196.迷宮攻略パーティ VS. ブラッティウルフ巨獣種
(これは先月地上に現れた巨大スケルトンと似たようなものか? そう考えると、先ほど一瞬だけ浮かび上がった魔法陣も、スケルトンが現れたときのものに似ていた気がするな)
「でっけぇな。毛並みもふさふさしていて、モフったら気持ちよさそうだ」
ハルトさんが巨大な赤黒いオオカミを見上げながら呟く。
その声音には緊張感が無いように思える。
そんなハルトさんの雰囲気が、次の瞬間には獰猛なものに変化し、
「――だが、その
燃えたぎるような殺気をオオカミに向けながら吐き捨てる。
反対にフウカは、冷たく鋭い殺気を身に纏っていた。
二人ともやる気満々のようで何よりだ。
この魔獣の正体はわからないが、教団が関係していることは間違いない。
だったら討伐以外の選択肢は無いな。
「迷宮攻略の旅を締め括るには、丁度良い相手だろ。やるぞ、二人とも」
「うん」「応!」
俺たちの態度が気に食わないのか、オオカミが遠吠えをすると、奴の周囲に魔力が集まり、無数の魔力弾が俺たちへ撃ち出される。
魔力弾には、地・水・火・風・氷・雷いずれかの属性が反映されていた。
(チッ、シュヴァルツハーゼとは距離がありすぎるか。……だったら!)
魔力弾を魔盾で防ごうと考えたが、鎖に変えていたシュヴァルツハーゼは遠くで教団の組織員を拘束しているため、俺の手元に引き寄せることができなかった。
「フウカ! この弾幕の中、奴を斬ることは可能か?」
「可能。でも、少しだけ耐えて。そしたらこの弾幕を妨害できる」
フウカには既にこの後の展開が視えているのだろう。
「わかった。フウカに任せる!」
俺の声にフウカが「うん」と応じたことを確認してから、魔力弾の回避に専念するが、弾幕の密度が更に高まっていき、遂に魔力弾が俺とハルトさんを捉える。
俺たちと接触した魔力弾が爆発する。
その衝撃をもろに受けることになった。
魔力弾が俺たちに直撃したことでオオカミに若干の油断が生まれた。
――その油断を、フウカが待っていたとも知らずに。
僅かに攻撃の手が緩んだ瞬間、フウカが縮地でオオカミとの距離を一瞬で詰め、彼女の刀がオオカミの右目を斬りつける。
オオカミの悲鳴にも似た声が周囲に響き渡る。
俺は魔力弾の爆発によって発生した煙の中から飛び出し、オオカミの死角となった右側に回り込みながらシュヴァルツハーゼとの距離を縮める。
俺が魔力弾の直撃を受けても無傷な理由は、氣の応用によるものだ。
迷宮攻略の旅の中で、俺はハルトさんから氣について更に深く学んだ。
その中の一つに、氣を体外へ放出させるというものがある。
体外に放出した氣をクッションのように俺と魔力弾の間に挟むことで、魔力弾を防ぐことができたわけだ。
俺は氣を体外に放出しても身体の一部を守るのが精々だが、氣の扱いに長けているハルトさんであれば、全身を氣で覆うことで全方位をカバーできる不可視の鎧のようにできる。
俺もいずれはハルトさん並みの氣の操作を習得してやるつもりだ。
「――【
シュヴァルツハーゼを引き寄せられるところまで近づいたところで、漆黒の鎖を魔弓へと変えて、右手で握る。
それから収束魔力を出現させ、それを矢にして番える。
俺の視線の先には、オオカミの頭上へと移動していたハルトさんが居て、
「うるせぇ悲鳴だな。少し黙ってろ、犬っころ!」
俺が準備している時間を埋めるように、オオカミの額部分にかかと落としを叩きこむ。
オオカミは顔が地面に叩きつけられないよう踏ん張っていたが、地面には大きな窪みができていて、ハルトさんの攻撃の威力を物語っていた。
強烈な攻撃を頭に叩き込まれてよろめいているオオカミに、漆黒の矢で追撃をする。
「――
貫通に特化させた漆黒の矢がオオカミへと一直線に飛んでいき、オオカミの右後脚、腹部、左前脚の付け根と順に貫いた。
その射線上にはオオカミの心臓もある。
この一撃で奴は黒い霧へと変わるはずだった。
しかし、心臓部を貫いてもオオカミの動きは止まらず、再び遠吠えを上げた。
すると、ドーム状になっている最深部全域で爆発や落雷が発生する。
「チッ! 自傷覚悟の無差別攻撃かよ!」
ドーム内一帯に破壊がまき散らされる。
魔力の動きで攻撃を予測できる俺や【未来視】を持っているフウカはともかく、ハルトさんではこの攻撃を完全に見切ることはできない。
彼なら氣を纏うことである程度防御はできるだろうが、この爆発や落雷の威力は特級魔術にも匹敵する。
「――【
即座にハルトさんの元に移動して魔盾に変化させたシュヴァルツハーゼで、無差別攻撃から俺とハルトさんを護る。
「悪ぃ、助かった!」
背後からハルトさんの感謝の言葉が聞こえる。
「どういたしまして! それよりもハルトさん、アレの倒し方知ってる?」
フウカとハルトさんが俺の知らない知識を持っていることは、これまでの言動からも明らかだ。
まぁ、情報や知識は、武力にも勝るとも劣らない〝力〟であることは俺も充分承知している。
だからライバルである俺にそれらを伏せていても、それを責めるのは筋違いであるため、特段気にしてはいなかった。
この質問も、はぐらかされても仕方ないとは思いつつ、ハルトさんに聞いている。
「……恐らくあれは、改良された魔獣だ」
(改良された、魔獣? そういえば、レグリフ領でオズウェルは『黒竜を再現した』と言っていたな。教団が魔獣を人工的に作り出す技術を持っていても不思議ではない、か)
「だが、生き物をベースにしている限り弱点は同じだ。心臓部、もしくは頭。心臓部がダメなら頭を潰せば殺せるかもしれねぇ」
「なるほど、一理あるな。だけど、さっきのハルトさんの攻撃でも潰せないとなると、あれ以上の攻撃が必要か。その準備時間は……、フウカが稼いでくれそうだな」
俺とハルトさんが会話をしている間に、フウカがオオカミの首を落とすべく接近を試みていた。
しかし、オオカミのフウカに対する警戒心はかなり高く、先ほど以上の密度の魔力弾を近づいてくる彼女に撃ち出していた。
俺なら全てを躱すことは不可能と断言できる弾幕の中で、フウカは難なく全てを躱す。
加えて、それだけに止まらず、弾幕の隙間を縫うようにして斬撃を飛ばすという神業で反撃までしていた。
ホント、戦闘面ではフウカに勝てる気がしないが、味方としては頼もしい限りだ。
オオカミの体に切り傷が増えていく。
それらの傷は深さこそそこまでではないが、オオカミのヘイトは完全にフウカへと向けられていて、俺たちが自由に動けるようになる。
「――【
フウカとオオカミが攻撃の応酬をしているうちに、魔盾を魔剣に変えてから、刀身の魔力を収束させる。
その隣ではハルトさんが右手に氣を圧縮させ、右手の周辺が陽炎のように揺らめいていた。
「ハルトさん、準備はいいか?」
限界近くまで魔力を収束させ、周囲の空間が歪み始めている魔剣を構えながらハルトさんに問いかける。
「あぁ、いつでもいいぜ。犬っころのドタマ、ぶっ潰してやるよ!」
俺の問いに、獰猛な笑みを浮かべていたハルトさんが答える。
これだけ力の塊をチラつかせていれば、オオカミの注意も多少はこちらに向く。
だが、フウカという圧倒的強者を前に、意識を多少でも別へ向けるのは悪手だ。
と言っても、俺たちに無警戒だと、それはそれで良い判断とは言えない。
まぁ、要するに、このオオカミは既に詰んでいるというわけだ。
フウカへの警戒が下がった一瞬を彼女が見逃すわけもなく、再び刀身を赤銅色に染めてから動き出す。
その動きは氣を活性化させている俺でも捉えられなかった。
俺が見たのは、彼女の妖刀が描く赤銅色の軌跡のみ。
それが一瞬のうちにオオカミの左後脚と腹部を通りすぎる。
直後、オオカミの左後脚は切り落とされ、腹部には深い切り傷が刻まれていた。
先ほどの俺の穿天や無差別攻撃による自傷のダメージも相まって、オオカミは既に大して動けないほど消耗している。
しかし、消耗はしていても生きている以上、反撃の可能性は残っている。
仕留めるまで油断はできない。
「――天閃!!」
そんなオオカミの顔目掛けて漆黒の斬撃を飛ばす。
収束していた魔力が拡散し、その衝撃波がオオカミを襲う。
俺の攻撃はオオカミへダメージを与えることも目的ではあるが、主目的は本命であるハルトさんの攻撃を確実に叩きこむためだ。
拡散した漆黒の魔力に紛れるようにして、ハルトさんがオオカミへと肉薄する。
「死んどけ、犬っころ!」
陽炎のように揺らめいているハルトさんの拳が、オオカミの頭に振り下ろされる。
オオカミの頭は陥没し、口や耳、目といった穴から血を吹き出し、遂に地面に倒れ込む
念のために追撃用の術式を構築していたが、オオカミの体が黒い霧に変わり始めた。
◇
「いやぁ、意外と苦戦する相手だったな」
オオカミの体が完全に消えたところで、普段の調子に戻ったハルトさんが口を開いた。
「お疲れ様、フウカ、ハルトさん。大迷宮深層のフロアボスとも遜色無い強さだったと思うから、この程度の苦戦で勝利できただけでも上出来だと思うよ」
今回、ここまで優位に戦えたのはフウカの存在が大きい。
初っ端の魔力弾の妨害にヘイト稼ぎにと、彼女が居なければ俺もハルトさんも、かなりのダメージを負いながらの戦闘を強いられていた可能性すらある。
戦闘中のフウカは、常に俺たちが動きやすいようにと立ち回っていた。
もしも、フウカ一人でオオカミと対峙していたら、恐らく今の戦闘よりも楽に彼女はオオカミを討伐していただろうとすら思えてしまう。
本当に上には上が居るものだ。
俺もいずれはフウカに追いつけるよう、これからも努力は怠れないな。
そんなことを頭の片隅で考えながら俺は、教団の組織員たちの元へと向かっていた。
しかし、既に全員が死んでいる。
そしてその姿は、惨たらしいものだった。
彼らの身体に水分は無く、干からびていてミイラ化している。
先ほど彼らから伸びていた赤い線は、彼らの血液が主成分だったのだろう。
この人たちはあの巨大なオオカミで俺たちを害するために、捨て駒にされたようなものだろう。
相変わらず《シクラメン教団》は、救いようのないクズどもの集まりのようだ。
「こいつらに同情するつもりはねぇが、なんとも言えねぇ最期だな。せめて情報を吐いてから死んでくれよ」
俺の隣までやってきたハルトさんが、感情の無い目で教団の組織員たちの死体を見て呟く。
「生きていても、情報を素直に吐いてくれていたかはわからないけどね」
ハルトさんの呟きに返答しながら、俺は術式を構築して、魔術で四人の死体を燃やした。
「オルン、ここの迷宮核」
そうこうしているうちに、フウカが迷宮核を俺に渡してきた。
「ありがとう、フウカ。――これで迷宮攻略も終わりだな。二人ともありがとう。二人のお陰でスムーズに迷宮攻略を終わらせることができたよ」
フウカから迷宮核を受け取り、俺は今回の旅の締めくくりとして、二人に感謝の言葉を伝えた。
「気にしないで。
「だな。オルンの人となりも良く分かったし、収穫のある旅だったぜ」
また二人は意味深なことを言ってくる。
旅の中でこういった意味深な発言は多くあった。
それらについて聞いてもはぐらかされてきたから、今回もはぐらかされるんだろうなと考えて、深くは触れなかった。
「それじゃあ、ルシラ殿下に完了の報告をするために、ダルアーネへ行こうか」
こうして、俺とフウカとハルトさん三人の迷宮攻略パーティによる、各地の迷宮攻略は終わりを告げた。
そして再び、俺は《夜天の銀兎》の探索者として、フウカとハルトさんは《赤銅の晩霞》の探索者として、
その時の俺は、そう思っていたんだ。
まさか、俺が探索者として迷宮に潜るのが、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます