244.王族の使命

 

  ◇ ◇ ◇

 

 ソフィーとセルマさんの兄であるクローデル家当主マリウスさんに与えられた部屋の窓から外を眺めながら、俺は時間が巻き戻る前の出来事を思い出していた。


 前回の世界で俺は、自分の失った記憶を取り戻すべく、ヒティア公国を拠点とするダウニング商会の商会長であるクリストファー・ダウニングと接触した。

 それと同時に、ツトライルが《シクラメン教団》の襲撃を受けているという情報を得て、すぐさまツトライルへと帰還した。

 そんな俺を待ち受けていたのは、崩壊した建物、響き渡る人々の悲鳴、鼻を刺す血の匂い、そして、息絶えた弟子たち。

 それを作り出した張本人である《羅刹》スティーグを見て、感情のままに斬りかかるも返り討ちに遭い、目の前で《夜天の銀兎》の仲間の命を大量に奪われた。


 

 俺は、宿敵ともいえる《シクラメン教団》に――敗北した。


 

 大切な物を大量に奪われて絶望していたとき、じいちゃんが自身の命と引き換えに世界の時間を巻き戻した。

 そして俺は、世界の時間が巻き戻っている間、幽世という別の時空間でシオンと《おとぎ話の勇者》であるアウグストさんと過ごし、最終的に記憶と力を取り戻した。


 時間の巻き戻りも終わって、俺は〝二度目の今日〟へと戻ってきた。


 これから何が起こるのか、誰が何をするのか、それを識ることが出来る。

 俺にとって絶望でしかないあの光景を再び起こさないためにも、抗わなければならない。

 使えるものは何でも使って、俺の望む結末を掴み取ってやる。


 例え、この世界に暮らす全ての人たちが、――俺の敵になろうとも。

 

 そんなことを考えていると、気配が二つ俺の方へと近づいてきた。

 ドアの方へと視線を移動すると同時にドアが開かれ、フウカとハルトさんの二人が部屋の中に入ってくる。


「呼び出しに参上してやったぜ、王様」


 ハルトさんが冗談交じりな口調でそんなことを言ってくる。

 彼にはこれまで何度か『王様』と呼ばれたことがあるが、記憶を取り戻した今となっては苦笑せずにはいられない。


「『王様』なんて呼ばれると、こそばゆいな。確かに俺はヒティア王国王家・・・・・・・・の直系だけど、国はとっくに王政を撤廃しているうえに、俺自身君主じゃないし、君主になるつもりも無いからな」


 ヒティア王国。

 それは幽世で出会ったアウグストさんが作った国だ。

 その出来事からアウグストさんは《おとぎ話の勇者》の他に、《異能者の王》という別の異名でも呼ばれている。


 そして俺は、そのアウグストさんの子孫となる。

 俺と彼が【森羅万象】という同じ異能を持っていることからも、それは明らかだ。

 異能は遺伝するもの・・・・・・だから。


 とはいえ、アウグストさんが表舞台から消えた時点で、ヒティア王国はヒティア公国へと変わり、アウグストさんはその国の最初で最後の王となっている。

 だから俺にその王家の血が流れていると言っても、今ではほとんど意味は無い。


「…………オルン、お前、まさか……」


 俺の返答を受けて、ハルトさんは鳩が豆鉄砲を食ったように固まっていた。


「うん、記憶を取り戻したんだ。ハルトさんを呼んだ理由の一つは、それを伝えるため」


「ちょ、ちょっと待ってくれ! 昨日、《博士》とやりあった後も特段変な様子は無かったじゃねぇか。それが何でいきなり……!?」


 ハルトさんは頭を抱えながら混乱していた。

 まぁ、その反応も仕方ない。

 彼が言った通り、彼にとって今日は、教団幹部である《博士》と戦った翌日なのだから。

 ハルトさん目線では、俺が【認識改変】の影響で失っていた記憶を取り戻せそうな前兆は一切ない。


「ハルトさんにとっては唐突に感じると思うけど、俺が記憶を取り戻すまでにも波乱万丈な出来事があったんだよ。そこら辺についてもきちんと話す場は後で必ず設ける。だから今は、少しだけ待っていてくれ」


「……わーったよ。それで? 記憶が戻ったことを伝えるためだけに俺を呼び出したわけじゃないんだろ?」


 ハルトさんは俺の言葉を聞いて、複雑そうな表情をしながらも飲み込んでくれた。


「……あぁ。今はあまり時間を無駄にしたくない。何も聞かずに俺の手を握ってくれないか」


 記憶を取り戻し、アウグストさんからこの世界のことを聞いた俺は、断片的ではあるが術理に介入することができる。

 この世界の時間は巻き戻った。

 だが、前回の出来事は無かったことになった・・・・・・・・・・だけで、その事実は術理の中に記録として残っている。

 今の俺は接触した人を介して、その人物が前回の世界で見聞きしたものを識ることが可能だ。


 朝、起きたときに既にフウカを介して彼女が見聞きしたものを浚っている。

 前回、俺がダルアーネを発ってから時間の巻き戻りが起こるまでの一連の出来事は、じいちゃんが・・・・・・計画実行した・・・・・・ものだった・・・・・

 その計画にはフウカやハルトさんも一枚噛んでいる。


 そして、フウカは前回のツトライルで《戦鬼》と戦い、奴の情報を可能な限り引き出していた。

 ハルトさんも同様に、俺が視えていない部分を補うために、色々なことを視ているはずだ。

 それこそ、異能である【鳥瞰視覚】も駆使して、教団がツトライルに差し向けた戦力、教団の動きなど含めて、可能な限り多くの情報を。


「…………ま、俺なんかがアレコレ考えても仕方ないか。手を握るだけでいいのか?」


「あぁ。それで構わない」


 俺が伸ばした手をハルトさんが握る。

 それと同時に、俺は術理を介して情報を浚った。

 

  ◇

 

 ハルトさんを介して前回の情報を手に入れた俺は、前回と同様ルシラ殿下の呼び出しに応じた。

 外でダウニング商会からノヒタント王国へ渡す支援物資を受け取ったフウカと合流し、ルシラ殿下の元へと向かう。


「失礼いたします」


「おはようございます、オルン。突然呼び出してしまってごめんなさい」


 部屋の中に入ると、俺に気づいた彼女から挨拶が返ってくる。

 俺たちをここまで連れてきたルシラ殿下の側仕えであるイノーラさんが、俺たちに一礼すると即座に退室した。


 前回の彼女は退室することを渋っていたはずだ。

 細かいところで前回と違うところがある。


 幽世でアウグストさんが注意するよう言ってたな。

 確か、バタフライエフェクトだったか?

 俺の言動が既に前回と違うものになっているのだから、前回と全く同じ展開になることはあり得ないんだ。

 前回の情報を過信しすぎるのは危険だと肝に銘じておかないと。


「いえ、私もルシラ殿下と話がしたいと思っていましたので、お声がけ頂けてむしろありがたかったです」


 俺の言葉を聞いて、ルシラ殿下の表情が柔らかくなった。


 逆に隣に居るフウカからは冷たい視線を向けられる。


「王女にデレデレしてたって、シオンに言いつけるよ」


 フウカが口を開くと、視線と同じく冷たい声音が聞こえてきた。


「別にデレデレはしてないだろ。面倒になるからシオンにそんなこと言うなよ?」


「私は浮気の片棒を担ぐつもりはない。あったことをそのまま伝えるだけ」


「浮気って……。全く浮ついてないんだが……」


「つまり、私に本気ということですね! そうですか、ついにオルンも私の魅力に気づいてしまいましたか。オルンの気持ちは嬉しいです。しかしながら私は王族ですので、この場ですぐにお返事することはできないんです。ごめんなさい……」


 俺たちのやり取りにルシラ殿下が乗っかった。

 彼女の目は完全に俺をからかっているそれだ。


「話が余計にややこしくなるので、もう勘弁してください……」


 両手を上げて白旗を振る。


「ふふふっ、悪ノリが過ぎましたね。オルンの雰囲気が昨日までとは全くの別物になっていて驚きました が、本質・・は変わっていないようで安心しました」


 ルシラ殿下はいつと変わらない笑みを浮かべていたが、その笑顔の裏に安堵の色が見えた。


(別物、か。……そうなのかもな)


 ツトライルでの出来事や幽世を経てきた俺のことを別人と感じてしまうのも仕方ないだろう。

 記憶も取り戻しているわけだしな。


 だけど、ルシラ殿下が言った通り、俺の本質は変わっていない。

 俺は俺だ。

 そんなことを考えていると、柔らかい表情をしていたルシラ殿下の表情が、スッと真剣なものに変わった。


「それはそれとして、先ほどフウカの言っていた『シオン』というのは、《アムンツァース》の《白魔》のことで間違いありませんか?」


「…………」


 その問いにどう答えるべきか考えてしまい、部屋に静寂が広がる。


 ……なんで、彼女がシオンのことを知っているんだ?


 犯罪組織として認知されている《アムンツァース》の《白魔》は世間的にも有名だ。

 しかし、《白魔》と呼ばれている女性の名前が『シオン』であると知る者は少ないはずだ。

 これから派手に動く予定だが、俺以外の名前を大々的に公開するつもりはない。


 ノヒタント王国、というよりはルシラ殿下とは協力関係を結びたいと思っているが、彼女に底知れない何かがあるのも事実だ。

 それに、敵には【認識改変】の異能者であるフィリー・カーペンターがいる。

 可能な限り情報は伏せておきたいが……。


「オルン、ルシラは既に色んなことを知ってる。例えば、《アムンツァース》とヒティア公国の関係とか」


 俺の考えを察したのか、フウカが口を開いた。


「…………それはつまり、ルシラ殿下以外のこの国の重鎮たちも知っているということか?」


 俺の問いに、フウカは視線をルシラ殿下の方へと向けた。


「いえ、そこまで踏み込んで知っているのは、私だけです。この国が知っていることは、オルンがこの国の出身者でないことまでです」


「……当然、俺のことは調べられてますよね」


「えぇ。昨年あれだけ活躍されたのですから、国としても探りを入れざるを得ないです。と言っても、調査は難航していますね。何せ、オルンがツトライルにやってくるより以前の情報が皆無・・なのですから」


 まぁ、そうだろうな。

 九歳そこらの子どもが、何の支援もなくヒティア公国からノヒタント王国まで行けるわけがない。

 当時の俺とオリヴァーは、黎明の里からツトライルまで長距離転移・・・・・で移動している。

 調査するにしてもツトライル以前の足取りを辿れないのだから、通常の方法では絶対に俺の足取りを遡ることはできない。 

 そのはずなのに、彼女は答えに辿り着いているというのか?


「そんなことを本人に言ってしまってよろしいのですか?」


「えぇ。オルンとフウカの会話で色々と察していますので。この先、国は、人々は、選択を迫られるのでしょう? 貴方に付くか、それとも教団に付くか」


 ルシラ殿下が真っ直ぐな瞳をこちらに向けてくる。


 ……どこまで視えているんだ? 末恐ろしいな、この人は。


「そうなる可能性が高いかと。ですが、良いのですか? そこまで視えているなら、我々に付く者はゼロに近い・・・・・だろうことも、わかっているのではないですか?」


「……はい。承知していますよ。当然ですが、この選択に私個人の感情は入れていません。正直に言えば打算まみれの選択です。ここで選択をしなければ、私たちは選択するよりも前に、その権利を失いそうなので」


「帝国との戦争ですか」


「そうです。帝国に勝つために手は尽くしています。ですが残念ながら、それでも我が国の勝算が低いのは事実です。……私はどんな手を使ってでも国民を護らないといけません。それが、王族として生まれた私の使命ですから」


 彼女の言葉には重みがあった。

 王族の使命、か。

 彼女は本気で国民のことを第一に考えているんだろうな。

 それは、俺に足りてない・・・・・・・ものかもしれない。


「……ありがたい申し出です。私としてもルシラ殿下の助力を得たいと思っていましたので」


「それはつまり、私たちは両想いだったということですね!」


 直前までの真剣な雰囲気はどこへやら、俺の返答を聞いたルシラ殿下が嬉しそうに微笑みながらそんなことを言ってくる。


 隣でも再びフウカがムッとした表情をしていた。


「いえ、利害の一致です」


 これ以上ルシラ殿下のペースで話を進めるのはマズいと考えてばっさり斬り捨てる。


「むぅ……、そこまで強く否定しなくても……」


 俺の返しが不満だったらしく、ルシラ殿下が頬を膨らませている。

 王族相手に言うわけにはいかないが、彼女は童顔であることも相まって、その表情はすごく子どもっぽく見えた。


 と言っても、ルシラ殿下はセルマさんと同い年なんだよな……。


「失礼しました。……それでは改めまして、これからよろしくお願いいたします」


 そう言いながら手を差し出す。


 ルシラ殿下は俺の伸ばした手を見て、顔を綻ばせながら俺の手を握ってくれた。

 同時にハルトさんの時と同様に、術理にアクセスする。

 術理が記録している情報――時間が巻き戻る前にルシラ殿下が見聞きした情報を浚う。


(ツトライルの襲撃に合わせて《英雄》が王都に襲来、か……)


 幸か不幸か、浚った情報の中には俺が求めていたものがあった。


「……ありがとうございます」


 握っていたルシラ殿下の手を放してから彼女に礼を言う。


「大したことではありませんよ。では、次はハグをしちゃいますかっ?」


 そういう彼女の声は愉しそうに弾んでいた。


「ルシラ殿下のご提案は非常に魅力的ですが、それはまたの機会にしていただければと。今は真面目な話をさせてください」


「……場を和ませようとしたのですが、オルンの表情から察するにあまり良いお話ではなさそうですね」


「はい。端的に言えば、このままでは王国と帝国の戦争が、王国の全面降伏で終わります」


 俺のその言葉に、ルシラ殿下の表情からも笑みが消えた。

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