249.武術大会優勝の褒美
俺の目的は、外の世界に行くこと。
そのためには世界を隔てている術理の壁を壊す必要がある。
だが、術理の壁が無くなれば、外の世界の魔力が術理の世界に入り込んでくることになる。
超越者である俺には外の魔力に対する耐性があるため、その環境でも問題なく生きていけるが、大多数の人にとって外の魔力は猛毒と変わらない。
俺が外の世界に行くために、他の人たちの犠牲を強いるなんて論外だ。
術理の壁を壊して、尚且つそれによって人が死なないこと。これが最低条件となる。
加えてそんなことをしようとすれば、間違いなく《シクラメン教団》からの妨害を受ける。
教団との戦いも避けられない。
だから俺が目的を達するために必要なことは、大きく分けて二つ。
一つ目は、人々が外の世界の環境でも生きていけるようにすること。
二つ目は、《シクラメン教団》を叩き潰すこと。
どちらも簡単なことではないが、やるしかない。
じいちゃんが望んでくれた〝俺が笑って過ごせる未来〟を勝ち取るためなのだから。
◇
ヒティア公国にて《アムンツァース》と合流し、彼らとの情報共有や早急に手を付けたいことを終えた俺は、前回と同じようにダウニング商会からじいちゃんの雑貨屋の地下室へ転移してきた。
しかし、俺の目に移ったのは見慣れたものでは無かった。
そこは長年誰にも使われていないのか、所々に劣化が見られる。
「……じいちゃん…………」
思わず口から出た呟きは誰にも届くことなく、無常に静寂の空間に溶け込むだけだった。
じいちゃんは十年前に亡くなったことになっている。
前回の世界のじいちゃんは、十年前に自身の死を偽っていた。
その後にツトライルにやってきて、雑貨屋を営みながら俺を見守ってくれていた。
だが今の世界では、その偽りが事実となった世界だ。
じいちゃんがツトライルで生活していた時の痕跡は、無くなっているか別のモノに置き換わっていると考えるのが妥当だろう。
俺は無かったことになってしまったじいちゃんとの思い出を振り返りながら、階段を上がる。
階段を上り終えて一階にやってくると、そこも地下と同じように全体的にほこりが被っている 閑散とした空き部屋となっていた。
じいちゃんの雑貨屋があったという痕跡は、一切残っていない。
物が全くない部屋に俺の足音だけが反響して、虚しさのようなものを感じてしまった。
◇
じいちゃんの雑貨屋だった建物を後にした俺は、その足で領主であるフォーガス侯爵の屋敷へとやってきた。
今日はアポイントを取るだけのつもりだったが、とんとん拍子に話が進んで、その日のうちに彼との面談が叶った。
「突然押しかけたにもかかわらず、お時間を作ってくださりありがとうございます、フォーガス侯爵」
「君には恩義があるからね。君のためなら喜んで時間を作るよ。それで、何かあったのかな?」
フォーガス侯爵が穏やかな雰囲気で俺を歓迎してくれた。
有難いことだが、違和感が凄い……。
俺が知っている彼は、フィリーに操られて勇者パーティのスポンサーをしていた時のものだ。
そのときのフォーガス侯爵は、冷酷非道という言葉が最も的確に彼を表現できるものだった。
昨年の感謝祭を経てフィリーの呪縛から逃れた今の彼が本来の姿なのだと理解はできても、どうしても違和感は拭えない。
「実は、例の権利を行使させていただきたいと思っていまして」
「例の権利というと、昨年の武術大会優勝の褒美のことかな?」
「はい」
フォーガス侯爵が穏やかな表情から領主の表情へと変わる。
俺は昨年の感謝祭で行われた武術大会で優勝を勝ち取った。
その際、優勝の褒美としてフォーガス侯爵に可能な範囲ではあるが、彼に望みを言える権利を貰っていた。
昨年の武術大会が終わった直後にオリヴァーが暴走したり、その後にレグリフ領に出張することになったり、今は帝国と戦争中であったりと、色々なことがあってその権利を行使する機会が無かったが、俺はここでその権利を使うことにした。
「わかった。私にできる範囲で君の望みを叶えよう。望みを言ってみなさい」
「私の望みは一つです。――私を犯罪者に仕立て上げてください」
「…………なんだって?」
俺の望みを聞いたフォーガス侯爵が怪訝そうに顔を顰める。
まぁ、こんなこと言われたら困惑しない方が変だと思うが。
「当然、何も無しに私を犯罪者にすることはできないでしょう。そこで私は近日中に事件を起こします。内容は拘留所の襲撃です。そして、現在拘留されているオリヴァーを連れ出します。負傷者を出さないようにはいたしますが、派手に拘留所を破壊するつもりですので、当日は無理のない範囲で領邦軍の巡回ルートを拘留所の周りに――」
「――待て! 待ってくれ!」
俺がこれからやろうとしていることを話していると、フォーガス侯爵から待ったが掛かる。
「君は何を言っているんだ……? 君の話を聞いていると、オリヴァーを連れ出すことが目的のように聞こえるが、だったらオリヴァーの解放を望めばいいだけじゃないのか?」
「いえ、俺の望みはあくまで、犯罪者として
フォーガス侯爵は遂に絶句してしまった。彼の表情が、何を言っているのか理解できないと雄弁に語っているように感じる。
「話が突然変わってしまい恐縮ですが、フォーガス侯爵はフィリー・カーペンターのことをどう思っていますか?」
「フィリー・カーペンターか……? 言葉を選ばなければ、最低最悪の女だと思っている」
フォーガス侯爵は話題転換に戸惑いながらも、俺の質問に答えた。
その瞳には怒りが孕んでいるように見受けられる。
「私も同感です。私はこれからフィリー・カーペンター、延いては《シクラメン教団》を潰すために動くつもりです。ですが、教団と事を構えることになれば、奴らは私の弱点を容赦なく突いてくるでしょう」
既に俺が何もしなくても連中は俺を抹殺対象として見ているが、それはここで言う必要の無いことだろう。
「君の弱点がこの街であると?」
フォーガス侯爵の問いに頷く。
「この街には私の大切な物が多くありますから。ですから、少なくとも教団に私がこの街と袂を分かったと思わせないといけません」
「君が犯罪者としてこの街を追われれば、教団はそう判断するということか?」
「それだけでは弱いでしょう。ですので、もう一つ大きな事件を起こす予定です。この街だけでなく、世界全体が俺を敵だと認定するほどの事件を。その事件を目の当たりにすれば、教団は私がツトライルを切り捨てたと考えるはずです」
フォーガス侯爵が真っ直ぐに俺を見据えて、俺の真意を探っているように見える。
「……わかった。但し、負傷者を出さないことが条件だ」
しばらく無言で俺の目を見ていたフォーガス侯爵が、小さく息を吐きながら俺の要望を受け入れてくれた。
条件に付いても、元からそのつもりだから問題ない。
「無理を聞いてくださり感謝いたします。負傷者については承知しています。不必要に人を傷つけたいとは思っていませんので」
フォーガス侯爵に感謝の意を示してから、拘留所襲撃の詳細について二人で詰めた。
次は探索者ギルドにある転移陣の改竄だな。
前回はじいちゃんがやっていたことが、もうじいちゃんは居ないから俺がやらないといけない。
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