を動かしてから、明日の教導探索の件で《夜天の銀兎》本部を訪れた。


「……中も圧巻だな」


 これまでは《夜天の銀兎》本部の外観を通りかかる時に見る程度で、中に足を踏み入れるのは今日が初めてだ。


 勇者パーティ時代に資金援助スポンサーをしてくれていた侯爵家主催のパーティ会場だった、最高級のホテルのラウンジにも引けを取らない。

 あまり調度品に詳しくない俺でも価値の高いものだとわかる物がいくつもある。


「来たか、オルン」


 ラウンジの休憩スペースの椅子に座っていたセルマさんが、俺が入ってくるなり話しかけてきた。


「こんばんは、セルマさん。初めて中に入りましたけど、立派なラウンジですね」


「ありがとう。まぁ、ここは入り口ってことで気合が入っているが、他の場所はここまでではないぞ。それでは早速案内する。付いてきてくれ」


 セルマさんに付いて行く。

 セルマさんの言う通り、建物の奥の方へ行くと調度品なんかのランクが下がったように思う。

 とはいえ、探索者にとってはこれでも充分立派と思えるレベルだが。


 案内された部屋の中に入ると、そこは会議室のようになっていて、三十代前半の男性が座っていた。

 男性は《夜天の銀兎》を象徴する黒と青を基調とした服を着ていて、左胸にはクランの紋章が刺繍されている。


(事務の人か? それにしては雰囲気のある人だな)


「オルン、紹介する。この人が《夜天の銀兎》総長であるヴィンス・ブライアースだ」


 なるほど。この人がクランのトップか。

 なら纏っている雰囲気にも納得だな。


 今回の教導探索の背景を察するに教導探索は絶対に成功させないといけないだろうし、そこに部外者の俺が参加するんだから、誰かしらクランの幹部が出てくるとは思っていた。


 とはいえ、トップ直々にとは、どんな意図があるのやら。

 そんな暇な人でもないだろうに


「初めまして、ヴィンス・ブライアースだ。キミの噂は聞いている。一度話してみたいと思っていたところに、今日ここに来るという情報を耳にしてね。急遽来させてもらった」


 ……俺の噂? そんなの聞いたこと無いし、俺は有名人じゃない。勇者パーティでも俺の情報は必要最低限のものしか出していないはずだが、いったいどんな話を聞いているのやら。


「始めまして、オルン・ドゥーラです。《夜天の銀兎》の総長にお会いできるなんて光栄です」


「そんなに警戒しなくてもいい。君が勇者パーティを抜けていることも聞いている。我々が腹の探り合いをする必要はないだろう?」


 ……何を考えているのか読めないな、この人は。

 人であれば大抵考えていることが表情に出る。

 それこそ上級貴族の当主レベルでもなければ、表情から考えていることが多少なりともはわかるものだが、この人からは何も読み取れない。


 確かに勇者パーティと《夜天の銀兎》のスポンサーは所属している派閥が違う。

 到達階層が同じになった時はスポンサーから非人道的な妨害行為を指示されたこともある。

 正直貴族の事情をこっちにまで持ち込んできてほしくなかったが、援助をしてもらっている手前、無下にもできず、非人道的なことはしなかったが、お互いに足の引っ張り合いはしていた。

 あの時は本当に辟易へきえきとしたもんだ。

 《夜天の銀兎》内部のごたつきと勇者パーティが階層を進めたことで、そのような指示は鳴りを潜めた。

 とはいえ、勇者パーティのスポンサーはともかく、《夜天の銀兎》のスポンサーは今の状況を面白く思っていないだろう。


「……そうですね。それで今日は明日の教導探索についての詳細について説明があると聞きましたが?」


「あぁ。説明はセルマがするよ」


「概要については昨日話した通りだ。三日間で大迷宮の一層から五十一層まで一気に攻略する。具体的には一日目は二十一層まで、二日目は三十六層まで、三日目は五十一層まで、だな」


 改めて聞いても無茶なスケジュールだな。

 この計画を立てたのは、大迷宮のことを大して理解していないうえ、自信過剰な上級探索者の意見だけを参考にしやがったやつだろう。


「……新人を連れて行くということは日帰りですよね?」


「そうだ。流石に新人が迷宮の泊まり込みをするのは、精神的な負担が大きすぎる」


 最短ルートを進み、フロアボスを上級探索者が倒すのであれば、行ける、か?


「次に道中の魔獣についてだが、新人は計十パーティが参加する。進行方向にいる魔獣についてはローテーションで新人パーティに戦ってもらい、左右や背後から現れた魔獣は引率者が倒すことになる」


 引率者というのが、俺やセルマさんたち上級探索者のことだろう。

 十パーティがローテーションで戦い、不意打ち気味に現れた魔獣は上級探索者が対処するなら、確かに新人の負担は少ない。単純計算で普段の探索の十分の一以下の戦闘回数で済むのだから。

 まぁ移動の疲労を考慮するとトントンのような気もするが……。


「参加する引率者は私とオルンを含めて五人。それぞれ二パーティを受け持ち、担当の新人パーティが戦闘中ピンチに陥った際には戦闘に介入してくれ。上層では新人パーティに戦闘の組み立てを自分たちでやらせる。三十一層――中層に入ってからは引率者が戦闘の指示を出してほしい」


 南の大迷宮は大きく分けて四つの区分に分かれている。

 一層から三十層までが上層、三十一層から六十層までが中層、六十一層から九十層が下層、九十一層以降が深層。


 当然階層を進むほどに出現する魔獣は強力になるし、階層自体が広大になっていく。


 そしてパーティのランクも四段階に分かれている。

 パーティメンバーの平均到達階層が上層ならCランク、中層ならBランク、下層ならAランク、深層ならSランク。


「大体のことは話したが、質問はあるか?」


 質問だと? この計画にはツッコミどころが多すぎる……。

 だけど、それは承知の上での計画なんだろうから言ったところでしょうがない。

 一番気になるところだけ聞くか。


「では、一つだけ。なんで引率者が五人だけなんですか? こんな無茶なスケジュールを組んでいるんですから、Aランクパーティを複数連れて行って、道中の魔獣を含めて全部上級探索者に任せればいいと思うんですが」


「それは……、確かに目的は新人探索者を五十一層まで連れて行くことだ。しかし、せっかく上級探索者のサポートしてくれる迷宮攻略なんだ。こんな良い環境は滅多にない。新人の成長に繋がるのにその機会を潰すのは勿体なくないか?」


 どう考えても建前だ。

 この計画は結果を重視するべきだ。過程なんてどうでもいい。それは《夜天の銀兎》もわかっているはず。

 それでも、そのメンバーで行くことを決めたのには、もっと別の理由があるはずだが、流石に教えてもらえないか。

 セルマさんは意外と表情がわかりやすいから、鎌をかければ何かしらの情報は得られると思うが、この場にはヴィンス・ブライアースが居る。

 余計なことをしても自分の首を絞めることになりかねないか。


「わかりました。大変な三日間になりそうですが、協力します」


「ありがとう。次に報酬についてだが、前金で金貨二枚、報酬で金貨十枚としたいのだが、どうだろうか?」


 かなり高いな……。


 この世界の通貨は、鉄貨、小銅貨、大銅貨、小銀貨、大銀貨、金貨、白金貨の七種類の硬貨で成り立っている。

 鉄貨の価値が一番低く、白金貨が一番高い。

 それぞれ十枚で一つ上の硬貨と同じ価値がある。

 感覚的には庶民であれば金貨一枚あれば、ひと月は普通に生活できる。


「俺としては問題ありませんが、高くないですか?」


「それだけオルンを買っているということだ。明日から頼むぞ」


「わかりました、俺なりに精一杯やります」


 結局向こうの総長はひと言も発することなく話が終わった。

 本当に何しに来たんだ?

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