248.罪悪感

 

  ◇

 

 クリスとのやり取りを終えて解散した後、俺は収納魔導具の調整などの早々に着手しておくことを手早く片付けた。


 そして今は、ヒティア公国の首都セレストを巡りながらシオンを探していた。


 魔術大国と呼ばれているヒティア公国の首都というだけあって、他所では見られない大型の魔導具が多数稼働している。


 一つ一つの建物も、他の場所で見られる建物よりも高い。

 本来なら圧迫感を感じそうなところだが、統一された区画ごとに立ち並んでいるからか、そこまで窮屈な感じはしない。


 子どもの頃の俺は、ここから馬車で二時間ほどの場所にあった黎明の里で生活していた。

 セレストにも何度か訪れたことがあるため、この街並みには懐かしさも込み上げてくる。


 と言っても、土地勘があるわけでは無いし、セレスト内でシオンがよく行く場所なんてものも把握していないため、シオン探しは難航していた。


 探しに出てから早一時間、できれば自力で見つけたかったが、これ以上は時間を無駄にできないと考えてテルシェさんにシオンが行きそうな場所を聞こうとダウニング商会本店に帰ってくると、氷の精霊を多く感じ取った。


 ダウニング商会を出るときは感じ取れなかったから、どうやら行き違いになっていたようだ。

 そんなことを考えながら氷の精霊が多く在る場所を目指して進んでいくと、屋上に出た。


 背の高い建物が多くあるセレストの中でも、ダウニング商会の建物は他に比べて高い建物だったため、屋上からは街を一望することができた。


 シオンはそんな屋上の縁に腰かけながら街を見下ろしていた。


「やっと見つけた。こんなところに居たのか」


「ん? オルン? やることがあるじゃなかったの?」


「収納魔導具の調整はもう終わったよ。もう一つの方はクリスが快く引き受けてくれたから任せることにした。それにしても、流石はダウニング商会だな。どこを見ても最新鋭の設備ばかりだった。時間がもっとあったら堪能したいと思ってしまったよ」


 予想していた通り、俺の収納魔導具はじいちゃんが作ってくれた特別製の術式は封入されていなかった。

 ダウニング商会の設備を借りて術式を変更したから、これからも問題なく前回の世界と同じ収納魔導具を使っていける。


「伊達に世界有数の魔導具商会なんて呼ばれてないってことだよ。ま、私は学園で魔術の勉強ばっかりしてて魔導具のことはからっきしだから、私にはここの設備の何が凄いのかよくわかってないんだけどねー」


 シオンが照れたように笑う。


 ヒティア公国には、〝ストロメリア魔術学園〟と呼ばれる魔術や魔導具について学ぶことが出来る施設が存在する。

 これがあることでヒティア公国の国民は他国の国民よりも全体的に魔術や魔導具に対する造詣が深く、魔術大国と呼ばれる最大の要因となっている。


 この学園と呼ばれる施設の面白いところは、ヒティア公国の国民以外の人も積極的に受け入れているところだ。

 当然、他国の人間となれば多少は審査があるが、それも通常考えられる基準よりもだいぶ良心的だと言われている。


 そんな学園にシオンは小さい頃から通っていた。


「学園か。そう言えば、シオンの昔話は幽世でも聞く機会が無かったな。シオンはいつまで学園に通っていたんだ?」


「十五歳までだよ。七歳で学園に入ったから、かれこれ八年も通ってたことになるね。最初のころは実家から言われて仕方なくだったけど、あの日・・・に、オルンが死んだって聞かされてからは、自分の意志で通ってた。オルンと交わした『外の世界に行く』って約束を果たすために、ね」


 そう言うシオンは、懐かしむような、それでいて後ろめたいような目をしていた。


 『あの日』とは、黎明の里が《シクラメン教団》の襲撃を受けて、【認識改変】の異能者であるフィリー・カーペンターが俺の記憶を改変した日のことだろう。


 実際には俺とオリヴァーは生き残ったわけだが、《アムンツァース》や公国がその事実を知ったころには、俺たちはノヒタント王国に移動していた。

 里の酷い有様に加えて生存者が一人も確認できなかったことから、俺とオリヴァーも含めて黎明の里で暮らしていたものは全員が死亡したことになったと聞いた。


 前回の時間軸でクリスと再会したときに彼がそのようなことを言ってたから、この推測もそこまで大きく外れていないはずだ。


「学園を卒業してからは、《アムンツァース》に身を置いた。術理や外の世界について識る機会があるのは、ここしかなかったからね。教団に入るなんて論外だし。…………そして私は、世界を護るためって大義名分を掲げて、探索者をたくさん殺した」


 シオンが《アムンツァース》に入った理由については察していたが、こうして彼女自身の口から語られると心に来るものがある。


 もしもあの日、俺が《シクラメン教団》に負けなければ、記憶を書き換えられなければ、彼女が自身の手を血に染めるという選択を選ぶことは無かったかもしれないのだから。


「……そうだったのか。答えたくなければ答えなくても構わないけどさ、シオンは後悔しているのか? 探索者を殺した過去を」


「後悔はしてないよ。私なりに納得するまで考えて決めた道だったから。そもそも人の命を奪っているんだから、私に後悔する権利なんて無いけどね。……だけど、どうしても考えてしまうことがあるんだ」


 シオンが顔を隠すようにしながら、煩悶する気持ちを吐露する。


「……私はずっとオルンとの約束を支えに生きてきた。オルンが帰ってきてくれた今、オルンと一緒に戦いたいって、一緒に外の世界に行きたいって思ってる。でも、私にその資格があるのかなって……。血塗られた道を歩き続けてきた、こんな私に……」


「シオン……」


 俺が何かを言おうと口を開くと、シオンの肩が跳ねた。


「――って、何でこんな弱音吐いてるんだろ、私。恥ずかしいなぁ! こんなこと聞かされても、オルンが困るだけなのにね。ごめん、今のは忘れて。……あ、そうだっ。私、テルシェに話しておかないといけないことがあること思い出したんだった――」


 シオンがおどけた口調でまくし立てるように誤魔化しながら、俺の脇を早足で抜けようとする。


 今の呟きは、間違いなくシオンの本音で、彼女の罪の意識の一端だ。

 これを聞かなかったことにはできない。


 俺から逃げようとするシオンの手首を掴む。


「――必要ない」


「え?」


「資格なんて、必要ない」


 掴んでいる手首を軽く引き寄せて、背いているシオンを振り向かせる。

 そして正面から彼女を見据える。


「シオンが幽世で自暴自棄になってた俺を受け入れてくれて、凄く嬉しかった。あの時言ってくれたよな? 『辛いことがあったらぶつけてくれ』って。『それを一緒に背負いたい』って。俺も同じ気持ちだ。俺は、シオンの罪を一緒に背負いたい」


 シオンが強く首を振る。


「ダメだよ……! これは、私が自分の意志でやったことなんだから! 私一人で抱えないといけないものなんだよ!」


「俺との約束を果たすためにやったことなら、俺にもシオンと同じ罪がある。それに、俺があの日負けなければ、全く違う〝今〟があったはずだ。そういう意味でも、俺に責任がある」


「そんなの……、無茶苦茶な理屈だよ……」


「無茶苦茶な理屈で結構だ。それでシオンが背負ってるものを一緒に背負えるなら」


 俺は小さい頃から、外の世界に憧れていた。

 人が居なくなって数百年が経過した未知の土地を旅してみたい、と。

 俺が探索者として南の大迷宮の攻略を目指していたのは、【認識改変】の影響もあっただろうが、俺の根幹にこの気持ちがあったからだと思っている。


 『外の世界に帰ること』こそが、《アムンツァース》の理念であった。

 しかし数百年が経過して、《アムンツァース》は『この世界の秩序を護ること』『教団を潰すこと』が主目的になっていて、外の世界に行きたいという考えは異端になってしまっていた。


 生まれてすぐに異能を発現していた俺は、異能に振り回されていた。

 だけどそれについては、父さんが施してくれた封印魔術によってある程度解決して、異能とも上手く付き合えるようになった。


 そして異能特有の理解力の高さによって、自分の考えが異質であることには早い段階で気づいていた。

 だから俺は自分の夢を誰にも語ることなく、自分の奥底に隠していた。


 それが、シオンが作り出した綺麗な景色銀世界を見て、つい零してしまった。

 シオンからの否定的な反応を覚悟して内心怯えていた。

 だからいっそのこと開き直ってシオンを外の世界に誘ったら、彼女は喜びながら『一緒に行きたい』と言ってくれた。


 里の仲間はみんな俺に良くしてくれていたけど、それでもどこか孤独感を感じていた俺にとって、その約束は救いのようなものだった。


「……俺はシオンが苦しんでいる姿を見たくない。シオンには俺の隣で笑っていて欲しい。俺にとってシオンは特別な存在だから」


「そんな言い方、ズルいよ……」


 顔を伏せるシオンの肩が僅かに震えていた。


 シオンを抱きしめるようにして、彼女の顔を自分の胸元に静かに引き寄せた。

 彼女の涙が服にしみこんでいくのが感じる。

 俺は彼女の頭を優しく撫で、それ以上の言葉をかけることなく、ただ傍にいることを伝える。


 その抱擁の中で、彼女の涙は少しずつ落ち着いていった――。

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