87.感謝祭開催

 窓から差し込む日の光を顔に受けて、目を覚ます。


「……もうそろそろ昼か」


 今日は感謝祭の初日だ。

 昨日でこれまでやっていた作業がひとまず終わりを迎えたことと、本日は一日フリーであったことから、惰眠を貪ってしまった。


 特にやることは無いけど、せっかくだから外で食事を摂ろうと考えて、身だしなみを整えてから部屋を出た。


  ◇


「あ、オルンさん、こんにちは」


 建物の出入り口で声を掛けられる。

 声の掛かった方を見ると、ソフィーが居た。


「ソフィー、こんにちは。これからどこか行くのか?」


「はい。弄月亭の応援が本日の仕事なので、これから弄月亭に向かうところです」


 弄月亭とは《夜天の銀兎》が経営している料理店のことだ。

 感謝祭の時期は普段以上に客入りが激しいから、比較的余裕のある探索者が応援に向かうことになっている。

 ちなみに、ソフィーと初めて出会った時に食事した場所が弄月亭だ。


「そっか。俺は特に予定無いし、せっかくだから送っていくよ」


「そ、そんな! 送っていただくなんて――」

「今は人の数も多いらしいし、無用なトラブルを避けるためにも、ね?」


 ここ数日でこの街では子どもの誘拐が何件も発生しているらしい。

 被害者は全員十歳未満と聞いているから、ソフィーは大丈夫だと思うけど、それが無くともソフィーは可愛いから、変な男に絡まれることも考えられる。

 常に守ることはできないけど、余裕がある時くらいは虫除けになるくらいはしてあげたい。


「……そ、それじゃあ、お願いしても、いいですか……?」


「よし、それじゃあ、早速行こうか」


  ◇


「やはり、この時期は人の数が段違いですね……」


「だな。ここまで人でごった返しているところは、初めて見た」


 話には聞いていたけど、まさかここまでとは……。

 大量の人をずっと見ていると、気分が悪くなりそうだ……。

 街を見て回るのには、ちょくちょく休憩を取る必要がありそうだなぁ。


「初めて、ですか?」


 ソフィアがきょとんとした表情をこちらに向けて来ながら質問してきた。


「あぁ、勇者パーティに居た頃は、日中に街中を歩くこと無かったから。話に聞いていたけど、実際に見るのは初めてなんだ。正直ここまでとは思ってなかった……」


「そうだったんですね。毎年の光景ですし、てっきり見慣れているものだと思っていました」


 この街に十年近く居るんだから、そう思われて当然だよな。

 俺でもソフィーの立場ならそう考える。


「昼間から酒盛りしている人たちもいるし、実に平和だなぁ……」


 平和とは言え、これだけ人が集まれば相応にトラブルが起こるだろう。

 ただ、こっちは軍が増員されるなどの対策が取られているため、よっぽどのことが起こらない限り大丈夫だろう。

 それに大手クランの探索者の一部も治安維持に寄与している。

 うちからは、ウィルやアンセムさんが今もパトロールしているはずだ。


「……お酒って美味しいんですか?」


「うーん、俺は誰かと会話しながら飲むのは好きだけど、酒自体は美味しくも不味くも無いから、一人で飲むことはほとんど無いかな。酒に興味があるのか?」


「はい。人並みにはあると思います。やはりどんな味がするんだろう、とかは気になりますね」


 この国では十五歳から成人として扱われ、酒が飲めるようになるのも十五歳からだ。

 ちなみに、他の国では生まれた日を迎えないと歳は上がらないが、この国では生まれた月になった瞬間、歳が上がることになる。

 例えば、四月十五日が誕生日の人がいたとしたら、この国では四月一日に歳が上がるといった感じだ。


 ソフィーは現在十四歳。

 つまり、次の誕生月を迎えれば酒が飲めるようになる。

 ソフィーの誕生月は確か十二月だったから、あと半年だな。


「十二月になったらセルマさんに連れて行ってもらいな。セルマさんは、一人でもふらっとバーなんかに行くこともあるらしいから、詳しいと思うぞ」


「…………私の誕生月覚えてくれているんですか?」


 ソフィーが目を見開いて、すごく驚いた表情をしている。


「クランの方針も絡んでいるとはいえ、俺の弟子になったんだからな。ある程度のプロフィールは把握しているぞ」


「そうだったんですね……。すみません。私はオルンさんの誕生月を把握していなくて……」


 そう言いながら申し訳なさそうに顔を伏せる。

 別にそんなこと気にしなくていいと思うのになぁ……。


「俺が勝手に覚えていただけだ。師弟関係になったら相手のプロフィールを把握していないといけない、なんてルールはないんだから、気にしなくて大丈夫」


「はい……。あの! オルンさんの誕生月を教えてもらってもいいですか!?」


 真剣な表情で迫ってくる。

 ちょっと、密着しすぎな気が……。真剣なソフィーはそれに気づいていない。


「俺の誕生月は六月だよ」


「――え、六月、ですか?」


 俺が自分の誕生月を告げると、ソフィーが焦ったような雰囲気を醸し出す。


「そうだけど、どうかした?」


「い、いえ! 何でもありません!」


 何か隠している感じだけど、切羽詰まってる感じはしないし、わざわざ聞き出すほどのことでも無さそうかな。




 そんなこんなで弄月亭の裏口へと到着した。


「オルンさん、送ってくださり、ありがとうございます!」


 誕生月を教えたときは焦ったようだったけど、今ではすっかり元に戻っている。

 ホント、何だったんだ?


「どういたしまして。それじゃあ、店の手伝い頑張って」


「はい! 行ってきます!」


 ソフィーは元気よく声を発してから、店の中へと入っていった。


 ――さて、当初の予定通り、街を散策しながら昼食を摂ろうかな。


  ◇


 街中を気の向くままに歩いていると、出店が立ち並ぶ通りへとやってきた。

 美味しそうな匂いが至る所からしてくる。

 ここで適当に食べようと決めて周囲の出店を見渡すと、鳥肉の串焼きを売っている店を見つけた。


(そういえば、この前じいちゃんが『感謝祭は串焼きとビールを持ちながら、街を練り歩くのが乙じゃよ』とか言ってたな。酒を飲む気は無いけど、串焼きは食べたいかも)


 串焼きを買うことに決めた俺は、すぐさま人の波を縫って進み、串焼きの出店へと向かった。近づくにつれて串焼きのタレの焦げた匂いが強まってきて、余計にお腹が空いてくる。


 店主が見える場所までやってくると、カウンターを挟んだ場所に異国の服を着た黒髪の女の子が居た。

 何やら会話をしているみたいだ。


「お金、今持ってなかった」


「金を忘れたのか? 悪いがそれだと売ることはできないな」


 断られた女の子はションボリした雰囲気で俯きながら、お腹をぐぅと鳴らしている。

 ……表情は相変わらずの無表情だけど。


(表情にほとんど変化がないのにここまで哀愁を漂わせるとか、ある意味凄いな……)


 俺は店主に近づくと、俺の存在を確認した女の子が「……オルン?」と声を発する。


「おじさん、串焼き二本ください」


「お、おう。大銅貨三枚だ」


 女の子の声を一旦無視して店主から串焼きを二本注文すると、店主は戸惑いながらも値段を提示してくる。


 店主に言われた通り大銅貨三枚を渡してから、串焼きを受け取る。


「ありがとうございます。――ほら、とりあえず、ここを離れるぞ」


 店主に礼を言ってから、その内の一本を隣にいる黒髪の女の子――フウカ・シノノメに渡しながら、ここを離れようと彼女に言う。

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