88.《剣姫》
フウカ・シノノメ。
Sランクパーティを擁する《赤銅の晩霞》というクランに所属していて、《剣姫》の二つ名で呼ばれている探索者だ。
ポジションがディフェンダーでありながら、Sランクパーティのエースも務めているという異色の探索者となる。
【未来視】というとんでもない異能を有していて、戦闘中の彼女に触れた事のある者は、人間・魔獣問わず誰もいないと言われている。
確かに彼女の異能は他の異能に比べても、一線を画すほどに強力なものだ。
だけど俺個人としては、彼女の強さは異能に依存していないと思っている。
彼女の強さの根幹は、絶技と呼んで遜色ないほどの剣の腕や、身のこなしといった身体能力の高さだ。
いくら未来が見えると言っても、それに対処するのは自身の身体能力や思考能力なのだから、それらが低い者が【未来視】を有していても宝の持ち腐れになる。
共同討伐の際に初めて彼女の戦いを間近で見たが、キャロルが目指している回避型の完成形だと確信できるほどに、洗練された無駄のない動きは精彩を放っていた。
そして、そんな彼女は、大陸東部にある島国――キョクトウの出身者だ。
彼女が着ている服もキョクトウ由来の物で、和服と呼ばれているものだったはず。
なかなかに趣があって、彼女にとても似合っていると思う。
フウカと人が比較的少ない場所に移動してから、二人で串焼きを食べる。
「美味しいか?」
俺の問いかけに対してフウカは、コクコクと首を縦に振る
表情はあまり動いていないけど、すごい幸せそうな雰囲気を醸し出している。
尻尾とかあったらブンブン振り回しているんじゃないだろうか。
「オルン、ごちそうさま。ありがとう」
あっという間にフウカが持つ串から肉が消えると、フウカから感謝の言葉が発せられる。
「どういたしまして。にしても何でカネを持っていなかったんだ?」
「カティと一緒に歩いていたら、お金を没収されたの。それなのに勝手にどっか行っちゃって」
なんか色々ツッコミたいんだけど……。
カティというのは、同じく《赤銅の晩霞》に所属しているカティーナ・オールダムのことだろう。
結構しっかりしている印象がある人だった。
勝手にどっかに行ったのは、果たしてどちらなのだろうか……。
「なんで没収なんかされてんだよ……」
つい、一番ツッコミたかったことが口から零れた。
「わからない。食べたいものを買ってただけなのに」
フウカが再びしょぼんとした雰囲気を漂わせる。
ホント表情にほとんど変化が無いのに、器用だなぁ……。
「そ、そうか……。ま、とりあえず、満足したようで良かったよ。これからは露店の店主に迷惑かけるなよ? 露店なんて代引きが基本なんだから」
「うん、今回はおじさんに話しかけてから、カティが居なくなったことに気が付いたから無茶を言ったけど、次から気を付ける。それと何かお礼がしたいんだけど、何かある? 武術大会で手を抜くのは、ハルトからダメだって言われているから、それ以外で」
やはりフウカも武術大会に参加するのか。
しかも手を抜く可能性はない、と。
一応、対策は考えているけど、ハマるかどうかは実際に対峙してみないとわからないし、厳しいな。
「うーん、特には無いかな……。――ん? どうした?」
してほしいことは無いと告げると、フウカは人ごみの方を見ていた。
「ひったくりが
どうしたのかと問いかけると、フウカが返答してきた。
(
そんなことを考えながら、フウカの見ている方向に視線を向ける。そこには目をきょろきょろと動かして落ち着きのない男が居た。
その怪しい男が、前方で歩いている女性のカバンを取り上げると、強引に人ごみを掻き分けながら逃走を図っている。
カバンを取られた女性は「キャー! ひったくりー!」と大声を上げて、周囲の人たちが被害者の女性に注目する。
なんともまぁ、大胆な犯行だな……。
まぁ、フウカがいなかったら俺も
いや、犯罪の時点で
「オルン、捕まえる?」
フウカから質問を受ける。
「そうだな。こうも目の前で悪行を見せられたら、状況くらいは把握しておきたいかな」
犯人とは既にかなり離れてしまったが、既にオリジナル魔術である【
フウカはかなりの速さで人の波を縫って進んでいき、既に窃盗犯との距離は半分以下まで縮んでいる。
(魔術が発動するとき特有の魔力の流れを感じなかった。つまり、
フウカの身のこなしと身体能力の高さに、改めて舌を巻く。
あっという間にフウカは窃盗犯の進行方向を塞ぐように、窃盗犯の前へと移動していた。
窃盗犯は小振りの刃物を手に持って、フウカに斬りつけようとしている。
それを見た周囲の人たちは一目散にフウカと窃盗犯から離れていき、その結果フウカが動きやすくなる。
素人同然の窃盗犯の攻撃が当然フウカに通じるわけもなく、フウカが難なく窃盗犯の腕を掴んでから、背負い投げの要領で地面に叩きつける。
◇
フウカの元へと向かうと、窃盗犯が「クソ! 捕まっちまったか。おら! とっとと軍に突き出せよ!」と潔い態度を取っている。
窃盗をしておきながら、清々しいな。さて、どうするかな……。
「やっと見つけたわよ、フウカ――ってどうしたの?」
今後の対応について考えていると、ひったくられた女性ではない別の女性の声が聞こえた。
そちらに顔を向けると、そこには二十過ぎくらいの栗色のナチュラルウェーブの女性がいた
「ひったくり犯を捕まえた」
彼女がカティーナ・オールダム。
フウカと同じ《赤銅の晩霞》の探索者だ。
「お久しぶりです。カティーナさん」
「オルン? ……なんでフウカと一緒に居るの?」
カティーナさんが俺に怪訝な顔を向けてくる。
「彼女とは先ほど偶然会いまして、少し話をしていたんです。そこでひったくりが発生したので、その犯人を捕まえた、という次第です」
「そうだったのね。フウカが何か迷惑かけなかった?」
俺の言葉をすんなり信じたカティーナさんが、保護者みたいなことを言い始めた。
やっぱり一人でふらふらと何処かへ行っちゃったのは、フウカの方なんじゃないか?
「カティ、失礼なこと言わないで。オルンに迷惑なんてかけてない。串焼きを買ってもらったくらい」
「はぁ!? 串焼きを買ってもらったぁ!? 食べすぎだから、あれだけもう食べるなって言ったわよね!?」
なんで、正直に言っちゃうかな……。
カティーナさんがこういう反応するの、付き合いがほとんど無い俺でもわかるぞ?
というか、食べ過ぎでカネを没収されたのね……。
フウカのことは武人として尊敬していたし、クールなイメージがあったけど、なんかどんどんそのイメージが崩れていく……。
「お金の管理を私がしようとした途端、これってどういうことよ……」
カティーナさんが頭を抱えながら愚痴を零している。
「俺からフウカに串焼きを渡しただけですよ」
「……でも、フウカがそんな雰囲気を醸し出していたんでしょ? この子可愛いし、保護欲をかき立てられやすいから」
「私もその被害者だし……」と最後に小さな声で付け足すカティーナさん。
結構苦労されているっぽいね。
「なんかバカにされている気分」
カティーナさんの物言いに、フウカが不満を零す。
「そう思うなら、もっとしっかりしなさい。――それでオルン、串焼きはいくらだったの?」
「大銅貨一枚と小銅貨五枚ですね」
カティーナさんに金額を告げると、その代金を渡された。
「はい。丁度ね。フウカが迷惑かけたみたいでごめんね。――さて、このひったくり犯はフウカが捕まえたんだっけ?」
「うん」
「それじゃあ、このまま軍に連れて行きましょ。それで、被害者の人は――」
「あ、あの、私です……」
実はカティーナさんが現れたすぐ後くらいから居たのだが、カティーナさんの愚痴やらなにやらがあって、口を挟むタイミングを逃していた。
「そう。このカバンで間違いない? これからは取られないように気を付けなさいね」
「は、はい。ありがとうございます」
「あ、すいません。少しだけ質問いいですか?」
被害者の女性が盗られたカバンを受け取ると、そそくさとその場を離れようとしているところを呼び止める。
「な、何でしょうか……?」
俺と目を合わせずに、居心地悪そうにしながらも、俺の話は聞いてくれるみたいだ。
「いや、大したことではないんですけど、もしかして、他国の方ですか? あ、国名とかはいいので、『はい』か『いいえ』で答えてもらって大丈夫ですよ」
「えっと、はい、他国の者です。あの、これでよろしいでしょうか?」
「ありがとうございます。最後に一つだけ、『フロックハート商会』ってご存じですか?」
俺の質問に、女性が肩をぴくッと小さく反応したのを見逃さなかった。
はぁ……。やっぱり勘違いじゃないのか……。ホントどうしたもんか……。
「い、いえ、存じ上げません。有名な商会なのですか?」
「そうですか。俺が懇意にしている商会なんですけど、今他国にも商圏を伸ばしているって話を聞いていたもので、実際他国の人はご存じなのかと気になったので質問してみただけです。変な質問してすいません」
「は、はあ……。では、これで失礼します。本当にありがとうございました」
そのまま被害者の女性は、どこかへ行ってしまった。
「カティーナさん、すいません。俺はこれから用事があるので、この犯人を軍まで連れて行ってもらってもいいですか?」
「わかったわ。犯人の連行は私たちに任せて」
俺の依頼を快諾してもらえたため、俺は移動を開始した。――【
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