89.フロックハート商会

「………………なぁ、俺、これから用事があるって言ったよな? なんで付いてくるんだ?」


 俺の後ろを付いて来たフウカに問いかける。


「なんとなく。私のことは気にしないで」


 いや、気にするに決まってんだろ……。

 とはいえ、俺が何を言っても付いてくる気満々って感じだし、追い払うにもかなりの労力を割くことになりそうだ。

 それにこれからの展開は読めないし、フウカの異能が利用出来るならそれはそれでありな気もする。

 ……使ってくれるのかはわからないけど。


「はぁ……。わかった。だけど、これから見聞きしたことは他言無用だ。それを誓えるなら同行してもいいぞ」


「うん、わかった。誓う」


「何に誓う?」


「何に……? ……それじゃあ、私の刀に」


 そう言いながら鞘に収まっている、反りある剣を出現させた。

 フウカの剣は『カタナ』と呼ばれ、東方で使用者が多い、斬ることに特化した剣だ。


 フウカが持っているカタナは、刀身を見なくても業物とわかるほどの、言葉で表現するのが難しい独特の雰囲気を漂わせている。


 剣士にとって自分の剣は命と同等の価値があると考える人が多いし、キョクトウの人は殊更物を大切にする風習があると聞く。

 フウカがそれらに該当するかはわからないが、この誓いは信じても良さそうだ。


 どうしてここまでして、これから起こることを他言無用としたいのか。

 それは、俺が今からやることが世間一般では間違いだと言われても仕方のないことだから。

 俺がそんなことをしたという話が広まれば、もしかしたら《夜天の銀兎》に迷惑が掛かるかもしれない。

 だけど、フウカが黙っていれば、この話が広まることはまずないだろう。


  ◇


 【標的捕捉マーキング】を付けていたのは、先ほどの窃盗犯ではない。

 あの窃盗は本命から周りの目を逸らすために起こしたものだ。


 窃盗犯は犯行の前に周囲をきょろきょろ見ていたが、その中でもとりわけ一部の場所を注視していた。

 そして、被害者の女性も、犯行の直前には窃盗犯と同じ方向に視線を向けていた。


 両者が見ていた場所では、窃盗が起こったのと同時に別のやつらが子どもを誘拐していた。


 その誘拐犯に対して俺は【標的捕捉マーキング】を発動していた。


 【標的捕捉マーキング】の反応がある場所へとやってくると、案の定フロックハート商会の本店だった。


「俺の記憶違いであってほしかったが、ここまできたら確定か……」


「フロックハート商会に用事?」


「まぁな」


 フロックハート商会は、ノヒタント王国内に本店がある商会の中では、五本の指に入るくらい規模の大きい商会だ。

 特にツトライルにおけるシェアは間違いなく一番だろう。

 そして、勇者パーティに所属しているルーナの実家でもある。


 誘拐犯と同じルートを辿ると、店の裏口へとやってきた。

 まぁ、子どもを入れた麻袋を持って、真正面からは入れないわな。


 ダメ元で裏口のドアノブを捻ってから引くと、鍵が掛かっていなかったようで、扉はすんなりと開いた。


(急いでいたのか? 誘拐なんて大犯罪をしておきながら、なんとも間抜けな……)


「ここからはなるべく音を立てないでくれ」


 一度扉を閉めてから、フウカにそう告げる。

 フウカが頷くのを確認してから、改めて扉を開き、建物の中に侵入する。


(裏口からこの建物に入るのは初めてだな)


 中に入るとすぐ傍に地下へと続く階段があった。

 誘拐犯たちはどうやらこのまま地下に行ったようだ。


 階段を降りていると、男の話し声が聞こえてくる。


「――何はともあれよくやった。いつも通り捕まった奴は侯爵に依頼して釈放してもらうよう取り計らう」


「あぁ、よろしく頼む。にしても最近、ガキの誘拐依頼が多くないか? 俺たちとしては破格の報酬を貰っているから文句はないけどよ」


「侯爵からの依頼だ。俺も詳しくは知らん」


(知らないって……。せめて理由くらいは把握しておいてくれよ。いやホント、これだけの犯罪に手を貸しておきながらその目的を把握していないって、流石に引くわ)


 部屋の中には男が五人。それと誘拐されたと思わしき少女が一人。


 その内の一人は俺の良く知っている人であるパスカル・フロックハート。

 この商会の商会長で、ルーナの義理の父親でもある。


 残りの四人は全員二十代っぽいが、年齢はまちまち。

 そして見るからに堅気ではない。

 裏社会に精通しているであろうことは、ほぼほぼ間違いないだろう。


 少女の方は眠らされているようで、ベッドに横になっている。

 どうやら手荒なことはされていないようだが、手首につけられている手錠が、近くの柱と繋がっていて逃げられないようになっている。


 状況を確認して対処できると判断した俺は、部屋に入る時にわざと大きな音を立てる。


「誰だ!?」


「お久しぶりです。パスカルさん」


 俺は軽い口調でパスカルさんに声を掛ける。


「……オルンか。何の用だ?」


「目の前で誘拐事件があったので、事態を把握しておこうと思って、調べてたらここに行きついただけですよ」


「そうか。知られたからには生きて帰すわけには行かないな。ジェフリー、追加依頼だ。目の前のガキを殺せ」


(即決かよ……。まぁ、こんなところを見られれば、当然の判断かもしれないけどさ)


 判断としては間違っていないが、パスカルさんらしくない判断だと思った。

 少なくとも俺が知るこの人は、すぐにこんな判断を下せる人ではなかった。


「はいよ。悪いな。お前さんに個人的感情は無いが、クライアントからの依頼なんでな」


 四人の男が臨戦態勢に入る。


「パスカルさんは誤解しています。こちらに交戦の意志はありませんよ」


「誰がそんな言葉を信じられるか。仮に交戦の意志が無くとも、この件で俺たちを脅すだろうが。侯爵に迷惑を掛けるわけにはいかない。ここで死んでいろ」


 本当に戦うつもりは無かったんだが、仕方ないか。


「……フウカ、あいつらの次の行動はわかるか?」


 【未来視】の効果を検証する意味合いも含めて、フウカに問いかける。

 フウカの異能の情報は、いくらあっても足りないくらいだからな。

 ちょうど良い機会だし情報収集させてもらおう。


「二手に分かれて、二人ずつで私とオルンに攻撃してくる」


 さも当然のように返答される。

 ホント、このアドバンテージはとんでもないわ。


「それじゃあ、そっちに向かう二人は任せていいか? 俺も二人対処する」


「うん、わかった」


「バフはいるか?」


「ううん。大丈夫」


 会話をしていると、フウカの言う通り、四人の内二人が俺を襲ってきた。


 剣を振り回すほどの広さは無いため、【全能力上昇ステータスアップ】の【三重掛けトリプル】を発動し、同時に【風撃エアロショック】を二人の顔面付近に発動する。


 俺に襲いかかろうとしていた二人は、突然目の前で空気の拡散が発生し戸惑っている。


 俺の方から二人に近づき、片方の男の鳩尾に拳を叩き込む。


 もう片方の男が蹴りを繰り出そうとしてたため、軸足を足払いすると体勢を崩した。

 そのまま顔面を鷲掴み、地面に叩きつける。


 これで一人。


 鳩尾に打撃を受けた男は、腹を押さえながら、若干前かがみになったことで蹴りやすくなっている。

 その男の顎辺りを蹴り飛ばして、脳震盪を起こす。


 これで、俺に向かってきた二人は戦闘不能になった。


 フウカも既に襲いかかっていた二人を倒している。


(フウカの方もあっという間だったな。ま、少しでもフウカの戦いが見れただけ収穫はあったかな)


「な、なんで……。なんで弱くてパーティを追い出されたお前が、コイツらに勝てるんだよ!」


 あっという間に四人を倒した俺たちを見たパスカルさんは、軽くパニックを起こしている。

 ……この人はもっと感情の起伏が小さい人だったはずだけど、なんだろう、この違和感・・・は……。


「……能力不足でパーティを追い出されたのは事実ですが、俺が弱いっていうのは勘違いですよ? 自分で言うのもなんですが、探索者全体で見れば俺の実力は上位に位置します」


「ここで俺を突き出しても、俺の後ろにはフォーガス侯爵が居るんだ! こんなものすぐにもみ消されるに決まっている! 俺を捕まえても無駄だぞ!」


 ……こういう人をなんて言うんだっけ?

 あ、そだ。『虎の威を借る狐』だ。

 にしても小物臭いな。勇者パーティから抜けて、少し離れた位置から見られているからそう感じるだけか?


「はぁ……。だから誤解だと言ってるじゃないですか。そもそも俺はこの件を告発する気なんてありません・・・・・よ」


 当たり前だが、児童の誘拐は犯罪だ。

 それも場合によっては、死刑を言い渡されても不思議ではないほどに重い罪に問われるものになる。


 だけど、俺は今言った通り、告発する気は無い。


 その理由はいくつかあるが、一番の理由はこの件が公になれば、収拾するのが困難なほどの混乱が起こることが予想されるからだ。

 元々この商会、延いてはフォーガス侯爵には黒い噂が絶えない。

 実際悪事に手を染めているのは確実だと思っている。


 ただ、これまでは証拠がなかった。

 だけど、この件が明るみに出ることで、芋づる式にいろいろなことが公になる可能性もある。

 そうすれば、この街を支えている領主と商会が同時に消えることになりかねない。


 この街には大迷宮がある。

 領地経営にはそこまで詳しくないが、それでも大迷宮が存在しない他の領地に比べて、領地経営が困難になることは容易に想像できる。


 フォーガス侯爵のバランス感覚は、天賦の才能と言っても差し支えの無いものだ。

 彼の手腕がこの街の発展に寄与していることは間違いない。

 そんな彼が後継者もまだいない状況で居なくなると、最悪の場合、途端に街が機能しなくなる恐れもある。


 現時点で彼と同レベルにこの街を統治できる人はまずいないだろう。

 彼らに嫌がらせや、それ以上のことをされている人たちは気の毒だと思うが、必要悪という言葉もある。

 フォーガス侯爵が裏社会とも繋がりがあることがほぼ確実になった以上、俺としては混乱が起こる方が迷惑だ。


 こんなことは間違っていると言う人が大半だろうが、俺と関係のない赤の他人がどうなろうが、それは知ったことではない。

 俺は聖人でも勇者でもましてや英雄でもない。

 俺は自分の手の届く範囲を護るので精一杯だ。

 俺や俺の周囲に悪意をバラまこうとしているなら話は別だが、現状ではそのようなことはない。


 これらの理由から、俺はこの件を告発しない。

 そうすればフォーガス侯爵が、揉み消すだろう。

 それでいいと思っている。


「なんだと? では、何故ここに来た」


 俺の発言を聞いたパスカルさんは、訝しげな表情をしている。


「さっきも言った通り、事態を把握するための裏取りです。それ以上でも以下でもありません――」

「オルン、誰か来る」


 パスカルさんと話していると、フウカが話しかけてくる。

 彼女の言う通り複数の足音が近づいてきていた。


「見た目的に軍人。それと領主も」


「……は?」


(フォーガス侯爵が軍人と一緒にここに来ただと? 何故このタイミングで?)


「……領邦軍か?」


「違う。中央軍」


 フウカは俺の問いかけに対して、首を横に振りながら否定する。


(侯爵が保有している領邦軍ではなく、王家が保有している中央軍と一緒? ますます意味がわからない。どういうことだ?)


 そして、フウカの言う通り中央軍の鎧を着た軍人五人と一緒にフォーガス侯爵が現れた。

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