122.迷宮 -解説編-

 ツトライルを出発してから十日、ここまでは予定以上にスムーズに進めているらしく、明後日の午後には目的地であるレグリフ領の都市ロイルスに到着する予定とのことだ。


 この十日間、寝泊りするときや食事、休憩で外に出ることはあったが、基本的には馬車の中だ。

 そんな生活をこれだけ続けていれば話題が尽きそうなものだが、これまで話すことが無くて変な雰囲気になるといったことは一度もなかった。


 大抵はキャロルが話題を提供して、全員に振っているからこれはキャロルの功績といっても良い。

 よくそんなに次から次へと話題を作り出せるものだと感心する。

 といっても常に話しているわけではなく、俺が読書をしていたり、他の人が自分の作業をしたりしているときはむやみやたらに話したりはしていない。

 そこら辺の気遣いは、他の人以上にできる子だからな。

 できるというよりは、しちゃうと言った方が適切かもしれないが。


 見たところキャロルが無理をしている様子はないけど、彼女には過去のトラウマがある。

 最近は鳴りを潜めているが、トラウマはすぐに解決できるものではない。

 今も自分よりも他人を優先している場面がよくあるから、つまりはそういうことだろう。


「ちょうど良い時間だし、今日の講義を始めようか」


 会話がひと段落したところで、俺は口を開く。

 移動中も全て雑談に充てていたわけではない。

 普段よりも短い時間ではあるが、いつものように講義をしていた。


 クランからは探索者としてだけでなく、パーティやクラン運営といった裏のことも教えてほしいと頼まれている。

 将来クランの中心となることを期待されているこの子たちには、まだまだ覚えてもらうことは多い。


「わーい! ししょーの講義の時間だ~! 今日はどんな内容なの?」


「今日は迷宮についてだな。復習となる部分も多いが、これから迷宮調査をすることになるから、改めて迷宮について説明させてくれ」


 俺の声掛けに三人が頷くのを確認してから講義を始める。


「まずは基礎中の基礎から。迷宮とは大陸各地にある魔獣が出現する地下空間のことだ。迷宮がなぜ存在しているのかは全くわかっていないが、文献では数百年前――おとぎ話の時代に突然各地に現れたと伝えられている。そして、迷宮の中にある地上では得られない資源や魔獣を討伐した際に現れる魔石を求めて迷宮に潜るのが、俺たち探索者だな」


 今の生活に魔導具の存在は必要不可欠だ。

 魔導具の外装には大抵迷宮で得られるものが使用されているし、起動には魔石が必要となる。

 つまり、探索者が居なければ新たな魔導具を作ることができないと言っても過言ではない。

 それ故に民衆は探索者に対して一定の敬意を払っているし、探索者たちも自分たちが人々の生活を支えているという自負を持っている。


「迷宮と大迷宮を一緒くたにしている者もいるが、この二つは別物と考えていい。その理由はわかるか?」


「はいはーい! 階層の数が違う! 大迷宮は百階層だけど、迷宮は深くても三十層でしょ?」


 俺の問いかけにキャロルが答える。


「そうだな。迷宮は深くても三十層が最大といわれている。それよりも深い迷宮は今のところ見つかっていない。大迷宮についても西の大迷宮が百層だったからそう言われているだけで、俺たちが活動している南の大迷宮も百層かどうかは不確定だけどな。それを知るには最下層まで行くしかない。――それ以外にも違いがあるが、わかるか?」


「出現する魔獣に変化がないことでしょうか?」


 次にソフィーが答えた。


「正解だ。迷宮では出現する魔獣は種類こそまちまちだが、一層から最下層まで変化はない。あるとしたら深くなるにつれて出現する数が増えていることだな。対して大迷宮では一定の階層ごとに出現する魔獣が変化する。下層からは環境自体も変わってくるな。――他はどうだ?」


「……フロアボスがいない、ですか?」


 ログが探り探りといった具合に答える。


「そう、それが一番の違いと言っていい。大迷宮には十層ごとに強力な魔獣――フロアボスが居るが、迷宮にはフロアボスが居ない」


「大迷宮の到達階層が、探索者にとっての一種のステータスになっているのもこれが理由ですね」


 ルーナが補足をしてくれた。

 俺はその発言に頷いてから、再び口を開く。


「迷宮を攻略――つまり、迷宮の最奥にある巨大な魔石ダンジョンコアを手に入れたとしても、その迷宮の難易度が客観的にはわかりにくい。だけど大迷宮では次第に現れる魔獣が強くなっていき、一定階層ごとにより強力な魔獣を討伐する必要がある。それらを討伐できるだけの実力があると客観的に証明できるからこそ、到達階層は探索者のステータスになっているんだ。まぁ、あとは『探索者ギルドの許可なく迷宮を攻略してはいけない』というルールがあるのも一因ではあるけどな」


「師匠、質問してもいいですか?」


「勿論、何でも聞いてくれ」


「迷宮の攻略が禁止されているというのは知っています。ですがその理由がわかりません。何故ギルドは迷宮攻略を禁止しているのでしょうか?」


「理由は攻略するデメリットが大きすぎるからだ。迷宮は人気の無い場所に出現することはわかっているが、その仕組みはわかっていない。仮に今ある迷宮が全部無くなったとすると、魔石の供給が追い付かなくなる」


「んー? でも、大迷宮があるじゃん」


「大迷宮は大陸に四つしかない。魔石の量は確保出来るかもしれないが、物理的に距離が離れていれば魔石が届くまでにも時間が掛かるし、魔石不足になる可能性は充分にある。だから、迷宮は探索者ギルドによって管理され、基本的に攻略を禁止されている」


「あの、ギルドの許可なく迷宮を攻略したら探索者資格を剥奪されるって聞いたことがあるんですが、本当なんですか?」


「それは間違いじゃない。その時の状況にもよるけど、ギルドの許可なく攻略した場合は、探索者としての資格を剥奪されると思った方がいい」


「資格を剥奪って重い罰ですね」


「迷宮の存在はそれだけ人の生活に根付いているんだ。三人も迷宮の攻略はしないようにな」


「「「はい」」」


 俺が念のため注意すると、三人は真剣な表情で返答してきた。


「それじゃ、続いて迷宮調査についてだな。詳しくは実際に迷宮に入ってから説明するから、ここでは大まかな概要について話す」


 迷宮についての説明がひと段落着いた俺は、迷宮調査の説明に移った。


「意味は読んで字のごとく、新たに出現した迷宮を調査することだ。内部構造であったり、出現する魔獣であったり、入手できる素材であったりといった迷宮探索時に必要となる情報を収集することが主な内容になる。話を聞いただけではピンと来ないかもしれないが、これはかなり危険な仕事になる。ソフィー、なんでかわかるか?」


「えっと……、事前情報が無いからでしょうか?」


「正解だ。大迷宮の情報は中層までなら一〇〇パーセントの確度で必要な情報が取り揃えられる。それだけの情報が蓄積されているからな。お前たちも先日、大迷宮の三十層を難なく攻略できたが、もしも何の情報も無くぶっつけ本番でやっていたらどうだったと思う?」


「あんなにスムーズには行かなかったと思います。もしかしたら攻略自体できなかったかもしれません……」


「ログの言う通りだ。お前たちの実力なら攻略はできただろうが、時間も体力もかなり消費していただろうな」


「情報って大切なんだねー」


「あぁ、とても大切だ。大迷宮の下層に行けば、情報の確度は徐々に下がっていく。だから情報の精査が必要だし、自分たちの足で情報を集める必要性も出てくる。迷宮調査はその練習に適している。未知の場所では何が起こるのか常にわからない状態だ。その状況でも普段通りに行動できるようになれば、それは今後の大迷宮攻略に必ずプラスに働く」


「迷宮調査は原則としてAランク以上の探索者に依頼が回ってきます。Bランクになったばかりのこのパーティが迷宮調査に携われる機会はほとんどありません。折角のオルンさんのご厚意です。実りのあるものにしましょうね」


「「「はい!!!」」」


  ◇


「……それじゃあ、今日の講義はここまでにしようか」


「え、もうですか?」


 移動中の講義は短い時間とはいえ、いつもはもう少し話す。

 だけど、今日はここまでだ。


「今日はこれでおしまい。三人とも外を見てみな」


 俺が馬車の窓を指差しながら三人に外を見るように促す。


 そのタイミングで馬車が九十度右折し、沿岸路を走る。

 そして俺の指差した窓の向こうの景色が変わり、一面に海が映る。


 キャロルたちが海のことを話題に出していたため、エルヴィスさんの厚意で少し遠回りになるが、沿岸路を通る道を選択してくれた。


 天気は雲一つない快晴。

 太陽の光を反射させている水面はある種の神々しさすらある。


「わぁぁぁ……!! すごい! 青い! 広い!」


 海を見たキャロルが声を上げる。

 ソフィーとログも目を見開きながら「きれい」、「すごい」と感嘆の声を呟く。

 かくいう俺もここまでのものは見たことがなかったため、言葉が失いそうなくらい感動している。


「ハハハ! どうだ? 凄いだろ?」


 馬に乗りながら並走しているエルヴィスさんが自慢気に声を掛けてくる。


「……はい。これは圧巻ですね。この景色を見させていただきありがとうございます」


「良いってことよ!」


 馬車は海と並走しながら、確実に目的地である都市ロイルスとの距離を縮めていく。


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