205.【side黄昏の月虹】迷宮攻略① 再会

 

  ◇ ◇ ◇

 

 ダルアーネから北に進んだところに突如出現した迷宮の入り口付近までやってきた《黄昏の月虹》が、迷宮への侵入のタイミングを見計らっていると、ダルアーネの方角から轟音とともに大量の爆発が起こり、その後に現れた竜巻が爆風ごと魔獣を巻き上げていた。


「おぉ! 大爆発だ~!」


 そんな光景を見て、キャロラインがいつも通りの高いテンションで感動の声を上げる。


「あれ、師匠の魔術? 本当に僕たちの師匠はどこまで遠いんだろう。頑張って追いかけているのに、全然追いつけないや」


 対してローガンは、口でこそ後ろ向きなことを発言しているが、その表情は嬉しそうな、それでいて好戦的なものを浮かべていた。


「上級以上の攻撃魔術が発動できない体質は克服したと聞いていましたが、それにしたって、魔術士の系譜であるはずの私にもできないことを、剣士であるはずのオルンさんにやられると、立場が無くなっちゃいますよ、全く」


 ローガンの言葉に同意するように、ルーナが可笑しそうな表情で笑っている。


 三人がオルンの魔術に目を奪われていた時、ソフィアは周囲の魔獣の状況を確認して、迷宮に侵入するタイミングを計っていた。


「ログ、魔獣の排出が落ち着いたみたい。迷宮に入るなら今だと思う」


「わかった。それじゃあ、入る前に師匠へ念話をお願いしてもいいか?」


 ソフィアの声を聞いて思考を切り替えたローガンが、即座にソフィアに指示を出すとともに、全員分のバフの術式構築を始める。


「うん、任せて!」


 ここに居る四人も全員セルマの【精神感応】の影響下に入っているため、誰でも念話を飛ばすことが可能だが、常日頃からセルマと念話をしていて一番慣れているソフィアが、念話でオルンに報告を入れることになっている。


『オルンさん、迷宮に到着しました! これから攻略を始めます!』


 ソフィアが即座にオルンに念話を飛ばすと、彼からの反応が帰って来た。


『あぁ。わかった。お前たちの健闘を祈っている。お前たちなら迷宮を攻略できるよ。地上のことは気にせず、攻略に全力で当たってくれ!』


 その言葉はオルンからの信頼の籠ったものだった。

 オルンが、自分たちの師匠が自分たちを信じてくれていると実感したローガンたちは、不安の一切ない表情で迷宮へと足を踏み入れた。


『はい! 行ってきます!』


 セルマの【精神感応】は迷宮という別の空間に入ると、念話が切れてしまう。

 念話が切れる直前、ソフィアの勇ましい声が、【精神感応】の影響下にある全員の脳内に響いた。

 

  ◇

 

「……これは、丘陵?」


 ローガンが周りを見渡しながら声を漏らす。


 《黄昏の月虹》が足を踏み入れた迷宮は、大迷宮の下層のような開放的な空間となっていた。

 なだらかな起伏や広い間隔で生えている木々は、閉塞感を覚えることは無いが、見晴らしは良くない。


「開放的な迷宮は面倒ですね。次の階層へと繋がっている道を探すのが一苦労です」


 ルーナも苦い表情をしている。

 開放的な迷宮は探索であれば喜ばしいものだが、短時間での攻略を主眼に置いた場合、進むべき道が無数にあるため一番避けたいものであった。


「これは、地道にマッピングしながら進むしかないね。まずはここを離れよう、ログ。入り口付近ここに居たらたくさんの魔獣と戦うことになっちゃう」


「そうだな。まずは適当に進むか」


 ソフィアの提案を受けて、ローガンはまずは入り口付近から離れて、マッピングをしながら進むことに決めた。

 ローガンが勘で決めた方向へと進み、ソフィアとルーナがそれに付いていく。

 しかし、キャロラインはボーっと周りを見ていて、


「キャロル? どうした? まずはここを離れるぞ」


 それに気づいたローガンが彼女に声を掛ける。


「んー、ちょっと待って、ログ」


 ローガンの声を応答するも、キャロラインはローガンの方へは向かわずに、ぶつぶつと呟きながら自分の世界に入る。


「開放型の迷宮、見晴らしがあまりよくない地形、どっちもあの人・・・が好んでいたやつだ。――だとしたら……」


 何かに思い至ったキャロラインが、ログが進んだ方向とは別の方向へと歩き始めた。


「おい、どうしたんだよ、キャロル!」


「ちょっと試したいことがあるの。少しだけあたしに時間をちょーだい」


 キャロラインの行動に戸惑うローガンたちに、彼女は断りを入れてなおも歩き続ける。

 三人は不審に思いながらも、そんなキャロラインについていく。


 そんな彼女は入り口から五十メートルほど進んだところで止まると、「うん。多分ここだ!」と満足げな声を上げる。

 それから付いてきていた三人の方へと顔を向けると、再び口を開いた。


「誰か、魔石持ってない?」


「う、うん。持ってるよ。これでいい?」


 ソフィアが頭にはてなマークを浮かべながらも、収納魔導具から小さな魔石を取り出すと、それをキャロラインに手渡した。


「ありがと、ソフィー!」


「それで、何をするつもりなんだ?」


 未だにキャロラインが何をしているのかわからないローガンが、キャロラインに改めて問いかける。


「あたし、この迷宮を知ってるんだ」


「えっ!?」


「あ、正確には、この迷宮に似たものをだけどね。この迷宮は《博士》が好んで創っていたものに近いの。それで、もし、この迷宮を《博士》が創っていたとしたら――」


 そう話しながら、キャロラインはソフィアから受け取った魔石を手で遊ばせていると、突然彼女の足元に魔法陣が浮かび始めた。


「これは……!」


「やっぱり。この魔法陣はこの迷宮の最奥に転移できるヤツだよ。それで、これが使えるってことは、最奥には間違いなく《博士》が居る」


 普段のキャロラインからは想像がつかないほど神妙な表情で語る彼女からは、確信を持って言っていることが伝わってくる。


「《博士》というと、《シクラメン教団》の幹部の一人ですよね?」


 ローガンとソフィアが息を飲んでいたため声を出すことができなかったが、二人よりも修羅場を乗り越えてきているルーナは、戸惑った態度を表に出すことなくキャロラインに問いかける。


「そーだよ。【シクラメン教団:第五席】《博士》オズウェル・マクラウド、あたしたち姉弟を誘拐して、あたしたちを使って人体実験をしていた人だよ」


 キャロラインは過去の経験を思い出しているのか、膝が震えている。

 それでも、以前兄姉と再開した時のような狼狽は無く、瞳には未だ強い意志が宿っていた。


「あの人自体は大して強くない。あたしでも多分拘束することができる。でも、いろんな魔獣を従えているから、そう簡単にはいかない。それに、あたしが知ってるあの人は、以前のあの人だから。今はどうなっているのかわからない。何をしてくるかわからない人だから、引き返すのも一つの手段だと思う」


 自分の恐怖心を押し殺して、自分の知っている情報を三人に話すキャロライン。

 そんな姿を見て、三人の答えは共通していた。


「キャロルは、どうしたいんだ?」


 代表してローガンが問いかける。


 その問いを受けて、キャロラインは大きく深呼吸をすると、真っ直ぐな瞳を三人に向けて口を開く。


「あたしは……、――もう逃げたくない。これは巡り合わせだと思うから。ソフィーも逃げないで過去に立ち向かったんだもん。あたしだってこれ以上過去から目を逸らさないで、決着を付けたい!」


 キャロラインの覚悟を聞いた三人はする。


「わかった! 僕たちも協力するよ! 教団の幹部だか何だか知らないけど、そんなヤツぶっ飛ばしてやろうぜ!」


「あたしもキャロルと一緒に戦うよ!」


「サポートは任せてください。キャロルはキャロルの思うままに動いてくださいね」


「うん、ありがとー、みんな。……よーし! 《博士》をぶっ飛ばすぞー!! そんでもって――」

 

  ◇

 

 《黄昏の月虹》が侵入した迷宮の最奥、その地面から突然魔法陣が浮かび上がる。


「転移陣が起動している!? どういうこと!?」


 それを見たルエリアが驚きの声を上げる。

 隣に居るフレデリックも、怪訝そうに魔法陣を見つめている。


 入り口から最奥まで転移できる魔法陣の存在を知っている者はほとんど居ない。

 《博士》以外の教団幹部ですら、彼の創った迷宮にそんな仕掛けがあることを知らない。

 知っているのは《博士》本人と、彼の実験対象であった人間だけだ。

 しかし、その実験対象となっている人間も、既にルエリアとフレデリック以外処分されている。


 その三人が最奥に集まっているのだから、魔法陣が勝手に起動することは無く、《博士》自身も少々驚いていたが、直後転移してきた人たちを見て彼は納得した。


「俺の教えを覚えていてくれて嬉しいなぁ、キャロライン。――ようこそ、《黄昏の月虹》の諸君」


 最奥に場違いな王座のような大きな椅子に腰かけて、周囲にいくつもの魔法陣を浮かべている《博士》――オズウェル・マクラウドが、最奥に転移してきた《黄昏の月虹》に歓迎の言葉を投げる。


「《博士》! それに、ルエラお姉ちゃんとフレッドお兄ちゃん……」


 オズウェルだけでなく、兄姉であるルエラルエリアフレッドフレデリックまで居ることに、戸惑いを見せるキャロライン。


「久しぶりだなぁ、キャロライン。そんなにデカくなったんだなぁ」


「――っ! 親面するな! お前なんかにそんなこと言われても嬉しくない!」


 オズウェルの言葉に不愉快そうに顔を顰めたキャロラインが声を荒らげる。


「おいおい、両親が居なくなったお前を世話していたのは俺だろぉ? 親みたいなものじゃないか」


「お前が、お母さんとお父さんを殺したんじゃないか! それなのに……、それなのに、何でそんなことが言えるんだよ!」


 キャロラインの心の中はぐちゃぐちゃになっていた。

 本能に刻まれているオズウェルへの恐怖心、オズウェルと決着を付けたいという覚悟、両親を殺した張本人のふざけた発言。


 普段声を荒らげることも、負の感情を前面に出すこともない彼女が怒りの感情で自身を奮い立たせている。


「あはは! 確かにお前の両親は殺したが、それでも、俺がお前を世話していた事実は変わらないだろ?」


「何なんだよ、コイツ……! 本当に人間かよ」


 キャロラインの怒りなんてどこ吹く風といった態度に、ローガンが恐怖を覚えた。

 ソフィアとルーナも不快な表情を隠すことなく、オズウェルを睨みつける。


「――《博士》、侵入者は殺して構わないのよね?」


 更にオズウェルが口を開こうとしたところで、それを遮るようにルエリアがオズウェルに問いかける。


「あー……、そうだねぇ。キャロラインも用済みだから、ソフィア・クローデル以外は全員殺していいよ」


「……え? 私……?」


 いきなりオズウェルから名前が挙がったソフィアが戸惑いの声を漏らす。


「どういうこと!? ソフィーに――っ!?」


 オズウェルの発言の真意を問いただそうと、キャロラインが声を上げようとしたところに、フレデリックのバフを受けたルエリアが、一瞬で距離を詰めてきて、キャロラインに肉薄していた。


 そのままルエリアは、自身の身長にも迫る長さの長剣を振るう。


 キャロラインはルエリアの攻撃に咄嗟に反応して、二振りの漆黒の短剣をクロスしてルエリアの剣を受ける。


 しかし、バフに加えて遠心力まで乗せている剣撃は受け止めることができず、キャロラインはそのまま後方へ吹き飛ばされる。


「キャロル!? このっ!」


 キャロラインにワンテンポ遅れて反応したローガンが、槍を振るう。


 ルエリアはそれを難なく自身の剣で受け止める。


 動きが止まった瞬間を逃さず、ローガンが異能を使って、彼女から伸びる影を実体化させて、ツタのようなもので拘束を試みる。


「それは見たことあるわ」


 下から伸びる黒いツタを見下ろして、ルエリアがつまらなそうに声を漏らすと、その直後、彼女が発動した【閃光フラッシュ】が影を消し去る。


「――がっ!?」


 【閃光フラッシュ】が目くらましにもなり、ルエリアの蹴りがローガンの腹部を捉える。


 ローガンが蹴り飛ばされることになったが、彼が作った時間は、残り二人の術式構築を完了させるには十分だった。


 ルエリアを挟むようにして、左右からソフィアとルーナが攻撃魔術を発動させようとしていると、それよりも先にフレデリックの魔術が発動した。


 ソフィアとルーナに雷の矢が降り注ぎ、二人は回避せざるを得なかった。


 その間に、ルエリアは長剣を巧みに操って、キャロラインへ複数の斬撃を飛ばす。


 吹き飛ばされていたキャロラインは受け身を取ってから、ルエリアの斬撃を何とか躱す。


 そのままルエリアが再びキャロラインへと肉薄すると剣を振るう。

 そして二人は、先ほどルエリアが飛ばした斬撃によって空けられていた、人が通れそうなくらいの大きさの穴の中へ入ったことで、ローガンたちの視界から消えた。

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