195.最後の迷宮
◇ ◇ ◇
「おらぁ! 素材寄こせ魔獣どもー!!」
ハルトさんが勇壮な叫び声を上げながら、魔獣を魔石に変えていく。
「ハルト、何でそんな必死になってるの?」
周辺の魔獣を一通り狩ったところで、フウカがハルトさんに問いかける。
ハルトさんとフウカの温度差が激しい。
「必死にもなるだろ! オルンへの借金が日に日に増えていってんだぞ!? お前ももっと焦ろよ!」
フウカの質問に目を見開いたハルトさんが、今更何を言っているんだと言わんばかりに驚きの声を上げる。
早いもので、もう二月下旬だ。
俺たちがルシラ殿下から各地の迷宮攻略を依頼されてから、既に一カ月以上が経過している。
サボナ村の迷宮攻略が終わってからも、俺たちは迷宮の攻略を続け、攻略対象の迷宮はここを残すのみとなっている。
この迷宮攻略の旅では、予想外の出来事も多々あったが、日程については当初思い描いていた予定と大差無くここまで来ることができた。
ただ予定を大きく外れたのが、活動資金の方だ。
迷宮攻略を始めた当初から懸念していたが、やはり王国から貰った活動資金では足りなかった。
不足分は《赤銅の晩霞》で負担してくれるとのことだが、フウカもハルトさんも持ち合わせがそこまで多いわけではなかったので、ツトライルに帰るまでは俺が立て替えることで決着している。
ハルトさんの言っていた俺への借金とはこのことだ。
「……? クランホームにはお金あるんでしょ? ツトライルに帰ったらオルンに支払うんじゃないの?」
フウカがコテンと首をかしげる。
「あぁ。ツトライルに帰れば、すぐに払うことはできる。だが、全額を貯蓄で賄おうとすれば、しばらくはフウカの飯の量を減らさざるを得ないがな」
ハルトさんから『食事量が減ることになる』と聞かされたフウカは、軽く目を見開くと、俺たちに背を向けてスタスタと魔獣が多くいると思われる場所に向かい歩きはじめた。
「何してるの? 早く魔石や素材を集めないと」
しばらく歩いたところで、俺たちが付いて来ていないことに気が付いたフウカが、振り向いて俺たちに声を掛けてくる。
その姿が可愛らしくて、つい頬が緩む。
「ハルトさん、フウカの扱いが上手いね」
フウカの後に付いて行きながら、ハルトさんに声を掛ける。
「これを『上手い』って言っていいのか? ウチの姫様は飯をチラつかせれば簡単に食いつくからなぁ……。いつか悪意を持った人間に騙されないか心配になるレベルだ」
「そこは大丈夫でしょ。フウカは考え無しってわけでは無いし、ここで自由奔放にしているのはハルトさんへの信頼の証だと思うしね」
フウカの言動を表面的に見れば、短絡的に見えることもあるが、一カ月以上行動を共にして、彼女はキチンと自分の考えを持ったうえで行動していることはわかる。
むしろ頭の回転は早いし、即座に判断して行動に移すことができる。
しかし、優秀ゆえに大抵は自己完結していて、あまり自分の考えを他人に伝えようとしていないところが玉に瑕だな。
と、フウカという他人を客観的に見てそう考えたが、ふと自分を鑑みると俺も似たようなきらいがあるなと思い至った。
〝人の振り見て我が振り直せ〟なんて言葉もあるわけだし、俺も気を付けないといけないな。
◇
フウカが魔獣狩りに積極的になったことで、寄り道をしているはずが、あっという間に最深部を残すのみとなった。
(これで迷宮攻略の旅も終わり、か)
最奥へと続く階段を降りながら、俺は感慨に耽っていた。
結構長い旅になったけど、その分得るものは多くあった。
近接戦闘のスペシャリストであるフウカの戦い方を何度も間近で見られたし、ハルトさんからは氣の応用についても学べた。
この旅は確実に俺を成長させてくれたと、胸を張って言える。
このまま最奥で迷宮核を入手してこの迷宮の攻略も完了だ。
その後、ダルアーネでルシラ殿下に各地の迷宮攻略が完了したことを報告し、セルマさんと合流してからツトライルに帰るだけだな。
そんなことを考えていると、ハルトさんから声が掛かる。
「オルン、最後にもう一つイベントが残っているらしいぞ」
ハルトさんの言葉こそ、これまでと同様に冗談混じりのものだったが、彼の表情はこの旅の中で一番真剣なものだった。
ハルトさんは【鳥瞰視覚】で最奥の状況を確認したのだろう。
普段以上に警戒網を広げることで、何かが引っ掛かった。
これは人間だな。
「最奥に何人か居るみたいだけど、また迷宮攻略を妨害しようって探索者か?」
人間を何人か捉えることはできたが、そいつ等の所属まではわからない。
既に連中を視界に捉えているハルトさんに問いかけると、普段のおちゃらけた彼はそこにはおらず、真剣な表情のまま口を開く。
「それだったら良かったんだがな。連中はほぼ間違いなく、《シクラメン教団》の組織員だ」
「っ! 教団の組織員が迷宮に……?」
ハルトさんの言葉に、否が応でも緊張感が高まる。
俺だけでなく、フウカも表情は変わっていないが、纏う雰囲気は好戦的なものに変化していた。
俺は《シクラメン教団》を明確な敵として認識しているが、それはフウカやハルトさんも同じのようだ。
元々、俺の後釜として《黄金の曙光》に加入したフィリー・カーペンターが、教団の幹部であることを教えてくれたのはハルトさんだった。
彼らにも、俺とは違う因縁があるのだろう。
「オルン、どうする?」
ハルトさんがこれからどう動くか聞いてくる。
ルシラ殿下と一緒に王都からツトライルに向かった際に起こった迷宮の氾濫は、最奥に居たゲイリーが引き起こしたものだった。
ということは、連中が最奥に居る理由も、意図的に氾濫を引き起こすためだと考えられる。
もしかしたらそれ以外の目的なのかもしれないが、どちらにせよ俺たちの利になることではないだろうな。
「このまま警戒しながら最奥に向かう。可能な限り生け捕りにして情報を吐かせたい。が、それが難しい場合は俺が責任を持つ。――迷わず息の根を止めろ」
俺が方針を伝えると、二人が頷いたため、そのまま最奥へと向かう。
最奥へと辿り着くと、ハルトさんが言っていた通り、赤い衣服を着ている人間が四人ほど居た。
連中は俺たちが最奥に来たことを知ると、「もう来たのか……!?」「くそっ、早すぎる……!」と、焦っているような声を漏らしている。
俺たちを待ち受けるための準備をしていたというところか?
いずれにせよ、連中が俺たちに向ける目は、到底友好的なものではない。
連中の動きを封じるべく、【重力操作】で連中の居る場所の重力を増幅させる。
先日俺たちを妨害しようとしてきた探索者たちは、これで動きを封じることができた。
だが、ゲイリーを殺したスティーグという男や、フウカのような実力者が相手の場合は、これだけでは動きを封じることができない。
敵は《シクラメン教団》だ。
念には念を入れておくべきだろう。
「――【
重力の増幅に加えて、シュヴァルツハーゼを流動的な漆黒の魔力に変質させてから、複数の鎖のようなものを形作る。
その漆黒の鎖が連中を拘束した。
鎖自体の重さも、【重力操作】によって常人では立っていられないほどまで重くしている。
そして、連中はスティーグやフウカほどの実力者では無いようで、身動き一つ取れずにその場に倒れ込んだ。
「ぐっ……、なんだ、これ。重くて、動けな、い……」
「仕事が早ぇな、オルン。――さて、四人も居るんだし、二人くらい殺しても問題ねぇよな。誰を殺す?」
ハルトさんが動けなくなった教団の組織員に視線をやりながら、物騒なことを口にする。
しかし、彼の目を見る限り冗談で言っているようではない。
フウカもいつのまにか出現させていた刀を鞘から抜いている。
「おい! すぐに始め――」
組織員の一人が仲間に命令しようと声を上げるが、その言葉が最後まで紡がれる前に、その人物の頭と胴体が分かれた。
組織員の一人の首を斬り落としたフウカが、増幅している重力下の中に足を踏み入れると、刀を逆手に持ち替えてから切っ先を地面に突き刺す。
直後、連中の居る地面から魔法陣が浮かび上がった。
フウカが地面に突き刺している刀の刀身が徐々に赤みを帯び始め、赤銅色に染まる。
(赤銅色の刀身。あれがフウカにしか扱えない〝妖刀〟が力を発揮するときに見せる変化か)
フウカの刀は普通の刀ではない。
キョクトウの国宝とされている、魔力とは似て非なる〝妖力〟を内包している刀らしい。
その妖力を扱う際には、今のように刀身の色が普段の鉛色から赤銅色に変わる。
妖力とは何か、妖力で何ができるのか、それについてこの旅の中でフウカに聞いたことがあるが、『今は話せない。その時が来たら教える』と言われたため、妖力については俺もほとんど知らない。
だが、フウカが意味のないことをするとは思えないから、今ここで妖力を解放したことには、何かしらの意味があるのだろう。
そんなことを考えながら脳内で術式を構築していると、地面に浮かび上がっている魔法陣がぼやけ始め、最終的に消え去った。
(なんだ……?)
魔法陣が消えた際の魔力の動きが変だった。
それは消えたというよりも、まるで、水の入った容器に穴が開いて、その穴から水が漏れだした時のような、突如現れた謎の空間に魔力が吸い寄せられたように見えた。
(――
フウカが何かをしたことは間違いない。
しかし、それについて考えていると、それ以上考えるなと心の中の自分に
「フウカ、地面から離れろ!」
フウカに指示を出す。
増幅している重力下で中々無茶なことを言っている自覚はあるが、俺の声を聞いたフウカは地面を蹴って垂直に跳ぶと、その勢いで地面に突き刺している刀を引き抜いた。
その刀の刀身は徐々に普段の鉛色へと戻っている。
「――【
フウカが空中に逃れたことを確認した俺は、構築していた術式に魔力を流して魔術を発動させる。
地面を伝い、地面に倒れ込んでいる組織員の身体を電流が走ることで、三人は意識を飛ばした。
「――っ! オルン、ハルト、見えない攻撃が来る! 衝撃に備えて!」
空中に居るフウカが声を上げた。
その声音は普段とは似つかない張りのあるものだった。
フウカが異能で何かを視たのだろう。
俺とハルトさんが衝撃に備えていると、突風のようなものが俺たちを襲い、後方へと吹き飛ばされる。
彼女の異能は【未来視】。
文字通り少し先の未来の光景が視えるというもの。
強力な異能ではあるが、彼女は欠点もあると言っていた。
【未来視】は、未来のフウカが
つまり、フウカが得る未来の情報は視覚情報となる。
そのため、今回のような不可視の攻撃だと、どんな攻撃が来るかまではわからない。
フウカが視たのは、見えない何かに俺たちが吹き飛ばされる光景なのだから。
といっても、何かしらが来るとわかっていれば、最低限の対策は講じられる。
俺もハルトさんも吹き飛ばされはしたが、大したダメージは負っていない。
後方に吹き飛ばされて一瞬だけ滞空していたが、即座に【重力操作】で地面に着地する。
そのまま地面を滑るようにして勢いを殺し、教団の組織員たちが寝ている場所に視線を戻す。
そこではうつ伏せの組織員は背中から、仰向けの組織員は胸から赤く細い線のようなものが上に伸びていた。
そして、その四本の線の交点には、血液で作られた球体のようなものが膨張を続け、直径十数メートルほどまでデカくなったところで、膨張が止まった。
「なんだ、あれ……?」
隣に居るハルトさんが赤い球体を見て声を漏らす。
「二人とも気を付けて、大きいオオカミの魔獣が出てくる」
俺たちと同じように突風を上空で受けていたフウカが、その衝撃を上手く利用して俺たちの傍に着地してから、再び俺たちに注意喚起する。
フウカの注意と同じタイミングで、巨大な赤い球体の中から狼の遠吠えのようなものが聞こえた。
そして、巨大な球体が弾けると、そこには大迷宮のフロアボスのように巨大な、赤黒い毛並みをしたオオカミの魔獣がこちらを睨みつけていた。
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