85.準備

 翌日、俺は《夜天の銀兎》の鍛冶場へと足を運んでいた。


「アランさん、おはようございます」


「ん? おぉ、オルンか! おはようさん。用事は剣の受け取りだよな。ちょっと待ってろ」


 アランさんが俺の存在に気付くと、鍛冶場の奥へと移動し、鞘に収まった長さの違う二本の剣を持ってきた。


「確認してみてくれ。長い方の形状や重さ、重心なんかは、以前作った黒い剣と同じにしている」


 アランさんから剣を受け取り、それぞれの剣を確認する。


 長剣は刀身の色が鉛色になっているが、それ以外はシュヴァルツハーゼとほとんど変わらない。

 使用している素材が違うはずなのに、ここまで同じものを作れるんだな、とアランさんの技量に舌を巻く。


 短い方の剣は、長剣の半分ほどの長さになっているが、こちらも全く違和感がないくらい俺に合っている。


 これらの剣は、武術大会用に改めて作ってもらったものになる。

 武術大会では武器の使用は認められているが、刃物の場合は刃引きをしておかないといけないというルールがある。

 そのレギュレーションに則った武器が、この二振りの剣ということになる。


 それぞれの剣の使い心地を確認してから鞘に納める。


(剣を鞘に納めるのも久しぶりだ。収納魔導具を手に入れてからは使う機会も無かったからなぁ……)


 大昔は剣を鞘に納めるのが当たり前だったらしいが、今の時代では剣を鞘に納める機会はほとんどない。

 それは収納魔導具が登場したことに起因する。

 剣を鞘に納める理由は、剣を持ち運ぶときに周りを傷つけないためや、刀身を鋭利に保つためと言われている。

 これらはどちらも収納魔導具に収納しておけば解決するし、その上嵩張らない。

 そのため鞘を使用している人はかなり少ない。


 だけど、武術大会では魔導具の使用も禁止されているため、鞘を作ってもらった。


「相変わらず、驚くほど違和感がないですね……」


「団員の注文時のデータなんかは全部残っているからな。装備の更新をするときなんかもこのデータを参考にしているんだ。まぁ、古すぎるとデータの確度は当然落ちるから、測定し直すことも多いがな」


 なるほど。であれば、


「新人の――第十班メンバーのデータもありますか?」


 アランさんにあいつらのデータがあるかと問いかける。


「あぁ、あるぜ。確か新人たちのデータを取ったのは、教導探索の少し前だったはずだ」


「二か月くらい前のデータであれば、問題ないですね。なら、第十班の三人の武器を注文したいのですが、作ってもらうことは可能ですか?」


「作ることはできるが、費用は第十班の活動資金から差し引けばいいのか? 言っちゃ悪いが、そうするとそこまで良い素材は使えないぞ?」


「いえ、費用や素材は俺個人で出します。探索管理部から許可は得ていますし、クラン加入前の素材は俺個人のものなので、残っている黒竜のウロコや深層素材を使った最高の武器をお願いします」


 ここまでやると、他の団員から贔屓だと言われることはわかっている。

 だけど、なんと言われようと俺は曲げるつもりはない。

 あいつらはあれだけの敗北を経験しても、諦めずにさらに強くなろうとしている。

 そんな姿を見ると、協力してあげたいと思うし、俺はあいつらの師匠だ。あいつらを護る義務がある。


「探索管理部から許可が下りているなら大丈夫か。わかった。素材はここに置いておいてくれ。感謝祭の期間は暇だからな。こちらとしてもやることができて助かったぜ。完成は、そうだな……、感謝祭が終わるころにはできていると思う。完成したら連絡する」


 感謝祭が終了するまでは探索禁止だからちょうど良いな。


「わかりました。よろしくお願いします」


「おうよ。それじゃあ、話を戻すぞ。こいつらを納刀するってことは剣帯も必要だろ?」


 剣帯とは剣を腰付近に吊るす際に使用する帯のことだ。

 素材は革が主流だと思うけど、使用するのは今回の武術大会だけだし、布製でもいいかなとは思っている。


「そうですね。今までは必要なかったので持っていません。服飾部に依頼しようかなと思っています」


「それがいいだろう。剣帯はこっちで手配してもいいんだが、時間に余裕があるなら自分で注文したほうがいいだろうな。今回の大会には少なからずクランの威信が掛かっているんだ。最高のものを作ってもらった方がいい。それに服飾部もこの時期は暇を持て余しているだろうから、すぐ手掛けてくれるはずだ」


 服飾部はこの街ではなく、隣町のファリラにある。


 ファリラは服飾産業が盛んな町で、ツトライルから馬車で数時間ほどの場所にある。

 馬車は定期的に運行しているから、行くのが難しい場所ではない。


 特段急ぎの用事も無いし、今日中に事務仕事を片付けて明日にでも行ってみようかな。


「アドバイスありがとうございます。早速明日にでも服飾部に顔を出してみます」


  ◇


「お、オルンじゃねぇか。こんなところで何してるんだ?」


 翌日、ファリラへと向かう待合所で馬車を待っているとウィルが現れた。


「ウィル? ……あぁ、そういえば、数日街を離れるって言ってたな」


 ウィルがここに現れたことに驚いたが、ウィルの予定を聞いていた俺はすぐさまここに来た理由を理解した。


「まぁな。迷宮探索も無いし、久しぶりに実家に帰ろうかと思ってな」


 実家、か……。


「――お、ちょうど馬車が来たな。とっとと乗っちまおうぜ」


 タイミング良く馬車がやってきた。

 御者に代金を支払ってから、やってきた馬車に乗り込む。



「オルンはどこに行くんだ?」


 馬車に揺られながらウィルが質問してくる。


「ファリラにね。うちの服飾部で剣帯と団服を注文しようかと思って」


「団服? デザインでも変えるのか?」


 まぁ、普通は自分のだと思うよね。


「いや、俺のじゃなくて、第十班の団服だ。あいつらが三十層を攻略したら晴れて新人を卒業だから、そのお祝いとして用意しておこうかなと」


「ほぉ、弟子思いだなぁ……」


「そんな大層なものじゃないよ。これも俺の自己満足だしな。それにデザインなんかは全く決まってないから、団服に関しては相談だけで終わりそうだし……」


 そう。団服をあいつらに贈ろうと決めたはいいけど、デザインが全く決まってないんだよなぁ。

 もともと機能重視の俺にファッションセンスなんて無いし、全然思いつかない。


「デザインねぇ……。だったらお前の団服をモチーフにすればどうだ?」


「……俺の?」


「あぁ。オレには弟が居るんだけど、アイツは何でも俺の真似をしたがるんだよ。オレの昔着ていた紋章を消した団服をあげたときもかなり喜んでいた。第十班の奴らはオルンに懐いているし、オルンと似た団服をもらえたら喜ぶんじゃねぇか?」


 俺の団服をモチーフにする、か……。

 自分で言うのも恥ずかしいが、確かに第十班の面々には懐かれている自覚はある。

 今のところ良い代案も見つからないし、その方向で考えてみようかな。


「ウィル、ありがとう。少しイメージが湧いてきた」


「どういたしまして」


  ◇


 それからもウィルと何気ない雑談をしているうちに、ファリラに到着した。


 ツトライルとは全然違って自然豊かでのんびりした雰囲気の町だった。


「初めて来たけど、居心地のよさそうな町だなぁ」


「そう言ってくれると嬉しいな。都会の喧騒から離れたい時にはぴったりの場所だろ?」


 俺と一緒に馬車を降りたウィルが自慢げに語りかけてくる。

 どうやらウィルの実家はファリラにあるようで、服飾部門の建物がある場所まで案内してもらえることになった。



「ほい、到着だ」


 ウィルに案内された建物は町中にある他の建物と比べると、二回りほど大きな建物になっていた。

 流石は大手クランの建物と言ったところかな。


「せっかくの帰郷なのに、わざわざありがとう」


「そんなの気にすんな。今日はすぐに戻っちまうのか? 良かったらうちで一泊していけよ。家族も喜ぶと思うしな」


「……ありがたい申し出だけど、帰ってからも処理しないといけない案件があるから、気持ちだけ受け取っておくよ」


 流石に家族団らんのところに部外者が立ち入るのは、よろしくないだろう。 

 それに……、家族団らんなところを見るとあまり良い感情を持てない気がするから。


「…………そうか。ま、気が変わったらうちに来ればいいさ。オルンなら大歓迎だ」


「うん、ありがとう」


 ウィルはそのまま実家のある方向へと歩いていった。



「こんにちは」


 一人になった俺はそのまま建物の中に入ると、受付らしき少女がカウンターで縫物をしていた。

 まだ、十歳前後なのに見事な腕前だと思う。……縫物は良くわからないけど。

 それにすごく集中しているようで、中に入ってきた俺には気づいていないようだ。


「ん? わわわっ、ごめんなさい! 夢中になって入ってきたことに気づきませんでした! ずっと待たせちゃってましたか!?」


 少女が俺に気づくと、さっきまでの集中していた雰囲気は霧散して、年相応のものに変わる。


「今来たばかりだから大丈夫。初めまして、オルンと言います。アポイントを取ったと聞いたんだけど、連絡は来ている?」


「えとえと、初めまして、マーシャといいます! オルンさんですね? ちょっと待っててください!」


 慌てているようだけど、きちんと応対はできている。

 マーシャがバタバタと奥の方へ消えていった


「おかあさーん! オルンって人が来たー!」


 奥からマーシャのものと思われる大きな声が聞こえてくる。

 うーん……、声を抑えたら、なお良かったかな。

 俺は気にしないけど、客によっては呼び捨てにされて不快になるかもしれないから。

 多分だけど、今日来るのが俺だとわかっていたから、彼女に受付のようなものをさせていたのかもしれない。

 同じクランの仲間であれば、多少の無礼も許されるだろうしね。


 そんなどうでもいいことを考えていると、マーシャが消えた場所から別の女性が現れた。

 女性が俺を一目見てから、


「君がオルン君ね。初めまして、私は服飾部門の責任者を任命されているグレンダ・バーネットよ。連絡は本部から来ているわ。さっそくだけど、サイズを測るからこちらに来てくれるかしら?」


「わかりました、よろしくお願いします」


 グレンダさんの後に続いて建物の奥へと足を運ぶ。


  ◇


「はい。これで、測定は終了よ」


 とある一室へとやってきた俺はその場で測定を受けることになったが、グレンダさんの手際が良すぎて、あっという間に終わった。


「あ、ありがとうございます」


「いえいえ。ひとまず必要なのは、剣帯よね?」


「はい、左腰にこの長い剣を、後腰に水平にこの短剣を吊るしたいと思っています。あ、短剣も柄が左側に来るようにお願いします」


 グレンダさんに要望を伝えながら、昨日アランさんから受け取った二振りの剣を出現させる。


「へぇ、二本の剣を使うなんて、器用なのね」


 グレンダさんが感心したような声を発する。


「短剣の方は念のためですね。基本的には長剣一本で戦うつもりです」


「ふむふむ。要望はわかったわ。ひとまず、この二本の剣は預かってもいいかしら? 完成したら剣帯と一緒に送らせてもらうわ。製作時間は二日から三日といったところね」


「三日ですか……。早いですね」


「ふふん、服飾のプロですからね。それにこの時期はあまり仕事も入っていないし、オルン君の剣帯は最優先で作るよう本部からも言われているから。送ったら付け心地を確認してね。少しでも違和感があったら言ってちょうだい。調整するから」


「わかりました。その際はお願いします。――それと、今はあまり仕事が入っていないとおっしゃっていましたが、俺個人からの仕事を引き受けていただくことは可能でしょうか?」


「内容にもよるけど、基本的には問題ないわよ。どんな内容かしら?」


「実は団服を三着ほど依頼したくて」


「団服? 予備が欲しいってこと?」


 ウィルと似たようなことを聞かれた。ウィルの時と同様の説明をグレンダさんにもする。


「なるほどね~。素敵な考えね! 是非作らせて欲しいわ!」


 グレンダさんが目をキラキラさせながら、俺の依頼を受注してくれた。

 ……さっきから思っていたけど、ちょいちょい子どもっぽいような反応をしてくる。

 マーシャの母親ということは、三十代だとは思うけど、見た目も若々しくて、事前情報無しではわからなかったと思う。


「ありがとうございます。ただ、依頼しておいて何ですが、まだデザインが確定していなくて……」


「あら、そうなのね。確定していないということは、イメージはあるのかしら?」


「えぇ、俺のこのコートをモチーフにしたものがいいかなぁ、とは思っています」


「師匠から弟子に贈るものだもんね。確かにオルン君のコートをモチーフにするのはいい考えだと思うわ。それじゃあ、デザインは私が考えてもいいかしら?」


「そうですね。俺にはファッションセンスに自信が無いので、デザインはプロにお任せできるとありがたいです」


「わかったわ。それじゃあ、その三人の性格や好みなんかを聞いてもいいかしら?」


 それを皮切りにグレンダさんから質問攻めされた。

 戸惑いながらもソフィー、キャロル、ログのことを思い浮かべながら、可能な限り詳細に応えていく。


「うん、イメージが膨らんできたわ。それでは、こちらは剣帯が完成してから着手することにするね」


「はい、よろしくお願いします」


「あと、気になったんだけど、オルン君の弟子たちは三人でパーティを組んでいるの?」


「そうですね。今は三人です。近いうちに増員したいとは思っているんですが、なかなか良い人がいなくて……」


「本当に? なんかオルン君の中には候補がいるようなそんな感じがするんだけど」


 ……勘の良い人だな。

 そんなにわかりやすい態度を取っていなかったと思うけど。


「そうですね。今の三人の穴を埋められる、そんな人がいます。ですが、彼女は既に別パーティに加入しているので、引き抜くのは難しいですね。彼女には彼女の事情がありますし。そもそも実力が今の三人とは、不釣り合いなので」


「ふぅん……。ねぇ、その子って――――じゃない?」


 ほとんどヒントを出していないのに、俺が思い浮かべている人を言い当てられた。


「……なんで、わかったんですか?」


「女の勘よ。それじゃあ、彼女の分も一緒に作ってあげる。彼女はオルン君の弟子ではないから、少しデザインを変えちゃうわね」


 何故かグレンダさんが暴走し出した……。


「い、いや、彼女が入ることは、まずありませんから……! 無駄になるだけですよ」


「さっきも言ったけど、今は仕事が無くて暇なのよ。お金は取らないから、作らせて?」


「……まぁ、グレンダさんが作りたいとおっしゃるのであれば、止めませんけど。あと、代金はきちんと払うので、正規の金額を請求してください」


「あら、太っ腹ね」


「クランのものを使って作るんですよね? でしたらカネを取らないとダメですよ」


「流石クラン幹部、しっかりしているね。わかった。それじゃあ、きっちり請求させてもらうわ」


「はい。それじゃあ、俺はこれで失礼しますね。剣帯と団服の件、よろしくお願いします」


「任されたわ。――あ、ちょっと待って」


 俺が部屋から出ようとしたところで、グレンダさんに呼び止められる。


「何ですか?」


「余計なおせっかいかもしれないけど、ちゃんと睡眠はとった方がいいわよ」


「――っ」


 本当にこの人は観察眼が優れているな……。

 寝不足であることを人に言い当てられたことなんて無いのに。


 最近の俺は寝不足だ。

 ただ、これは不眠症とかではない。

 単純に夜遅くまで、色々な作業をしているためだ。


「大丈夫ですよ。自分の体調管理はできていますので、倒れるなんてヘマはしません」


「オルン君が優秀な人だっていう噂はこっちにも来ているわ。それでも、人である以上、限界は必ずあるの。それに、オルン君は武術大会も控えているんだから、クランのためにも万全の状態で臨んでほしいのよ」


「……それを言われると痛いですね。わかっています。武術大会前はきちんと睡眠を取って、万全な状態で臨みますので」


「そっか。ちゃんとわかっているなら、いいわ。やっぱり余計なお世話だったわね」


「いえ、そんなことはないですよ。心配してくれて嬉しかったです。――それじゃあ、俺はこれで失礼いたします」


 とは言ったものの、しばらくはこの生活が続きそうなんだよなぁ……。

 でも、これは譲れない。

 俺はもうあんな思いをしたくないから。


それから約二週間、感謝祭の準備に奔走しているとあっという間に時間が過ぎていった。

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