84.近況報告

 第十班の面々と別れて、今はセルマさんと二人で第一部隊の作戦室に向かっている。

 どうやら、他の人たちも時間が作れるということで、急遽打ち合わせをすることになった。


「それにしても、ソフィアが異能を発現したのか……」


 セルマさんが喜んでいるのか、悲しんでいるのか判断の付かない表情で呟く。


「うん、それも汎用性の高いものだ。ソフィーはこれから更に強くなると思うよ。セルマさんは嬉しくないの?」


「いや、もちろん嬉しいさ。だけど、これでソフィアの価値が上がってしまった……」


 ……なるほど、セルマさんはソフィーの将来を心配しているのか。


 異能は使うことによって後遺症が残るといった致命的なリスクはない。

 それでありながら他人は持ち合わせていない自分だけの力だ。

 異能を持っているだけで、他者よりも有利というのもあながち間違いではない。


 異能の発現に血縁は関係ないと言われている。

 つまり親が異能者だとしても、子も同じく異能を発現するとは限らない。

 だけど、それを理解していない人が多い。

 特に貴族は血統第一と考えている者も少なくない。


 これまで、ソフィーは実家から貴族の娘として扱われてこなかった。

 今では家も出て、実家との縁はほとんど無いと言って良いほどに薄くなっている。

 だけど、ソフィーが異能を発現した今、政略結婚の道具として扱われる可能性は低くない。


「……わかった。ソフィーの異能があまり広まらいように俺の方も注意しておく」


「すまない。ありがとう」


 クローデル家か。

 悪い噂とかは聞かないし、ソフィーとの繋がりもほとんどないから気にしていなかったけど、もう少し動向には注意しておこう。


「ソフィーを大切に思う者として当然だよ。――あ、そうだ。セルマさんに聞きたいことがあったんだ」


 ソフィーやセルマさんのことを考えていたら、セルマさんに確認しておきたかったことを思い出した。


「なんだ?」


「ソフィーの団服ってセルマさんがプレゼントした物だよね?」


 ソフィーは新人でありながら、他の新人が着ている団服とはデザインが違う。

 新人だからといって新人用の団服を着ないといけないという決まりはない。

 というよりも、迷宮探索中に団服を着ていなくても問題は無い。

 とはいえ、探索者の団服に使用されている素材は、ノクシャスシープの羊毛だ。特にこだわりが無ければ、団服で事足りるから、みんな結局団服を着ることになっている。


「まぁ、プレゼントになるのかな。ソフィアが探索者になりたいと言ってきたから、私が昔着ていた団服を譲ったんだ。おさがりみたいなものだな。それがどうしたんだ?」


「実は感謝祭が終わったら、あいつらに再び三十層の攻略に挑戦してもらいたいと思っていてね。勿論本人たちが嫌がれば、無理にさせるつもりはないけど。今度は俺も同行するし、あいつらは挑戦するという気がするんだ。そうするとほぼ間違いなく。三十一層に到達する」


「まぁ、そうだな。ソフィアも異能が扱えきれていないとはいえ、並列構築を習得している。他の二人もオルンとの模擬戦を見させてもらったが、上層くらいなら難なく突破できそうな実力はあった。問題なく三十層は攻略できるだろう」


「うん、三十一層に到達すれば、あいつらも新人ではなくなる。エステラさんに聞いたら、普段は探索管理部が用意してくれるみたいだけど、俺が贈りたいんだ。それで、今ソフィーが着ている団服に特別な思い入れがあるなら、考えないといけないなと思ってね」


「なるほどな。さっきも言った通り、あれは私のおさがりだ。ソフィアが別のものを着たいと言うのであれば、その意思を尊重するさ」


「わかった。それじゃあ、俺の方で準備させてもらう。ま、俺のデザインが気に入られなければ、今のままだろうね……」


「ふっ、そんなことはないと思うがな」


  ◇


 二人で話しているうちに作戦室に着いた。

 着いたときは俺たちしかいなかったが、しばらく待っているうちに全員が揃った。


「改めて、みんな久しぶりだな」


「そうね。なんだかんだで、セルマ以外も忙しかったし、一堂に会するのは一週間ぶりくらい?」


「あっという間だったねー。ボクも久しぶりにあんな多くの取材を受けたよ」


「ま、九十三層に到達したことのあるパーティは、オレたちで三組目だしな。それでも特に忙しかったのはセルマの姉御と、――オルンだろ」


 ウィルの発言で部屋の中に緊張感が走る。


「まぁ、結構バタバタしてたね。聞きたいのは例の件でしょ? 多分俺が一番長くなると思うから、俺の報告は最後にするよ」


「そうだな。それでは、まずは私から近況報告をしよう。私はみんなも知っていると思うが、別の領地にいるスポンサーの相手をしてきた。毎日が移動と会食の連続で非常に面倒だった……」


 セルマさんが、ここまで辟易しているところを見るのは初めてかもしれない。

 まぁ、状況的にこれまで高圧的だったやつらが、手のひら返ししてきたんだと思うが、それが無くたって貴族の相手は面倒くさい。

 言葉遣いやマナーに気を付けながら、失言をしないように気を張り詰めないといけないから、無駄に体力を使うことになるしな。


「お疲れ様。それで、スポンサーたちの反応はどうだった?」


「概ね好意的だったな。これで無茶な依頼や命令は多少減るだろ」


「やっぱり少しは来るんだねー……」


「そこは仕方ないな。金を出してもらっている手前、無下にもできない」


「とはいえ、今は迷宮探索を禁止にしているだろ? 仮に今その無茶な依頼が来たらどうするんだ? 例えば、素材を至急寄こせ的なものとか」


「そこら辺の調整は俺がやってるよ。ひとまず先日の件と感謝祭が終わるまで探索しないことは、スポンサーに通達済み。今のところ、それ以降にスポンサーからの依頼は来ていないけど、仮に来た場合は、現時点で対応できるものは対応する、迷宮探索をしなければならないものに関しては、感謝祭が終了するまで待ってもらう。これもスポンサーには既に伝えている。それと何故かこの件にラザレス様が協力的で、しばらくはうちに依頼をするのを控えるように言ってくれている。だから大きな問題にはならないと思う」


 ウィルからセルマさんへの質問に俺が代わりに答える。

 セルマさんは概要しか知らないからな。


「ラザレス様が? あの爺さんも良くわからねぇな……」


「だねー。ボクも何度か会ったことがあるけど、目が笑ってないんだもん。あの人ちょっと怖い」


「そうだな。あの人のことだから何かしらの企てはしていそうだが、そこは考えても仕方ないだろう。オルン、調整してくれてありがとう」


「いや、探索禁止を決めたのは俺と総長だから、これは俺がやらないと」


「オルン君は巻き込まれただけでしょ? そうやって自分一人で抱え込まないで、私たちにも頼ってほしいな」


 レインさんから指摘を受ける。

 確かにこの件は一人で抱えてたかもしれないな。

 勇者パーティにいた頃とは違うんだから、人に頼ることも覚えないとだよな。肝に銘じておこう。


「ありがとう。本当に手が回らなくなったらお願いするよ」


「うん、どういたしまして。それじゃあ、次は私が報告するね」


  ◇


 それから、レインさん、ルクレ、ウィルの順でそれぞれが近況報告を行った。


 レインさんは新聞社の取材に加えて、探索管理部との調整に注力してくれていた。

 セルマさんの代わりとして、感謝祭終了時までの各パーティの方針の取りまとめなど、俺が外側への対応をしているときに、内側への対応をしてくれていた。


 ルクレは同じく取材に加えて、魔術開発部で感謝祭時に公開する【物体浮遊オブジェクトフロート】を含めたいくつかの魔術の最終調整に協力してくれていた。

 《夜天の銀兎》は毎年、新規の魔術または既存の魔術の改良版を感謝祭で公開していて、《夜天の銀兎》が行う催し物の中では、これが世間から一番注目されている。


 ウィルは先日討伐したことである程度確保できた黒竜の素材を使用した装備の開発に協力していた。

 《夜天の銀兎》では探索中に収取した素材はクランの団員の共有となるが、その前段階として自分たちのパーティで使用するか選択することができる。つまり、迷宮探索で入手した物の内、使用する予定の無いものがクラン共有の素材となる。

 現状第一部隊で黒竜の素材を使用する予定は無いため、クランの共有素材となった。

 とはいえ、深層のフロアボスの素材となれば、世間に出回ることはほとんど無いため、素材の特徴や用途については試行錯誤で探していくしかない。結構根気のいる作業だと思う。


 三人の報告が終わり俺の番となった。


「それじゃあ、最後は俺だね。俺は取材の対応と各種事務作業がメインだったかな。それと、五日前に《アムンツァース》と交戦した」


 俺のこの一言で再び空気が張り詰める。


「オルンが《アムンツァース》と戦ったことは聞いているが、それ以外はあまり知らないんだ。元々は第十班――新人が襲われたみたいだが、何故そんなことになったんだ?」


「これは完全に推測だけど、目的は俺だったと思う。俺をおびき出すために襲ったって言っていたから。黒竜を倒した俺が邪魔になったんだろう」


「……外道が」


 セルマさんが怒りを抑えるように小さく呟く。


「俺も人を殺したから、あいつらのことは責められないな」


 あいつらを殺したことを間違いだったとは思っていない。

 生かしておけば、どうなっていたか分からなかったから。

 だけど、もっと良いやり方があったかもな。


「でも、それは新人たちが襲われたからでしょ? オルンくんは悪くないじゃん! まぁ、確かに人殺しはやりすぎって言われるかもしれないけど、ボクだって仲間が殺されそうになっている場面に出くわしたら、相手のこと許せないと思うもん。やっぱりオルンくんは悪くないよ!」


「ルクレ、ありがとう。確かに俺たちの目線で見れば、そうなるだろう。でもあいつらの目線から見た時は逆に俺が悪者になるのかも、とは思っている」


「……どういうことだ?」


「戦いの最中に言ってたんだ。『自分たちは時間を稼いでいるんだ』と。それと『俺たちの存在が結果的に世界を滅亡に近づけている』とも。あいつらにもあいつらの正義があったんだと思う。だからってあいつらのことを許す気にはならないけどね」


「うーん……良くわからねぇな。まぁ、テロリストの心理なんて理解できるとも思えないが。それよりもなんで全員殺したんだ? まぁ、冷静じゃなかったってのはわかるが、一人くらい捕まえて情報を吐かせるべきだっただろ」


 ん? 全員殺した?

 ――あぁ、これは総長が情報統制したのか。

 自分で言うのも恥ずかしいが、俺はこのクランのエースだ。そんな俺が負けたとなれば、必要以上に団員を不安にさせるから、多分総長がこの情報を伏せたんだろう。


「ごめん、その情報に齟齬がある。――俺は《アムンツァース》に負けたんだよ」


「はぁ!? 負けた!? でもお前生きてるじゃないか」


「うん。あの戦闘を前向きに解釈すれば痛み分け、後ろ向きに解釈すれば見逃してくれたってところかな。あのまま戦っていれば、俺が勝っていた可能性はかなり低かったと思う」


 俺の発言にみんなが驚きの表情を浮かべている。

 俺が負けたなんて微塵も思っていなかったみたい。

 嬉しいやら、申し訳ないやら、複雑な気持ちだ。


「……うそでしょ。相手はフロアボスを一人で倒せるオルン君よりも強いの?」


「あんま言いたかねぇが、手を抜いていた、なんてことはないよな?」


「あの時の俺は全力だったよ。最初は生け捕りにするつもりだったけど、相手の強さを知ってからは、殺すつもりで戦った。一度は殺したと思ったんだけどね。何故か相手は無傷だった」


「探索禁止はやりすぎかなーって思ってたけど、オルンくんが勝てない相手が居るとなると、探索禁止も納得だよ。今も大迷宮に居るかもって思うと怖いね……」


「感謝祭が終わって、禁止を解除した後も警戒は続けた方がいいと思う。特に俺たちは《アムンツァース》のターゲットになっている可能性が高い。絶対に一人で迷宮には行かない方がいい」


「そうね。みんなたまにソロで大迷宮に潜っていたこともあったけど、しばらく控えることにしましょう」


 それから俺は、銀髪の女の情報をみんなと共有した。


「なるほどな。街中で襲われることはないと思うが、街中でも一定の警戒はしておくよう全員徹底しよう。――さて、空気が重たくなったが、続いて感謝祭の予定を確認したいと思う。私が把握している範囲では、私が全体の取りまとめ、レインとルクレが魔術公表会の手伝い、ウィルが前半は街の巡回で後半が武術大会出場、オルンは前半が私と同じく全体の取りまとめで後半が武術大会出場だが、変更点はあるか?」


 セルマさんの話した内容に誰も異を唱えなかった。


「よし、変更は無いな。では、明日以降も基本的にはフリーとする。何かあれば私に連絡してくれ。私から他のメンバーに通達する。では、解散」


 こうして久しぶりに集まった第一部隊の近況報告が終わった。

 明日で、感謝祭開催までちょうど三週間となる。

 クランも本格的な準備が始まることになるだろう。


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