247.望む未来
◇
ルエリアとフレデリックには客室で待ってもらって、俺とシオン、フウカ、テルシェさん、ハルトさんの五人でクリストファーさんの執務室へと向かう。
ルエリアたちが騒ぎを起こすとは思っていないが、念のため【鳥瞰視覚】で逐一状況を確認しているためトラブルが起こることは無いだろう。
テルシェさんの案内に従って部屋に入ると、前回と同様
前回と違う点があるとすれば、俺を見た彼が驚きの表情をしていることだろうか。
「目を覚ましたシオンがやってくるとは聞いていたが、まさか君たちまで来るとはね」
「突然押しかけてしまいすみません、クリストファーさん」
「……いや、君のためならいくらでも時間を作るよ、オルン」
未だ動揺しているだろうに、クリストファーさんが俺に向ける視線は、年の離れた弟を慈しむような慈愛に満ちた優しいものだった。
それは懐かしいと思うと同時に心地よくも感じる。
俺が小さい頃に彼に遊んでもらった時の思い出が蘇ってくる。
「ありがとうございます。貴方とは色々と話したいことはありますが、そのためにも最初に、俺は記憶を取り戻しました」
俺がそう告げると、クリストファーさんは顔の前で組んだ手に頭を置きながら、何かを考えるように目を閉じていた。
しかしそうしていたのは一瞬で、彼は俺に優しげな表情で微笑んだ。
「……君を見た時から何となくそんな気がしていた。記憶を取り戻したなら、俺のことは『クリストファーさん』なんて他人行儀な呼び方じゃないで、昔のように『クリス兄さん』と呼んでくれて構わないんだけど?」
彼は父さんに師事していた魔導具師だ。
俺が黎明の里で暮らしていた頃、彼は何度も父さんの元に訪れていた。
そのついでに俺とも遊んでくれていて、俺は彼を本当の兄のように慕っていた。
だけど……。
「……いえ、子どもの頃は『クリス』と呼び捨てで呼んでいたはずです。変な捏造はしないでください」
そう。俺は彼のことを『クリス』と呼んでいた。
彼は頑なに『クリス兄さん』と呼ぶように頼んできていたが、俺はそれを無視して『クリス』と呼んでいた。
そう呼んだ時の『仕方ないなぁ』と苦笑する彼の表情が好きだったから。
「はははっ! そうだったね。……そうか、本当に記憶が戻ったんだな。良かった、本当に……」
俺が記憶を取り戻したことを実感したのか、クリストファーさんは目を潤ませながら噛み締めるように呟いていた。
「貴方さえ良ければ、昔のように接しても?」
俺から彼に歩み寄ると、彼は嬉しそうに微笑んだ。
「勿論さ。何なら、これからは『クリス兄さん』と呼んでくれて構わないよ?」
「いや、従来通り『クリス』で」
バッサリと拒否すると、彼は俺が好きだった苦笑を浮かべた。
そんな感じで懐かしいやり取りをしていると、シオンが前に出てきた。
「懐かしんでいるところ悪いんだけどさ、私はクリスに怒ってるんだよね」
「なんだ? オルンを取られたからか?」
クリスがシオンをからかうようなことを言う。
それにシオンはムッとしながらも首を横に振った。
「そんなことじゃない。クリスは私にたくさん隠し事をしてるよね? 例えば、カヴァデール・エヴァンスのこととか」
カヴァデール・エヴァンス。
俺の祖父にして、数十年前に起こった北域戦争で魔導具発展に大きく貢献し、『魔導具の技術水準を百年は引き上げた』と言われている伝説の魔導具師だ。
世間では、彼は約十年前に自死したとされている。
だけど、実際は生きていてツトライルで雑貨屋を営みながら俺を見守ってくれていた。
「カヴァデール・エヴァンス……? 十年前に亡くなった魔導具師のことだろ? 別に何も隠してないが?」
クリスは問いただそうとしているシオンを前にきょとんとしていた。
彼だけでなく、ハルトさんとテルシェさんも同じような反応だ。
フウカだけが相変わらず我関せずと言わんばかりの態度をしている。
「……?」
シオンも彼らの想定外の反応だったのか、首をかしげる。
「シオン、彼らは本当にじいちゃん――カヴァデール・エヴァンスのことを、俺たちが表向きだと思っている内容以上のことは知らないと思うぞ」
「……どういうこと?」
「ここは、じいちゃんの存在と引き換えに時間が巻き戻った後の世界だ。言い換えるなら、『じいちゃんが十年前に死んだ世界』だ」
俺はじいちゃんが自分の死を偽っていた理由が、周りの人間関係をリセットするためだと思っていた。
だけど、それは違うと今ならわかる。
じいちゃんは十年前の時点で前回の展開を予見して、今回の時間軸におけるじいちゃんの扱いが『十年前に死亡したもの』とさせていたのだと。
おそらく、ここ十年でじいちゃんが関わってきたものは、その事実自体が無かったものにされているか、別のモノに置き換わっているはずだ。
そんなことを考えながら左手首に着けている収納魔導具に視線を落とす。
これは元々、俺が探索者になってしばらくした頃にじいちゃんが作ってくれた特別製のものだ。
形こそ同じものだが、恐らく封入されている術式は他の収納魔導具と同じものだろう。
他の収納魔導具よりも多く収納できるようにもなっていないだろうし、魔力を収納することもできない。
じいちゃんが作ってくれた収納魔導具の術式は覚えているから、今の俺なら再現することができるのが不幸中の幸いかな。
「そっか。そういうことになるんだ」
俺の説明にシオンは納得した。だけど、反対にクリスたちには疑問が生まれている。
「オルンの口から色々と興味深い単語が出てきたが、聞いてもいいか?」
代表してクリスが疑問を口にした。
「勿論。それを伝えるためにここに来たんだから」
それから俺は、時間が巻き戻る前に起こった出来事を語った。
《シクラメン教団》が俺の心を壊すために、ツトライルを襲撃したこと。
教団の凶行をじいちゃんが利用して、世界の時間を巻き戻す計画を立てたこと。
その計画には、クリスやハルトさんたちも乗っていたこと。
結果、俺は記憶と異能を取り戻したこと。
「……それはつまり、俺たちはツトライルの住民が教団に虐殺されることを許容したということか……? ははは……。まさしく世間の評価通り犯罪組織だな……」
俺の話を聞いたクリスが自嘲気味に力なく笑う。
「この一連の出来事に思うところが無いわけではない。でも、あれが無ければ今は無いし、ベリアの……いや、
「オルンは強いな。それで、君の目的は? 《シクラメン教団》を倒すことか?」
「それは通過点に過ぎないよ、クリス。俺はこの世界をぶっ壊す。そんでもって、この世界の人たちを外の世界に連れ出す。これが俺の目的だ」
混沌に陥っていたおとぎ話の時代末期。
アウグストさんを筆頭とした人たちは、邪神を封印することで辛勝した。
しかし、邪神との壮絶な戦いは、世界を蝕み、大半の人間にとって生きていくのが困難な環境になってしまった。
人類の絶滅も時間の問題となった頃、アウグストさんが新たな世界――術理の世界――を創り、人々はそこに逃げ込むことで絶滅を逃れることができた。
そして彼らは、いつか自分たちの故郷である外の世界に帰ること望んでいた。
しかし、永い時間の中で、その望みはいつの日か忘れ去られてしまっている。
「それが今の君の目的か。……一つ質問させてくれ。この世界は数百年という時間によって発展した。加えて《シクラメン教団》の暗躍も相まって、外の世界に帰りたいと思う人間はおろか、外の世界の存在すら忘れ去られている。誰もそんなことは望んでいないかもしれないぞ?」
「それは分かっている。だけど、俺はやるつもりだ。この世界のためだとか、昔の人たちの夢だとか、大義名分を持ち出しはしたけど、詰まるところは俺が外の世界に行きたいんだ。だから、俺は俺のために障害を全部取っ払って、外の世界に行く」
「その障害となるこの世界を壊す、か。…………そうか、遂にこの時が来たんだな」
クリスが呟く。
その声には、多種多様な感情が絡み合っていて、単純な言葉では言い尽くせない深い感情が宿っているように感じた。
《アムンツァース》。
それは、《シクラメン教団》と並んで強大な犯罪組織として認知されている組織だ。
その最大の理由は、大迷宮の攻略を良しとせず、長年に渡って探索者を殺めてきたためだ。
大迷宮は邪神の封印装置であるとともに、この世界を成立させるために必要不可欠なモノとなる。
全ての大迷宮が攻略されれば、この世界は維持できなくなってしまって外の世界に飲み込まれてしまう。
それは、人が生きていけない世界になるということ。
その先に待っているのは、当然人類の絶滅だ。
だが、《シクラメン教団》によって人々の認識ごと歴史が歪められた今、その真実を知る者はほとんどいない。
邪神は既に討伐されたことになっているし、大迷宮が世界を維持する役割を担っていると主張しても笑い飛ばされるだけだった。
そもそもとして、人の
それが誰一人として成し得たことの無い大迷宮の攻略となれば、それに挑みたいと思う人が現れるのも当然なのかもしれない。
かくいう俺も大迷宮の攻略という魔力に魅せられた者の一人だったからな。
探索者である彼らの気持ちもよくわかる。
結果的に《アムンツァース》の主張を聞き入れた探索者はほとんどおらず、《アムンツァース》は実力行使に走った。
「…………今日のために我々はこの手を血に染め続けてきた。ようやくそれには意味があったと言うことできるのか……」
クリスが自分の手に視線を落としながら声を漏らす。
俺の隣に居るシオンを複雑な表情で目を伏せていた。
「《アムンツァース》のやってきたことが正しかったのか、意味があったことなのか、それは俺にはわからない。だけど――」
彼らが探索者を殺めてでも大迷宮の攻略を妨害していたのは、前述のとおり世界を守るためだった。
この世界に生きる大多数の人を守るために、探索者という少数を切り続けてきたことになる。
大を救うために小を犠牲にする。
それは長い歴史の中で幾度も取られてきた生存戦略の一つだ。
これが正しいことだったのか、ほとんど身内である俺には判断できない。
一番公平に判断できるのは、今が過去になった未来を生きる人たちだろう。
先の未来で《アムンツァース》が人々を殺しまくった殺戮者として罵られるのか、人類を救った救世主として称えられるのか、それは分からない。
結果がどうなるのか分からない以上、自分が正しいと信じた道を進むしかない。
「……今後、俺も対立した相手との命のやり取りが避けられない場面もあるかもしれない。それでも、俺が目指しているのは、所謂ハッピーエンドってやつだ。これはかなり厳しい縛りだとわかってる。それでも、クリスたちもこの条件下で俺に協力して欲しいと思っている」
「オルン……」
苦しそうな表情でシオンが俺の名前を呟く。
シオンも《アムンツァース》の一員として、多くの探索者を殺めてきた。
《白魔》なんて異名も付いていることから、彼女の存在感は《アムンツァース》の中でも強烈だったんだろう。
シオンの表情からも、彼女がたくさんの罪の意識を抱えているのが分かる。
彼女は幽世で、罪悪感に苛まれていた俺を肯定してくれた。
俺を救ってくれた。
だから俺も彼女に手を差し伸べたいと思っている。
そんなことを考えていると、クリスが純粋な笑みを浮かべながら口を開いた。
「わかった。殺しをせずに、成し遂げることが出来るならそれに越したことはない。《アムンツァース》自体、《おとぎ話の勇者》と共に『外の世界に帰られる方法を見つける』ためにと結成された組織だ。オルンが彼の意志を継いだというのなら、我々が協力を断る理由は無い。俺個人としても
「ありがとう。心強いよ」
こうして俺は《アムンツァース》の協力を得ることができた。
まぁ、元鞘に収まっただけと言えば、それまでだけど。
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