246.出迎え

 

  ◇ ◇ ◇

 

 世界の時間が巻き戻っている間、【時間遡行】の異能を持っている私――シオン・ナスタチウム――と、【森羅万象】によって【時間遡行】を行使できるオルンは、術理の世界とも外の世界とも違う時空間である幽世で永いようであっという間の時間を一緒に過ごした。

 まぁ、過ごした時間の大半はアウグストさんとの修練に充てたわけだけど……。


 嬉しいことに、オルンは最後に自身の記憶を取り戻した。

 すごく幸せな時間だった。

 失って、もう元には戻らないと思っていたオルンとの絆を取り戻すことができた。


 


 幽世から戻ってきた私の視界に見慣れた天井が映った。


「…………ダウニング商会の自室、か。――って、身体が起こせない……」


 起き上がろうとしたけど、身体がベッドにくっ付いてしまったかのように身体を起こすことができなかった。


 私は今年の初めに《シクラメン教団》が作り出した魔人であるドゥエとの戦いの中で魔の理に至り、それからずっと眠りに就いていた。

 数か月もの期間眠り続けていたためか、身体の筋力が衰えてしまっているようだ。


 身体が言うことを聞いてくれずにどうしようかと考えていると、部屋の扉がゆっくりと開かれる。

 続いていつも通りの侍女服を身に着けているテルシェが部屋の中に入ってきた。


「――――シオン、様……?」


 私と目が合ったテルシェは、目を大きく見開きながら私の名前を呟く。


「おはよ、テルシェ。ごめん、寝すぎちゃったみたい」


「……それだけ夢見が良かったということでしょう。……おはようございます、シオン様」


 瞳に涙を溜めたテルシェが、私の手をぎゅっと握りながら笑いかけてくる。

  彼女のその行動だけで、どれだけ心配をかけてしまったのかがわかってしまう。

 テルシェには申し訳ないことをしちゃったな。


「うん。すごく幸せな夢だったよ」


 夢とは少し違う気もするけど、幽世でオルンと一緒に過ごすことができた。

 あれは私にとって夢のような時間だった。


「それはよろしゅうございました。しかし、数か月も眠られていましたので、筋力はかなり衰えてしまっているはずです。しばらくは安静にいたしましょう。身の回りの世話は引き続き私にお任せください」


「さっき起き上がれなくて、それを痛感していたところ。だけど、ごめんね。寝たままでいるわけにはいかないんだ」


「……畏まりました。ですが、無理だけはなさらないでくださいませ」


「ありがとう、テルシェ。ひとまず氣を活性化させれば、日常生活くらいはできるかな?」


 本当はダメだと言いたいはずなのに、テルシェはそれを押し殺して私の意思を尊重してくれた。

 そんな彼女に感謝の言葉を述べながら、体内に氣を巡らせる。


 ……よし、これなら問題なく身体を動かすことができる。

 この状態を常に維持するのは大変だから、早いところリハビリをしたいところだけど、今はオルンを出迎えに行かなくちゃ!


 


 立ち上がることができた私は、着替えを済ませると、簡単に食事を摂った。

 それからテルシェと一緒に転移陣が描かれている部屋へと向かう。


 私とオルンは、幽世でただ楽しく無為な時間を過ごしていたわけじゃない。

 ここに戻ってきてからの動きについても、事前に話し合っている。


 戻ってくる時期がいつなのかわからなかったから事細かに詰められているわけじゃないけど、【森羅万象】を使いこなせるようになって、アウグストさんから術理の全てを教えられたオルンなら即席で長距離転移の魔法陣を作り出すことが可能だ。

 そこで私たちは、ダウニング商会本店の転移陣があるこの部屋を合流場所に設定していた。


 オルンがやってくるのを待っている間に、テルシェから私が眠っていた間の出来事を聞いたり、反対に幽世で経験したことを彼女に伝えたりしていると、時間はあっという間に過ぎていった。


「……つまり、これからキョクトウの奪還に向かうということでしょうか?」


 私の話を聞き終えたテルシェが問いかけてくる。


「うん。その前にオルンはやりたいことがあるって言ってたから、それが終わってからになるけどね」


「畏まりました。《アムンツァース》の実働部隊へは私から連絡を入れておきます」


「そうしてくれると助かるよ。まぁ、まずはオルンの考えている壮大な計画を聞いてからだね。幽世で最終目的は聞いているけど、そこに至るまでの方法までは聞けていないから。――っと、そうだ。クリスは今日一日本店に居るんだよね?」


「はい。シオン様がお食事をされている間に、商会長にシオン様が目を覚まされたことを伝えるついでに確認を取ってきました。本日は一日事務作業に没頭する予定とのことでしたので、後ほどシオン様のために予定を空けておくよう伝えてあります」


「流石テルシェ、仕事が早くて助かるよ」


「勿体なきお言葉でございます」


 テルシェとそんな会話をしていると、部屋の床に描かれている魔法陣が光り始めた。


 魔法陣に立つように五人のシルエットが浮かび上がる。


 そして、オルンたちが姿を現す。

 オルンと目が合うと、彼が笑いかけてきた。


 堪らず私はオルンへと駆ける。


「オルンっ!! おかえ、り!?」


 嬉しさのあまり氣の操作を誤った私は、バランスを崩して盛大に転びそうになってしまった。

 

  ◇ ◇ ◇


 シオンが満面の笑みを浮かべながらこちらに駆け寄ってくる。


「オルンっ!! おかえ、り!?」


 自然と自分の頬が緩んでいることを自覚していると、シオンは突然足元がもつれたかのようにバランスを崩した。


「シオンっ ! ……大丈夫か?」


 咄嗟にシオンを抱き寄せて受け止める。


「あ、あはは……。格好付かないね……。受け止めてくれてありがと……」


 シオンが頬を赤く染めながら恥ずかしそうに視線を逸らす。

 ひとまずケガが無さそうなことを確認して、シオンから離れる。


「本当に目を覚ましてたんだ。でも、はしゃいで転びそうになるなんて、シオン、寝過ぎて子どもに戻ったの?」


 一部始終を見ていたフウカが呟く。

 ここに来る前にみんなにシオンが目を覚ましている可能性が高いことは伝えていたが、フウカは半信半疑だったようだ。


 その後ろでは、ハルトさんが肩を揺らしながら笑いを押し殺している。


「ぐっ……、フウカにそれを言われるなんて……」


 フウカに言われた言葉がショックだったのか、シオンは苦い顔をした。


「シオン様、後ろで笑っている無礼な男をひっぱたく許可をください」


 テルシェさんは笑っていたハルトさんに不満があるようで、武力行使の許可を得ようとしていた。


「なんでそうなるんだよ!? 失礼なのはフウカの方だろ!?」


「フウカ様はシオン様のご友人なのだから問題ないけど、貴方ごときがシオン様を笑うなんて、私が許すわけがないでしょう?」


「理不尽すぎる!」


 テルシェさんの言い分にハルトさんが反論するも、彼女は全く聞く耳を持っていない。


 うーん、前回の時も思ったけど、この二人ってなんだかんだ仲良いよな。

 テルシェさんもハルトさんにだけは素を出しているように見受けられるし。


「…………ここに集まっているのって、《アムンツァース》の中枢に近い人たちよね? 《アムンツァース》って愉快な集団なの……?」


「《白魔》も《剣姫》も教団内では脅威な存在って言われてたけど~、イメージが崩れるな~」


 そんなやり取りを見ていたルエリアとフレデリックは若干顔を引きつらせていた。


「オルン、この子たちは……? 」


 シオンの問いかけに俺は頷く。


「この子たちは昨日までは《博士》の部下だった二人だ。といっても、その《博士》は昨日同じ教団幹部である《羅刹》に殺されたし、この子たち自身教団に戻る気はないそうだ。今は敵対の意思も無いことから俺が身柄を預かっている」


「ふーん。ま、オルンが問題ないと判断したんだろうし、とやかく言うのは止めとくよ」


 シオンは何か思うところがありそうだが、飲み込んでくれたようだ。


「そんなことよりも、問題なく目を覚ましてくれたようで良かった」


「うん。無事に起きられたよ! 頭はスッキリしてる。身体の方は少しリハビリが必要だけど、すぐに本調子に戻してみせるから!」


「それが聞けて安心したよ。……クリストファーさんは今どこに居る? 早速彼も交えてこれからの話をしたいんだけど」


「オルン様、商会長には先ほど時間を空けてもらうよう連絡をしています。今は執務室にいるかと」


 俺の問いにテルシェさんが答える。

 やっぱり様付けで呼ばれるのは違和感があるけど、そこは受け入れるしかないかな。


「ありがとうございます。――それじゃ、彼のところに行こうか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る