90.後味の悪い結末
「ん? オルン・ドゥーラか。まさかお前もこの商会の悪事の情報を掴んだのか? 流石だな。やはり君を勇者パーティから脱退させたのは、間違いだったかもしれない」
フォーガス侯爵が俺を視界に捉えると、まるで事前に決めていたセリフをなぞるかのように、スムーズに言葉を発する。
「…………お久しぶりです、フォーガス様。不躾ながら、フォーガス様が掴んだ悪事についてお教えいただけませんか?」
「ふむ、そうだな。この場にいる君には知る権利があるだろう。実は少し前からフロックハート商会の黒い噂を耳にしていてな。私が長年懇意にしている商会だ。恐らくはこの商会を妬み、ありもしない噂を流している者がいると考えて調べていたんだ。すると先ほど、この商会が本当に人身売買に手を出しているという情報が、私の部下からもたらされてな――」
「な、何をおっしゃっているんですか!? これは貴方様の指示じゃありませんか!」
フォーガス侯爵の発言を遮ったパスカルさんが、声を震わせながらフォーガス侯爵の指示だと主張する。
十中八九パスカルさんの言う通りなのだろう。
だけど――
「私がこのような非人道的な指示をしたと? 私を侮辱するのも大概にしろ! 人を人とも思わない行為を私が指示したなんて、そのような嘘がよく平気で吐けるな! こんな人間と親しくしていたなんて思うと私は自分が情けない」
「…………」
パスカルさんは信じられないものを見ているかのように、呆気にとられた表情をしている。
「この者はクライブ様の指示だと言っていますが、本当に嘘ですか?」
フォーガス侯爵と一緒にやってきた中央軍の鎧を纏った強面の男が口を開く。
フォーガス侯爵と一緒に現れた強面の男は、『粛清者』と呼ばれている有名な軍人だ。
彼の名前はレスター・ハストン。中央軍第四師団の師団長を務めている。
中央軍は王家が保有する戦力で、第一師団から第四師団までの師団で構成されている。
各師団にはそれぞれ特色があり、第四師団は他の師団に比べ構成員の数は少ないが、その代わりにフットワークが軽く、諜報を主な活動としている。
その師団長が何故『粛清者』なんて大層な二つ名が付いているのか。
それは彼が、悪事を働く者であれば相手が貴族であろうと容赦なく断罪するためだ。
王族からの信頼も厚く手を出しづらい存在ということで、貴族は彼のことを疎ましく思っている。
反対に民衆からはかなりの人気を博している。
諜報をメインにしているというのに、そのトップが有名というのも変な話ではあるが……。
ただ、逆に師団長を隠れ蓑に第四師団は活動している節があるから、情報操作の一環の可能性もあるが。
「勿論だ。私が指示したなんてことはあり得ない。パスカル、私を陥れようとしているのだから、きちんと証拠があるんだろうな」
「そ、それは……。全部口頭でしたので……」
「ふん、話にならないな。レスター君、これでも私が関与しているなんて妄言を信じるんじゃないだろうな?」
「……良いでしょう。――お前たち、地面に伸びている四人と、フロックハート商会の商会長を児童誘拐の現行犯で拘束しろ」
「「「はっ!」」」
パスカルさんは「嘘だ、何かの間違いだ」とブツブツ言いながらも、抵抗することなく軍人に拘束された。
眠らされていた少女も手錠を外され、軍人の一人に背負われている。
なんとも後味の悪い終わりだ。
結局フロックハート商会は児童誘拐の罪に問われ、間違いなく瓦解することになるだろう。
「……フォーガス様、一つだけお聞きしても良いでしょうか?」
俺はどうしても聞きたいことをフォーガス侯爵に聞くべく、中央軍の面々には聞こえないよう声を掛ける。
「いいだろう」
「今回の件は突発的なものですか?」
「ふん、私がそんなヘマをすると本気で思っているのか?」
「ということは……」
「答えはノーだ」
『ノー』ということは、つまりフロックハート商会を切り捨てることは最初から決めていたということか。
でも、何故だ?
俺が持っている情報では、フォーガス侯爵がフロックハート商会を切った際のメリットが見いだせない。
俺が勇者パーティを抜けてからのこの短い期間で状況が変わっているということか?
俺の質問に答えたフォーガス侯爵は中央軍と一緒に部屋を出ていき、俺とフウカだけが部屋に残された。
「……俺たちも外に出ようか」
フウカと一緒に階段を登ると騒がしい声が聞こえてくる。
どうやら軍が本格的にこの商会の調査を始めたようだ。見つかると面倒なことに巻き込まれそうなため、気配を消してすぐさま外へと出た。
「俺は自分のクランの本部に戻るけど、フウカはどうするんだ?」
「私も帰る。
……見たいもの? さっきの一幕にフウカが望むようなものは無かったように思えるけど。
「そうか。それじゃあ、ここで別れよう。――あ、さっきも言ったが、ここで見聞きしたことは他言無用で頼むぞ」
俺たちが黙っている理由は無くなったが、だからと言って自ら話す内容じゃない。
「うん、わかってる。またね、オルン」
「あぁ、またな」
最後にお互い挨拶を交わし、俺たちはそれぞれ帰路に着いた。
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