68.92層攻略③ 予定調和

 ――前日のこと。


 九十二層攻略を明日に控え、俺たちは最後の打ち合わせをしていた。


「つまりオルンは、黒竜が例のモヤを十個より多く同時に出現させる可能性がある、と言いたいのか?」


 黒竜戦の打合せ時に俺の考えを述べると、セルマさんが質問してきた。


「うん、可能性はゼロじゃないと思ってる。俺も黒竜と似たような魔力に干渉する異能を持っているからわかる。人間と魔獣の感覚が同じものなのかはわからないけど、俺の場合、【魔力収束】だけに集中するのであれば、普段以上に魔力に干渉することができる。これまで打ち合わせてきたことがハマれば、一方的な戦いになると思う。そうなった場合、仮にさっき言ったことが黒竜にも当てはまるなら、なりふり構わずにモヤの操作だけに集中する可能性は充分考えられる」


 俺が戦った二回、それと過去の他の探索者の戦闘情報を確認しても、黒竜がモヤを十個より多く出現させた前例はない。


 しかし、前例が無いからと言って一〇〇パーセントあり得ないなんてことは、それこそあり得ない。

 これだけ念入りに打合せしているなら、本来はあり得ないと切り捨てていることにも目を向けた方がいい。


 入念に打合せをすると、逆に想定外のことが起こった時に混乱して対処できない場合があるからな。


「百個とか来たらヤバいな」


 ウィルが冗談交じりに呟く。


「その時はウィルの剣が、全部食べれば問題ないじゃん!」


「んなことできるか! オレは黒竜の正面から一定以上離れられないし、仮に離れられても、百個は無理だ、物理的に」


「そこは、ほら! 気合で!」


「無茶言うな……」


「あはは。でも、百個は言いすぎだけど、確かに十個までしか出せないって考えるのは危険だね。仮に十個より多くが出てきたらどうしようか?」


「俺の奥の手を使えば、レインさんの攻撃魔術よりも早く天閃で広範囲を攻撃できるけど、まだまだ試験段階の魔術だから、全部撃ち落とせるとは言い切れない」


「【魔剣合一オルトレーション】だっけ? 昨日見せてもらったけど、なんで物質が魔力に変わるの? そんなの聞いたことないんだけど」


 レインさんが質問してくる。


 そういえば、シュヴァルツハーゼが漆黒の魔力に変質したところは見せたけど、説明はしていなかったな。

 その直後に別件の用事ができたから、そんな時間も無かったし。


「シュヴァルツハーゼは黒竜のウロコや深層の鉱石にハイドタートルの血を馴染ませているんだ。詳しい理論は省くけど、【魔剣合一オルトレーション】の術式を介した収束された魔力に反応して、シュヴァルツハーゼが変質するんだよ」


 ハイドタートルは下層全域に居る亀の魔獣だ。

 ハイドタートルの特徴は周囲の魔力に適応して、その体を変質・・させることで背景に溶け込んでいる。


 つまり、その特性をシュヴァルツハーゼに取り込んで、普段は業物の剣だけど特定の術式を介した魔力に適応して、流動的な魔力の塊に変質する。


「ほえ~、わかったような、わからなかったような……。とりあえず、それで放つのに時間が必要だった天閃が、すぐに何発も撃てるようになったってことだね!」


「いや何発も、は無理だよ。魔力の総量は決まっているから、天閃を放つたびに魔力は消費される。それと、天閃がすぐに放てるようになるのはあくまでオマケ・・・。本来の使い方は――」


 【魔剣合一オルトレーション】の本来の使用用途を説明すると、ウィルが呆れた顔をしている。


「ね、ねぇ、ウィル? ボクは前衛職の探索者が習得している武術に詳しくないんだけど、誰でもできることじゃ、ないよね?」


「……当たり前だろ。そんな欲張りな奴・・・・・が成功できるほど、武術は甘くねぇ。と、言いたいんだが、この一か月間オルンの戦い方を見てたけど、確かに一般的な剣術だけに精通しているわけではなさそうなんだよなぁ……。色んな武術を取り込んでいるように見受けられる。それに、オルンの場合は化け物じみたレベルまで身体能力を上げれるわけだし、【瞬間的能力超上昇インパクト】っていうふざけた魔術もある。それらを加味したらできるんじゃないかと思ってしまうな……。ルクレ、くれぐれもこれが普通だなんて思うなよ。コイツ、思っていた以上に規格外だ。ホント味方になってくれていて良かったと心底思ったわ」


 好き勝手言ってるな……。

 本人が目の前にいるのに……。

 まぁ、真面目に一つの武術に本気で取り組んでいる人たちに対する冒涜って感じはするけど、俺に必要なのは勝つこと、生き残ることだ。

 手段も過程も関係ない。


「コホン、話が逸れたが、黒竜が十個より多くのモヤを出してきて、その全てが前衛のお前らに襲いかかっても、問題はないか?」


 セルマさんが話を戻す。


「オレは問題ないな」


「俺も大丈夫」


「であれば、それが後衛である私たちに向かって来たらどうするか、だな。その場合は私が何とかする――」


 セルマさんは自分が考えた対処法について話し始める。

 うん、それなら問題なさそうだな。


  ◇ ◇ ◇


 無数の針が後衛三人目掛けて飛んでいく。


 そして――三人の体をすり抜ける・・・・・


 これがセルマさんのオリジナル魔術である【幻影ファントム】だ。


 開戦時よりセルマさんは後衛の三人に支援魔術である【潜伏ハイド】を発動し、姿を隠したうえで全く別の場所に三人の幻覚を投影していた。


 つまり、黒竜は見当違いの場所を攻撃していたということだ。


「オレたちの戸惑った演技・・はどうだったか、感想を聞かせてくれよ。形勢逆転だとでも思ったか? 甘ぇよ! 今日のお前にできることは、動かずに俺たちのサンドバッグになることだけだ!」


 三人の幻影に黒竜の注意が向いているうちに眼前に迫っていたウィルが、黒竜の顎を混沌の魔力を纏った刃で斬り上げる。


 顔が上へと吹き飛ばされ首を反る形になった黒竜が、その視界に俺を捉えた。


 既に俺は黒竜の真上に位置取りしている。


「……【肆ノ型モント・フィーア】」


 右手にある長剣の形をした漆黒の魔力を操作しながら呟く。


 すると、漆黒の魔力が長剣から槍へと形を変える・・・・・・・・・・・・


「短慮な個体で助かった。まさか本当に自身のキャパシティの全てをモヤの操作に費やしてくれるとはな。明確な隙を見せてくれてありがとよ。これで終わりだっ!」


 俺はある一点を目掛けて、槍の形を模したシュヴァルツハーゼを投擲する。


 その一点とは、これまでずっとレインさんが集中して攻撃をしていた場所だ。


 その場所のウロコはボロボロになっている。

 先ほどの【雷矢サンダーアロー】でウロコの耐久力は把握している。


 漆黒の槍の勢いが衰えることなく、黒竜の体を通り過ぎる。


 ――その進路上にあった心臓すら貫いて。


 黒竜は悲鳴を上げながら黒い霧へと変わる。


 黒竜が居た場所には大きな魔石と一部のウロコ、爪だけがその場に残り、元の長剣の形に戻ったシュヴァルツハーゼが地面に突き刺さっていた。

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