82.【sideハルト】フウカ・シノノメという剣士

 竜たちとの激戦が終わりもうしばらく探索してから、俺たちはクランホームへと戻ってきた。


「ただいまー」


「あ、皆さんお帰りなさい。随分と早いお帰りでしたね」


 ホームの中に入ると、クランにおける事務全般を一人でこなしている小柄で童顔の少年が三人いた。

 ん? 俺は間違ったこと言ってねぇよ?


 その内の一人が帰ってきた俺たちに話しかけてくる。


 この少年の名前はマイルズ・ランプリング。十五歳。

 マイルズは【分身】という異能を持っていて、自分の体を複数に増やせる。

 そんでもって、それらすべての記憶や思考が統一されているらしい。

 ぶっちゃけ、使ってたら頭おかしくなりそうな異能だよな。

 自分っていう定義が曖昧になりそうで、俺だったら怖くて使おうとは思えない。


「えぇ、フウカのバカが暴走したおかげでね」


「失礼なこと言わないで。私、暴走なんてしてないよ?」


「はぁ!? 九十層に着いて早々そこら中に魔石をバラまくような奇行に走っておきながら、どの口が言ってるのよ!」


「だってハルトが、竜のウロコが大量に必要って言うから」


「確かに言ってたけど、それは時間を掛けてって意味でしょ!? だから朝から迷宮探索を始めたんじゃない!」


「そうだったの?」


 カティに指摘されて、フウカはようやく今日の予定の全容を把握したらしい。

 うん、これからフウカには必要最低限の魔石しか持たせないようにしよう。


「あはは……。フウカさんは相変わらずのようですね」


「今日のはここ最近で一番ひどかったわよ……」


「あ、そうでした。応接室で父上がお待ちですので、団長とフウカさんは応接室に行っていただけますか?」


 マイルズの父親はランプリング子爵家の当主をしている。

 数年前に俺たちがマイルズを悪党から助けたことに恩を感じて、本人はクランの手伝いを、親父は資金援助をしてくれている。

 大したことしてねぇのに、律儀な親子だと思う。


「ここに来るなんて珍しいな。了解。フウカ、行くぞ」


  ◇


 フウカを連れて応接室へと向かう。


 応接室に入ると立派な髭を蓄えた初老の男とメイドが居た。


「待たせたな。アルフさん」


「随分と早い帰りだな」


「予定よりも早く必要なものが揃ったんでな。にしても、あんたがここに来るなんて珍しいな。火急の案件でもあるのか?」


「息子に会いに来ただけだ。それとお前たちに一つ頼み事をしたくてな」


「内容は?」


「二週間後に開催される感謝祭についてだ。その目玉の催しに武術大会があるのは知ってるな?」


「一応な。興味ねぇから、参加したことも見たこともないが」


「これまでは中央軍や領邦軍の士官、それとBランク以下の探索者の参加が多く、Aランク以上の探索者が参加するのは稀な状態だった。フォーガス侯爵はその状況が気に食わないみたいでな。今回は上級探索者だけを集めて戦わせる機会を設けるらしい。俺の方にも侯爵直々に話が来た」


「めんどくせぇ。つまり俺とフウカもそれに参加しろと?」


「端的に言えばそうだな。悪いが相手は侯爵だ。突っぱねることはできん」


「俺はともかくフウカを参加させるとか、侯爵は馬鹿か? どうせ勇者の名声回復が狙いだろうが、フウカが参加したら間違いなくフウカが優勝するぞ?」


「フウカちゃんが強いことは知っているが、そこまでなのか?」


「武術大会は魔術無しで武術と異能で戦うんだろ? フウカの身体能力は常軌を逸してるし、異能は間違いなく最強クラスだ。魔術込みでも勝てる奴がいないのに、魔術まで禁止して勝てる道理が無い。だろ? フウカ」


「…………多分?」


 部屋に入ってきてから、菓子を子リスのように夢中になって食べていたフウカに確認すると、曖昧な回答が返ってきた。


「お前が謙遜なんて珍しいな。明日は雪が降るのか? しまったなぁ……。冬服はもう片付けちまってるぞ」


「謙遜じゃない。本当にわからない」


 ま、こいつは冗談とか言わないよな。


「……確かに勇者は強いが、お前でも勝てないくらいの強さなのか? そこまでは感じなかったが」


「勇者には勝てる。私が言ってるのはオルンの方」


 は? オルンに勝てないだと?


 オルンとは、この前の共同討伐で出会った探索者だ。

 なかなか話しやすいやつだった。

 元々は勇者パーティに所属していて、今は《夜天の銀兎》に移っている。

 って、どんな遍歴だよ!


 俺のアイツに対する印象は色々思考を巡らせているやつ、だな。

 強者特有のオーラは感じなかったし、身体能力も大したことない。

 だけど器用にそつなくこなして、パーティの穴を上手く埋めているといった感じだった。


 そんなアイツが、深層のフロアボスを一人で倒したと聞いたときは耳を疑った。

 とはいえ事実っぽいし、それは単に俺がアイツの実力を見抜けなかっただけだろう。


 実力を隠しているようには、感じなかったんだけどなぁ。

 もしかしたら、とんでもない異能でも持っているのかもしれない。


 つーか、それから《竜殺し》なんて呼ばれてるけど、今日の俺の方が竜殺しって異名が似合わない?

 え? 下層の一般竜と深層のフロアボスは全然違う?

 あぁ、そうですか。


 話が脱線した。


「……確かに強いだろうが、お前の前では関係ないだろ?」


「……本気のオルンは間違いなく化け物。でも、共同討伐の時みたいに手を抜いている・・・・・・・状態なら勝てるから、多分って言った」


 ……手抜いてたんだ。全く気付かなかった。

 そこそこ自信のあった観察眼までフウカ以下とか、俺の存在価値が……。

 そろそろ泣きそう。


 と、冗談はさておき、こいつがそこまで言うのか。


 フウカの異能は【未来視】だ。

 少し先の未来が視えるらしい。

 それだけでもとんでもないアドバンテージだが、フウカはそれに加えて常人を遥かに凌駕する身体能力と戦闘センスを有している。


 それらは異能が発現する前の時点で、祖国の最強の剣士が将来必ず自分を超える剣士になると言わしめるほどのものだ。

 事実、フウカは探索者になってからこれまでかすり傷一つ負ったことが無い。

 勇者と呼ばれる前は剣聖なんて呼ばれていたオリヴァー・カーディフなんかよりも余程剣の腕が立つ。


 そんなふざけた存在が、オルンに確実に勝てると断言できないのか。


「はぁ……。とりあえず、武術大会に出る件は了解した。アルフさんには世話になってるしな。ほどほどの順位で負ければいいんだろ?」


「いや、全力でやってほしい」


「……なんでだ? ほどほどの結果で良いだろ」


「単純な話だ。俺は君たちが負けるところを見たくない」


「侯爵の方はいいのかよ」


「それに関しては既に手を打っている。問題無い。優勝してしまえ」


 やれやれ、スポンサーからの無理難題っていうのは、どこにでもあるもんだな。

 ま、アルフさんはこれまで特に指示をすることなく俺たちの自由にさせてくれていた。

 俺たちはスポンサーに恵まれている。

 その人たっての願いだ。

 今回は真面目に取り組むとしますか。


「仕方ねぇか。フウカ、優勝を目指すぞ」


「わかった。ハルトが相手でも全力で倒す」


「いや、そこは手を抜いてくれ……俺、死んじゃうから」

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