86.【sideリーオン】駆け引き
感謝祭の開催を数日後に控えたある日、探索者ギルドの少人数用の会議室に二人の人間が向かい合っていた。
片方は南の大迷宮を含めた、大陸南部の迷宮を管理しているギルド長――リーオン・コンティ。
もう片方は、勇者パーティの付与術士――フィリー・カーペンター。
二者の間に漂っている雰囲気は決して和やかなものではなく、ギリギリまで張り詰めているかのような緊張感が漂っている。
「まずは、お疲れ様。二カ月と経たずにノルマを達成するとは、流石は勇者パーティだね。あの量の魔石を集めるのは、さぞ大変だっただろう」
リーオンが普段と同様に笑みを絶やさない朗らかな表情で、労いの声を掛ける。
「……嫌味かしら?」
そんなリーオンの労いに対して、フィリーは射貫くような視線を向けながら声を発する。
「いやいや、そんな意図は無いよ――」
リーオンの発言は本心からだ。
ギルドに強制送還を使わせたペナルティとして今回ギルドが要求した魔石の数は、勇者パーティをはじめとしたSランクパーティを除けば、最低でも数カ月は掛かるであろうものであったのだから。
「――まぁ、君が勇者パーティに加入した最初の迷宮探索は、無様なものだとは思ったけどね。ルーナ君の後ろにいる存在を警戒して
「……そんなこと今はどうでも良いのよ。わたくしが今日ここに来た理由は一つ。何故、《アムンツァース》――それも《
口調こそ柔らかいものの、フィリーの眼光はそれだけで並の人では震えあがってしまうのではないか、というほどに鋭い。
「何故、と言われてもね。箝口令を敷いていたのだから、
フィリーの鋭い眼光にたじろぐことなく、淡々と理由を告げる。
「一介の探索者ですって? それは建前上でしょう。わたくしは
「仮にフィリー君に《白魔》が南の大迷宮に居たことを伝えたとしよう。そうしたらどういう事態になるのか、そんなことは容易に想像がつく。――君と《白魔》が激しい戦いを始め、この街に住む人々にも甚大な被害が出ただろう。そんなことがわかっていて言うわけがないじゃないか」
「それの何がいけないのかしら?」
「……人の命を何だと思っているんだ」
フィリーの事も無げな問いに朗らかな表情が崩れ、怒りを必死に抑え込みながら絞り出したような声でリーオンが声を発する。
「何とも思っていないわね。強いて言うのなら、わたくしの手足となって働いてくれる都合の良い人形、かしら?」
対してフィリーは、さも当然と言わんばかりに軽い口調でそう発言する。
「外道が……」
「わたくしには、貴方がそこまでして
「……あまり私たちを見下していない方が良い。そんな調子だといずれ痛い目に遭うことになるぞ」
「ふふふ、痛い目に遭う、ねぇ。一体どうやってかしら? わたくしが異能を使えば、貴方は次の瞬間にはこのやり取りを
「私が君とこうして面と向かって話すとわかっていて、何も手を打っていないと思うのか?」
「…………」
「君の異能は強力だ。使い方次第では、
「――っ。でも、そんなことすら貴方には……」
「私は
フィリーがリーオンの真意を確認するような眼差しを向ける。
「…………これは明確な反逆ではないかしら? 貴方はあのお方に忠誠を誓っているのではなくて?」
「ふん、私はグランドマスターに忠誠なんか誓っていない」
リーオンの言葉に意外そうな表情を浮かべるフィリー。
彼がなおも口を開く。
「無論、このことはグランドマスターも承知している。私にとって
そう発言するリーオンは鬼気迫るものがあった。
「……はぁ。ブラフの可能性が高そうだけど、万が一ということもあるわね。わかったわ、今日はわたくしの負けで良いでしょう」
「この話に勝ち負けはないと思うがね」
「ひとまず、貴方には不干渉とするから、貴方もわたくしの邪魔はしないようにお願いするわ」
フィリーの発言で張り詰めていた雰囲気が多少和らいだ。
「あぁ、それで構わない。――君たちの計画が破綻することを祈っているよ」
互いに不可侵を認める際に、リーオンが意趣返しも兼ねて嫌味を言うが、フィリーは少し顔をしかめるだけで何も発言せずに部屋から出て行った。
「…………ふぅ。危ない橋を渡ることになったが、多少の牽制にはなったかな。――さて、感謝祭の準備をしないとね」
フィリーの足音が遠ざかり、一人となった空間でリーオンが呟く。
一度大きく深呼吸してから席を立ち上がると、リーオンは普段の温厚な姿に戻っていた。
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