第三章

83.ソフィアの異能

「師匠! 今日こそ一本取らせてもらいます!」


「今日こそ、ししょーに勝つよー!」


 《アムンツァース》との戦闘から数日が経った。

 俺は《夜天の銀兎》の室内訓練場で、ログとキャロルの二人と対峙していた。


「あぁ、かかってこい」


 俺の声を皮切りに二人が動き出す。

 正面からログが突きや薙ぎ払いを繰り出す。


(フェイントも入れられるようになってる。この数日間で、更に腕を上げたな)


 ログの攻撃を躱したり剣で弾いたりしていると、俺の背後に回っていたキャロルが後ろから斬りかかってくる。


 ――と見せかけて、距離を詰めることなく手に持っているダガーを俺の右肩付近目がけて投げ付けてくる。


 ちなみに俺たちが今持っている武器は全て刃引きしているため、斬れることはないし当たっても大ケガはしない。


(下手したらログに当ててしまう可能性もある、これは悪手だな)


 ログの攻撃を捌きながら、ダガーの射線から体を逸らす。


 しかし、ダガーが俺の横を通過することなく到達する前に空中で止まった。


(これは【物体浮遊オブジェクトフロート】か?)


 【物体浮遊オブジェクトフロート】とは、俺がクラン加入時に魔術開発室に術式を教えた物体を浮かせる魔術のことだ。

 俺が開発した時は名称が無かったけど、これから世間に公開するにあたって魔術開発室が命名した。


(仲間への攻撃のリスクを無くしながら、俺の行動を制限していたわけか。面白いことを考えたな)


 俺の右肩を狙ってくれば、俺は左に体を逸らす。


 次の動きがわかれば、当然攻撃を当てやすくなる。


 俺がキャロルのダガーに意識を割いていた隙をついて、ログが今までよりも速い突きを繰り出す。


(駆け引きが上手くなってきたな。それでもまだ負けてやるつもりはないが)


 穂先が俺に触れる直前まで引きつけ、ログが反応できたとしても咄嗟には体を動かせない状態になるまで待つ。


 そのタイミングが来てから、ロールターンの要領で時計周りに回転しながらログの懐に入り込む。


 剣を左手に持ち替え、回転の勢いを乗せながらログの鳩尾みぞおちに右肘を叩きこむ。


「ぐふっ……!」


 そのまま体勢が崩れたログの胸倉を右手で握り、後ろへと思いっきり引く。


 空気を吐き出して踏ん張りがきかないログは、俺に引かれるまま前のめりになって数歩前に歩くかたちになる。


「――え!?」


 その結果、俺の背後に迫っていたキャロルと接触し、二人がもつれるように倒れた。


 キャロルの胸に顔を埋めるとは。やるな、ログ。


「ログー、重いよー」


「――っ!? ご、ごごごごめん!」


 混乱の真っ只中に居たであろうログはしばらく動けないでいたが、キャロルの声で正気に戻り、慌ててキャロルから離れる。


「ぶー、いい作戦だと思ったのにー」


 ログが離れた後も、相変わらず寝転がったままでいるキャロルが愚痴を零す。


「いい作戦だったと思うぞ。この作戦は二人で考えたのか?」


「はい……。師匠の次の動きがわかれば、攻撃が当てられると思ったので。身体能力は僕たちの方が上だったわけですし」


 今回俺は、例の武術大会を控えているためバフ無しで模擬戦に挑んでいた。

 バフ有りの二人を相手にするには、いつも以上に集中する必要があるから良い鍛錬になる。


「ま、経験値の差だな。それにしてもキャロルはいつの間に【物体浮遊オブジェクトフロート】を習得したんだ? これまで魔術なんて使ってなかったのに」


「えへへ~。レインお姉ちゃんに教えてもらったんだ~。ししょーを驚かせたくてお披露目したのに普通ふつーに対処しちゃうんだもん。もっと驚いた表情が見たかったー!」


 実はキャロルとレインさんは仲が良い。

 俺がクランに加入する前から親交があったみたいだ。

 恐らくはアルバートさん経由で仲良くなったんだろう。

 キャロルはレインさんを姉と呼んで慕っているし、お姉ちゃん気質のレインさんがそんなキャロルを気に入らないわけがない。


「いや、充分驚いたって。戦闘中だったから表情に出てなかっただけで」


「ほんとかな~?」


「本当だって。でもどうして魔術を覚えようと思ったんだ?」


 俺の質問に、キャロルは珍しく真剣な表情をする


「……ん-、あたしは接近戦だけで、充分やっていけると思ってたんだ。周りの人に比べて素早く動けるし、刃物の扱いにも自信があったからね。でも大男のような人が相手だとあたしは大した障害にならなかった。一瞬で負けちゃった。戦闘スタイルのベースは今のまま変えるつもりはないけど、ししょーやログの戦いを見て思ったの。戦闘時の選択肢は増やしておくべきだって。今のあたしは敵に突っ込むことしかできない。でも、それだけじゃみんなを護れない。だから魔術を覚えようと思ったんだ」


 俺が到着するまでに、三人が《アムンツァース》とどんな戦いをしたのかは既に聞いている。


 俺が考えていたキャロルの戦闘スタイルとは違う方向性だけど、キャロルが自分自身で考えて導き出した答えだ。

 尊重してやりたい。


 俺の考えが正解とは限らないし、こういうのは最終的には自分で決めるべきだとも思うしな。


(魔術、か。だったら将来的にはあの魔術を教えてもいいかもな)


「そうか。いい考えだと思うぞ。ただ、そうなると並列構築は習得しておきたいな。接近戦をしながらも術式構築ができれば、更に戦いやすくなるはずだ」


「うん! 実はレインお姉ちゃんにもそれを言われてて、色んな術式を覚えるよりも先に並列構築をマスターしようと思って今練習中なんだ! 今使える魔術は【物体浮遊オブジェクトフロート】とショック系の初級魔術だけ」


 レインさんに教えてもらっているなら俺が余計な口出しをしない方がいいか。

 多分俺とレインさんの練習方法は違うだろうし、二つ一緒にやると逆に習得に時間が掛かる恐れもあるから。


「キャロルはすごいな。僕はもっともっと槍の扱いに慣れないと!」


 ログがキャロルの考えに感心し、対抗心を燃やしている。

 うん、こういう関係は良いと思う。

 このまま三人で切磋琢磨していってほしい。


「ログは槍を持ち始めて一カ月とは思えないほど、上手く扱えていると思うぞ?」


「それでも、槍術を極めているような人たちと比べれば、僕はまだまだですよね?」


「それはそうだ。だからお前には伸びしろがある。まだまだこれからだ。――そういえば二人は武術大会に出るのか?」


 武術大会はだれでも参加できる。

 俺が出る方は上級探索者限定だけど、毎年行われている参加者の制限がない武術大会の方も予定通り開催される。

 そっちの武術大会には毎年新人の探索者が多く参加していると聞く。


「いえ。この前までは出ようと思っていましたが、今はオルンさんやウィルさん以外の人とあまり戦いたくなくて……」


「あたしも、あんまり人を傷つけることはしたくないから、参加しなーい」


 確かにあんなことが起こった直後に、人と戦いたいとは思わないよな。


「そうか。武術大会に参加は強制じゃない。《夜天の銀兎》の探索者には、クランの催し物の手伝いがあるし、無理して参加する必要もないだろ。手伝い以外の時間は感謝祭を楽しんでくれ。色んな出し物があるらしいからな。――さてと、もう少し休憩したらもう一戦やるから、休憩がてら二人で次の作戦を考えておきな。俺はソフィーの方に行ってくるから」


「わかりました」


「次は負けないよー!」


  ◇


 室内訓練場の端の方へ移動すると、ソフィーが真剣な表情で右手を前に突き出している。


「すーっ、ふぅ……。――っ!」


 ソフィーが大きく深呼吸してから、開いていた右手を握りしめる。

 するとソフィーから少し離れた場所にある厚さの薄い鉄板が、紙をくしゃくしゃにしたときのように、しわだらけに丸まった。


「お見事」


「あ、オルンさん。ありがとうございます」


「疲労の方はどう?」


「えと、まだすぐに息が上がっちゃいます……」


 ソフィーは先日の戦いで異能を発現したらしい。


 その異能は【念動力】。

 物に物理的な影響を与えられる力らしい。

 これには色々な解釈ができる。


 俺の【魔力収束】が色々と応用の利く異能であるのと同じように。

 もしかしたら【念動力】にも、押しつぶしたり、吹っ飛ばしたり、その場に留めたりする以外にも様々なことができるかもしれない。

 そこはこれから要検証だな。


 何にしても【念動力】は、探索でも日常生活でも有用な非常に使い勝手の良い異能だ。

 数回使うだけでかなり疲労が溜まるのは、まだ使い慣れていないからだと思う。

 使えば使うだけ自分に馴染むのは、異能に共通する特徴の一つだ。


 そして、異能の発現に伴ってソフィーは並列構築を習得した。

 恐らくこれは異能の副産物だろう。

 【念動力】は術式を構築するとき以上に、脳内で膨大な処理をする必要があるんだと思う。

 そのためそれに耐えられるようにと、脳のキャパシティが大きくなったんだと予想している。

 完全に推測だけどな。


 疲労がすぐに溜まるのもこの辺りに起因していそうだ。

 これからは異能の行使に慣れてもらうことが最優先かな。

 流石に数回の使用でへばってしまうものを実戦で使わせるわけにはいかない。


「そっか。まぁ、異能の発現した直後は異能に振り回される人も少なくないから、これから少しずつ自分のモノにしていこう」


「はい――」

「ソフィア!!」


 ソフィーと話していると室内訓練場の入り口から大きな声が発せられた。

 そちらに顔を向けると、息を切らせたセルマさんが居た。

 予定だと明日の帰りのはずだけど。

 多分ソフィーが《アムンツァース》に襲われたと聞いて、急いで帰ってきたんだろう。


 セルマさんは強張った表情をしながら、早足でこちらに向かって来る。


「おねえちゃん? どうし――」

「ソフィア、良かった……」


 セルマさんはそのままソフィーを強く抱きしめる。


「く、苦しいよ。お姉ちゃん……」


「あ、済まない。でも、本当に無事で良かった。ソフィアが《アムンツァース》と交戦したと聞いたときは心臓が止まるかと思ったぞ」


「心配かけてごめんね。でも、オルンさんが助けてくれたから私たちは無事だよ」


「そうか。オルン、話は聞いている。ソフィアを、新人たちを助けてくれてありがとう」


 セルマさんが優し気な表情で俺に感謝を告げてくる。


「………………いや、感謝されるようなことはしてないよ。――それよりもソフィー、せっかくセルマさんが早く帰ってきたんだし、今日はこれで終わりにしてもいいぞ?」


「ありがとうございます。でも、もう少し続けたいです!」


 相変わらず頑張り屋だな。


「わかった。だけど倒れないように、ほどほどで終わらせるようにな」


 一昨日異能の鍛錬をしていたら、限界を超えて倒れてしまった。

 その時に無理をしないようにきつく言い含めたから大丈夫だと思うが、念のため釘を刺す。


「倒れる……?」


「も、勿論です! 無理はしません」


「セルマさん、まだ時間に余裕はある?」


 俺の『倒れる』という発言に怪訝な表情をしているセルマさんに話しかける。


「あ、あぁ問題ない。元々今日は移動に充てる予定だったしな。ただ、後でオルンには時間を作ってほしい。私が居なかった時の話を詳しく聞きたい」


「了解。だったら、ソフィーの鍛錬を見てあげてよ。面白いものが見れるから」


「面白いもの……?」


「それは見てからのお楽しみ。それじゃあソフィー、俺はログとキャロルの方に戻るから」


「わかりました!」


 そう告げると俺は、二人の元を離れて、ログとキャロルが居る所へと戻る。


  ◇


「ただいま。それじゃあ、休憩は終わりだ。模擬戦を再開するぞ」


 打ち合わせをしている二人に近づいてから、声を掛ける。


「わかりました。次こそ一本取ります!」

「よーし、ししょーに勝つぞー!」




 それから二人を数回地面に転がしたところで、室内訓練場の使用時間の終わりが迫ってきたため終了とした。 


「それじゃあ今日は早いけど、これで終わりにしよう。今日もお疲れ様」


「「「ありがとうございました!!!」」」


 予定ではこの後にいつもの部屋に戻ってから座学をやろうと考えていたが、セルマさんの話は早めに聞いておきたいし三人とも最近は無理をしている節がある。

 しっかりと休憩も取らせないといけない。


 頑張っているところに水を差すことはしたくないけど、ケガをしたら元も子もないからな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る