123.到着

 ようやく目的地であるロイルスへとやってきた。

 約二週間の馬車の生活もこれで終わりだ。


「会話しているところ悪いが、これからのことを簡単に話すから聞いてくれ」


 俺の一声で会話をしていた四人が押し黙り、俺の方を注目する。


「以前にも言ったが、俺たちが今日から寝泊りするのは貴族の屋敷だ。向こうも俺たちが探索者であることは承知しているから、余程のことがない限りは大丈夫だと思うが、与えられた部屋の中以外では気を付けるようにしてくれ」


 四人が俺の言葉を受けて真剣な表情で頷く。


「お前たちも有名になっていけば、スポンサーが付くことになる。その時に慌てなくて済むようにここで練習をしておこう。キャロルも伯爵家の関係者と話すときは敬語を使ってほしい」


「うん、わかった」


 キャロルは誰に対しても敬語を使わないというわけではない。

 敬語で話さないといけない相手には、きちんと敬語が使える。

 だが、本人は敬語を使うのが好きではないようで、使わなくても文句を言われない相手には使っていない。

 初対面でそのラインを見極められているんだから、キャロルの観察眼は恐れ入る。


「それと、ログ」


「はい」


「貴族の相手は俺がすることになるが、お前にも同席してもらう場合もある。パーティリーダーが代表して貴族と話すのが基本だからな。今のうちに体験しておいた方が良いだろ」


「……わかりました」


 俺の指示を聞いたログの緊張感が増した。

 緊張感を和らげるために、俺はログに笑いかける。


「大丈夫。確かに礼儀にうるさい貴族も居るが、大抵の場合は最低限の礼節をわきまえていれば、とやかく言われることはない。クランから新人の頃に目上の者に対する言葉遣いについても教わっているだろ? それができていれば大丈夫だ」


「はい、頑張ります……!」


 そうこう話しているうちに、馬車はロイルスの中でひと際大きな屋敷が建っている敷地へと入っていた。

 そして、屋敷の近くで停車した。


 馬車から降りると、初老の執事と二人のメイドがエルヴィスさんと会話をしていた。


「それでは、俺たちの護衛はここまでですね。この二週間は楽しかったです。帰りも多分俺たちが護衛することになると思うので、その時はまたよろしくお願いしますね」


「こちらこそ、ヘンリーさんたちのおかげで快適な生活が送れました。大変お世話になりました」


 ヘンリーさんに礼を言うと、ログが近づいてくる。


「ヘンリーさん、この二週間ありがとうございました!」


「どういたしまして。もしかしてログ君、緊張してる?」


「う……、はい」


「あはは! 大丈夫だよ。領主様は俺たち平民にも分け隔てなく接してくれる素晴らしい方だから」


 ログとヘンリーさんの会話を眺めていると、執事が近づいて来たためそちらを向く。

 ルーナに声を掛けられたソフィーたちも俺の後ろに控える。


「初めまして。私、エディントン伯爵家に仕えております、名をルイスと申します。遠路はるばるお越しいただき、誠にありがとうございます」


「初めまして。《夜天の銀兎》所属のオルン・ドゥーラと申します。こちらの四人は同クランの《黄昏の月虹》に所属している探索者です。これからお世話になります」


 その後、エルヴィスさんにもこの二週間のお礼を言ってから、ルイスさんの案内で屋敷の中へと入っていく。


 しばらく屋敷の中を歩き、とある部屋の前へとやって来るとルイスさんが口を開いた。


「坊ちゃま、《夜天の銀兎》の方々がお見えになりました」


「………………」


 彼の声はそこそこ大きかったから聞こえなかったってことは無いと思うが、部屋の中から反応は一切なかった。

 「またですか……」とルイスさんが小さく愚痴を一つ零すと、こちらに振り返り、


「大変申し訳ありませんが、少々お待ちください」


 と告げてから一人部屋の中へと入っていく。


 それからよく聞かないと聞き洩らしてしまうくらい小さなドタバタとした音が聞こえてくる。


 それからしばらくして扉が開く。

 ルイスさんが「どうぞお入りください」と告げてくるため、俺たちは部屋の中へと足を進めた。


  ◇


 部屋の中は一般的な応接室の作りをしていた。

 奥には二十歳前後の青年が腰かけていた。

 そこまでは普通だ。

 だが、彼の後ろには腰かけた彼と同じくらいの高さまで積まれた大量の本があった。


「あはは……。後ろの本は気にしないで。ささ、みんな椅子に座って」


 俺が本に視線を向けていると、青年が照れたような笑みを浮かべながら気にするなと言ってくる。

 正直無視するには目立ちすぎるが、触れるわけにもいかないので無視するしかない。


 青年の指示に従って俺は用意されている椅子に座る。

 俺と青年が向かい合うかたちで、《黄昏の月虹》のメンバーは少し離れたところで控えている。


「こほんっ。初めまして、僕の名前はアベル・エディントン。父は今他所に視察に行っていて不在なんだ。そういうことで、今日のところは僕が応対をさせてもらうよ」


「初めまして。《夜天の銀兎》のオルン・ドゥーラと申します。あちらに控えているのは同クラン所属のローガン、ソフィア、キャロライン、ルーナです。お招きいただきまして、大変光栄に存じます。ご依頼いただきました迷宮調査の件は私ども五人で務めさせていただきますので、よろしくお願いいたします」


「うん、よろしくね。君のことはこっちでも噂になっているよ。街で暴れた勇者の行動を治めて、同時に起こった魔獣の氾濫すらも鎮圧したんでしょ? 流石は王国の英雄だね」


「……恐縮です。ただ、先日の事件は私一人の手柄ではありません。多くの者の協力があってこそ成し得た結果です。私の力は微々たるものですよ」


「祖父が言っていた通りの謙虚な人だ。――それじゃあ早速だけど本題に入ろうか」


 そう言いながらアベルさんは複数の紙をひとまとめにした冊子を取り出した。


「既に聞いていると思うけど、三カ月ほど前にここレグリフ領内で突然三つの迷宮が発見された。一つはうちで抱えている探索者に調査を依頼しているんだけど、残りの二つを調査する余力が無くてね。そこで、《夜天の銀兎》に依頼することになったんだ」


 探索者の中には領主お抱えとなっている者が居る。

 彼らはその領地内の迷宮のみを探索するという条件を飲む代わりに、領主からの支援を受けている。


 当然だが、探索者の全員が大迷宮の攻略を目標に掲げているわけではない。

 大迷宮のような危険な場所ではなく、調査が済んでいて勝手知ったる迷宮のみで活動したいと考えている探索者も数多く存在している。

 そんな探索者にとってこの契約は渡りに船だ。


 領主としても自分の領地で活動している探索者は一定数居て欲しいと考えている。

 魔石や素材は他所から買うこともできるが、自分のお抱えの探索者がいればより安定的に魔石を手に入れることができるからな。


 そんな両者の希望を叶えるのが、お抱えの探索者というものだ。


「畏まりました。精一杯務めさせていただきます。それで、調査の内容は……」


「うん、長期間拘束してしまって悪いんだけど、全部をお願いしたい」


「承知いたしました。我々が調査する迷宮はここから近いのですか?」


「うん。この街を出てから東に二十分ほど歩いたところにある。あ、でも、調査期間中は馬車を用意するから移動は馬車を使ってもらって構わない。――それで、これが昨日までの調査内容だよ。これは筆写だから君の自由に使ってもらって構わない」


 アベルさんがそう言いながら先ほど、取り出した冊子を俺に渡してくる。


「ありがとうございます。拝見しても良いですか?」


「うん、いいよ」


 アベルさんの許可を取ってから紙をパラパラとめくる。

 最後まで目を通してから、傍に来たルーナに手渡した。


 ルーナが元の場所に戻ってから紙に視線を落とすと、ソフィーたちもそちらに視線を移した。


「非常に上手くまとめられていて読みやすかったです。活用させていただきます。ありがとうございます」


「もしかして、君も速読ができるの?」


 アベルさんが興奮したような口調で質問してくる。

 君『も』ということは、彼も速読ができるということだろう。


「はい」


「ねぇ、今の紙の捲り方とかすごく様になってたけど、普段から読書してるの!?」


「え、えぇ。本を読むのは好きなので」


「こんなところで本好きの仲間に会えるなんて! ねぇ! 歴史には詳しい!?」


 天井知らずにどんどんテンションを上げていくアベルさん。

 貴族の息子相手だから無碍にできないが、このテンションの人間の相手は、疲れるからしたくないんだが。


「ど、どうでしょうか。私は雑食で色々な書物に目を通していますので……」


「だったら――」

「坊ちゃま」


 なおも口を開こうとしたアベルさんに対して傍に控えていたルイスさんが口を挟む。


「……ごめん、みっともないところを見せた」


 ルイスさんの一言でテンションが元の状態に戻った。

 さっき部屋に来た時にルイスさんの呼びかけに答えなかった理由もわかった気がする。


「いえ、気にしてませんので。それで、話を戻させていただいても?」


「うん、大丈夫。でもその前に、後で僕と話す時間を設けてもらってもいいかな?」


「畏まりました。それでは今は今後のことをお話ししましょう」


「うん、そうだね」


 それからは、終始落ち着いた雰囲気で話をすることができた。




「内容はざっとこんな感じかな。あとは、迷宮調査の期間中の衣食住は当家で提供するよ。生活していく上での不満点があったら遠慮なくいってね。可能な限り要望には応じるつもりだから」


「何から何まで、誠にありがとうございます」


「それくらいはこちらの務めだからね。迷宮にはいつから潜るつもり?」


「本格的な調査は明日から行います。本日は私一人で迷宮を軽く探索してみるつもりです」


「帰りは遅くなるのかな?」


「……いえ、本当に軽くですので。ざっと雰囲気を確認したら帰ってくるつもりです」


「うん、わかった。夜には父が帰ってくる予定だから、帰ってきたら紹介するよ」


「はい。よろしくお願いいたします。」


「ルイス、馬車の用意と他の人たちの部屋への案内頼める?」


「畏まりました。――それでは皆様、お部屋へ案内させていただきます」


  ◇


 ルイスさんに案内されたのは客室が集中している区画だった。

 どうやら俺たち各人に一部屋手配されているらしい。

 今は俺に割り振られた部屋に俺たち五人とルイスさんが居る。


「部屋は皆様のご自由にお使いください。――それではオルン様、私どもは馬車を用意して参りますので、準備が整いましたら、正面玄関までお越しくださいませ」


 ルイスさんはそう言ってから深く礼をすると、部屋の外へと出て行った。


「ふぅ、緊張した……」


 この場に居るものが俺たちだけになったところで、息を吐き出しながらログが呟く。


「お疲れ。貴族を相手にするときの緊張は無くならないからな。慣れるしかない」


「ししょーも緊張してたの? そんな感じには全然見えなかったよ」


「貴族の相手は結構な数こなしているから。緊張感と上手く折り合いが付けられるようになっているだけだ」


「僕は慣れる気がしません」


「最初はそんなもんだ。自分を卑下しすぎるな」


 そうログに告げながら、ログの頭を撫でる。


 すると、キャロルが「あー、ずるい!」と言ってきたので、苦笑しながらキャロルとソフィーの頭も撫でる。


「それじゃ、さっきも言ったが、明日からお前たちにも迷宮に潜ってもらう。今日は好きに過ごしてもらって構わない。旅の疲れを癒しておけよ。俺は少し迷宮に行ってくる」


 俺の言葉に弟子たち三人から「わかりました」「はーい!」「はい」と返事が返ってくる。


「オルンさん、私も同行しましょうか?」


「いや、俺一人で大丈夫。ルーナには何かあった時にこの子たちのフォローができるようにここに残ってほしい。大丈夫だとは思うが、ここは貴族邸だから、念のために、な」


「そうですね。わかりました」


「よろしくね」


 そう告げてから、俺はルイスさんが用意している馬車に乗り込みこれから調査する迷宮へとやってきた。


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