194.【sideルーナ】感覚接続

 

  ◇ ◇ ◇

 

「あ、ルゥ姉、おかえり~。どうだった?」


 私が《黄昏の月虹》で借りている部屋へと入ると、先に中に居たキャロルが声を掛けてきました。

 キャロルの問いに対して、私が目を伏せながら首を横に振ると、彼女と同じく部屋の中に居るログが表情を曇らせてしまいます。

 彼らの反応からして、あちらも空振りに終わってしまったのでしょう。


「もー、ソフィーはどこ行っちゃったんだろ」


 キャロルが悲しげな声を漏らしました。


 私たちは今日も大迷宮を探索する予定で、普段と同じ時間にここに集合となっていました。

 しかし、約束の時間になってもソフィーがやって来ることは無く、珍しいなと思いつつもしばらく待っていましたが、一時間待っても彼女がここに現れることはありませんでした。


 ソフィーは真面目な子ですし、これまで遅刻することもありませんでしたので、何かあったのかと心配した私たちは、手分けをしてソフィーが行きそうな場所を巡ることにしましたが、彼女を見つけることはできずに今に至ります。


「やっぱり、これは何かのトラブルに巻き込まれていると考えるべきか……?」


 ログが顎に手を当てながら呟いています。


 私もログと同じ考えです。

 ソフィーは人から恨みを買うような子ではありませんが、トラブルの原因が彼女とは限りませんからね。

 彼女が偶然トラブルに巻き込まれている可能性も充分考えられます。


 もし、今ソフィーが怖い思いをしているのであれば、すぐにでも助けに行かないと……!


 《黄金の曙光》とフロックハート商会という私の居場所が無くなった時に、新しい居場所を作ってくれたのはオルンさんですが、ソフィーやキャロル、ログが温かく迎え入れて貰えたことも、私の心が救われた一助であることは間違いありません。


 キャロルが兄姉と再会して辛い思いをしていた時、私は何もできませんでした。


 だから次こそは、私を仲間と言ってくれるこの子たちのために、私にできることは何でもすると決めていました。


 そのタイミングが、今この時なのでしょう。


「二人とも、今から集中します。少しの間、二人の声には反応できないかもしれませんが、気にしないでくださいね」


 私は決意をしてから二人に声を掛けました。


「んー? ルゥ姉、何するの?」


「ソフィーを見つけます」


「えぇ!? そんなことができるの!?」


「いえ、確実にできるとは言い切れません。むしろこの方法でも見つけられない可能性の方が高いでしょう。しかし、試せることは全部試してみたいのです」


 私がそう言うと、二人が真剣な表情で頷いた。


「ルゥ姉が何をしようとしているかはわからないけど、ルゥ姉ならできるよ! 頑張って!」

「ルゥ姉、僕たちに出来ることはある?」


「二人とも、ありがとうございます。二人はそのままで大丈夫ですよ。二人に応援してもらえていると思うだけで、力が湧いてきますので」


「応援なら、まっかせて~! あたし、そーゆーの得意だから!」

「成功することを祈ってる!」


 二人からの声援を貰った私は、目を閉じて深呼吸をしながら集中力を高めます。


 私の周囲を漂う魔力や精霊がより明瞭に感じ取れ、その中に在る一際強い存在へと意識を向けてから、心の中で声を発しました。


『ピクシー、私の声が聞こえていますか?』


 ピクシーは妖精の一体で、自由奔放な妖精の中では珍しく、何故かいつも私の傍に居てくれている存在です。


『え……? ど、どうしたの……? 改まってるみたいだけど……』


『一つ、貴女にお願いしたいことがあるのです。私のお願いを聞いてもらえませんか?』


『お願い……? それがルーナのためになるなら、協力はするけど……』


『はい。今からお願いすることは、私にとって非常に大切なものとなります』


『そ、そっか……。わかった。それで、その内容は……?』


『お願いというのはソフィーを見つけていただきたい、というものです』


『……? ソフィーって、人間の名前……? 誰……?』


 やはり、ピクシーはソフィーを知りませんか。

 いえ、知らないというのは語弊がありますね。

 恐らくソフィーという存在は認識しているのでしょうが、その存在と名前が一致していないのでしょう。


 ピクシーは私に悪意を向ける人間に対して、その悪意から私を守り同程度の悪意を返す、ということをしてくれています。


 私は守られている側なので文句を言うのは筋違いですが、この『悪意に対して同程度の悪意を返す』というのが、なかなかに厄介なところです。


 例えば、昨年黄金の曙光が黒竜に敗れ、探索者ギルドに強制送還を依頼した後、私が喧嘩を売ってしまったことが原因ではありますが、デリックさんが私を殺そうとするほどの悪意を以て剣を振るおうとしたことがありました。

 実際に私を殺そうとしていたかどうかはわかりませんが。


 その際に私はピクシーに対して、デリックさんを殺さないように・・・・・・・お願いをしました。

 もし私が頼まなければ、デリックさんはピクシーに殺されていたでしょう。


 あの時のデリックさんの行動は愚の骨頂だと思っていましたが、今になってよくよく考えてみると、あの行動もフィリーさんの異能が絡んでいたのかもしれませんね。


 どうやらピクシーはフィリーさんの異能から私を守ってくれていたようで、彼女が私の認識を書き換えることができなかったため、物理的に排除しようとしていたとも考えられます。


 ――っと、話が逸れましたね。


 何はともあれ、ピクシーは私に悪意を向けてくる人間には敏感ですが、それ以外の人間にはとことん無関心です。


『ソフィーは、最近私と一緒に大迷宮に潜っている、緋色の髪を二つ結びにしている女の子のことです』


『緋色の髪……。二つ結び……。うーん……。そ、その人間は異能者……?』


 ソフィーの特徴を伝えても、いまいちピンと来ていないピクシーが質問をしてきました。


『はい、【念動力】という異能を持っています』


『【念動力】……? あ、原初魔法の人間……。ルーナの近くに居たから印象に残ってる……。うん、あの人間なら、今どこに居るか、すぐに見つけることはできるよ……』


『本当ですか!? では――』

『で、でも……』


『何か、問題があるのですか?』


『も、問題というほどではないけど……、探しに行くとなると、ルーナの傍を離れないといけなくなるから……』


 ピクシーは普段から私の傍に居ることに拘っています。

 私としても妖精に見守ってもらえていると思うと安心感があるため、特段問題としていませんでしたが、事ここに至ってはソフィーへと繋がる可能性がピクシーだけのため、ピクシーの協力を取り付ける必要があります。


『お願いします、ピクシー。ソフィーの居場所を見つけて頂けるのであれば、私にできる範囲でなんでも一つ貴女の要望を叶えますから!』


『…………本当に、何でも……?』


『はい! 私にできることなら。ですので、今は貴女の力を貸してください!』


『………………わかったよ……』


 私が懇願してから長い沈黙が続いたため、ダメかとも思いましたが、ピクシーが了承をしてくれました。


『ありがとうございます、ピクシー!』


『一時的にでもルーナの傍を離れるのは嫌だけど……、これからのこと・・・・・・・を考えると、一回ルーナに命令できる権利は持っておきたいから……。約束は守ってよ……?』


 念を押してくるピクシーがどんな命令が来るのか怖くもありますが、ピクシーはこれまでも私を助けてくれています。

 ピクシーが私の味方であることは疑う余地がありませんので、その命令も私の不利となるものではないでしょう。


『勿論です。この約束は絶対に守ります』


『うん、ルーナのこと信じてるよ……。それじゃあ、行ってくる……。大体の場所はもうわかってるから……。見つけたら、ルーナに伝えるね……』


 その言葉を最後に、ピクシーの気配が遠くへ飛び去って行きました。


「ふぅ……」


「ルゥ姉、ソフィーは見つかった?」


 私が息を吐いて緊張を解いていると、その変化に気付いたキャロルが質問をしてきました。

 本当にキャロルは人の変化に目敏いですね。


「いえ、まだです。ですが、妖精がソフィーの捜索に協力してくれたので、賭けには勝ちました。……まぁ、変な約束を取り付けられることにはなりましたが」


「妖精というと、ルゥ姉の傍にいつも居るっていう、ピクシーが探してくれているってこと?」


「はい、そうです。どうやら妖精は、異能者であれば大体の場所がすぐにわかるようですので、すぐにソフィーを見つけてくれると思います」


「おぉ! 超常的な存在である妖精の協力を取り付けるなんて、ルゥ姉はやっぱりすごい!」


 ピクシーが協力してくれたことを知ったキャロルが私を『すごいすごい』と私のことを称賛してくれました。

 彼女の声音は裏の意図なんてものが無いとわかるものであるため、素直に受け取ることができます。

 こういうのは嬉しいものですね。


 


『ルーナ、見つけたよ……』


 それからしばらくして、ピクシーの声が頭の中に響きました。


 すぐに周囲の気配を確認しましたが、ピクシーの存在は確認できません。

 これは、セルマさんの異能による念話のようなものだと考えて、私は心の中でピクシーに返答をします。


『本当ですか!? ありがとうございます! それで、ソフィーは今どこに?』


『四足歩行の生物に引っ張られてる木の箱の中に居る……』


 何ともわかりにくい表現ですが、ピクシーが言っているのは恐らく馬車のことでしょう。

 ということは、何者かにソフィーは誘拐されて、どこかに連れていかれようとしている……?


『箱の中の様子はどうですか!? 今すぐ命の危険がありそうな状況ですか!?』


『うーん、すぐに死ぬことは無いと思う……。ソフィーって子は箱の中で座ってるよ……。あと、もう一人、男も同じように座ってる』


 ピクシーが中の状況を伝えてくれますが、具体的な状況が想像できないもどかしさがあります。

 まぁ、元々人間にも文化にも興味のないピクシーに、これ以上のことを求めるのは酷というものでしょう。


(面倒ですが、少しずつでも具体的な質問をしていって、状況を掴むしかありませんね。ピクシーの視えているものが、私にも視えれば手っ取り早いのですが……。――って、あれ・・?)


 目的地が見えているのに、全然目的地にたどり着けないようなもどかしさを感じていると、私は自分の考えに違和感を覚えました。


 セルマさんの異能である【精神感応】は見えないパスのようなものを繋ぐことで、声を出すことなく意思疎通が図れるというものだと聞いています。

 そして、今の私とピクシーも似たようなものであると言えるでしょう。

 つまり、私とピクシーは、現在何か・・で繋がっていると言えます。

 この状況を上手く使えないでしょうか?


 声を届かせることができるなら、妖精が視ているものを私も視ることができる、とか。


 精霊と妖精は違う存在ですが、本質的には同じものです。

 【精霊支配】の異能を持っている私なら、妖精と感覚を共有させることができる、根拠はありませんが可能な気がしています。

 これはまるで異能を発現させたあの時と似たような感覚です。


 駄目で元々、試してみる価値は充分にありますね。


『ピクシー、試してみたいことがあります』


『試してみたいこと……?』


『はい。私の異能で、今ピクシーが視ているものを私も視れないか試してみたいのです』


『感覚を繋げたいってこと……? それは人間側に相当な負担が掛かるものだって、女王様が言ってたけど……』


 女王様――ティターニアがそんなことを……?

 つまり、私の考えは正しかったということですね。

 ソフィーの居場所や状況がわかるなら、やらない理由はありません。


『問題ありません。やります!』


『わかった……。それじゃあ、わたしとの繋がりを強く意識して……。細かいことはわたしがやるから』


『わかりました』


 ピクシーの指示に従って、私はピクシーとの繋がりをより強く意識します。

 すると、離れた場所に居るはずなのに、近くにピクシーが居るような感覚がありました。


『じゃあ、いくよ、ルーナ……』


『はい、お願いします!』


『【感覚接続センスコネクト】……!』


「ぐっ……! ……ぅ……うぅ……」


 突如、頭の中に情報という激流が押し寄せ、その情報量の多さに頭が悲鳴を上げて、頭痛というかたちで主張してきました。


 ある程度は覚悟していましたが、想像以上のことに立っていられず、その場にへたり込んでしまいました。

 それでも思考は止めずに、ピクシーから送られてくる情報の精査をすることで、何とかピクシーが今視ているものが私にも視えるようになってきました。


「ルゥ姉! どうしたの!? 大丈夫!?」


 突然私がへたり込んでしまったため、傍に居てくれていたキャロルとログが驚きながらも私を心配してきます。


「だい……じょう、ぶです」


 なんとか、二人に声を掛けながら、なおもピクシーの視ているものの確認を続けます。


 しばらくその状態が続いて――、


『ピクシー、ありがとうございました。知りたいことは全部知れました。感覚を切ってもらっても良いですか?』


『うん、わかった……。ルーナ、大丈夫……?』


『大丈夫ですよ。私が望んだことですので、ピクシーが気に病む必要はありませんからね』


 ピクシーにそう伝えると、情報の激流が治まり、一息を吐くことができました。

 しかし、かなり疲弊してしまい、


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 完全に息が上がってしまいました。


「ルゥ姉……、ホントに大丈夫……?」


「はい……。大丈夫ですよ。心配かけてしまってごめんなさい。ですが、無茶した甲斐がありました。ソフィーの居場所がわかりましたよ」


「本当っ!?」

「ソフィーは今どこに!?」


「ソフィーは現在、クローデル伯爵家の馬車に乗って東の方角に進んでいます」


 私がピクシーを通して視た光景は、クローデル伯爵家の家紋が書かれている馬車と、それに乗るソフィーの姿でした。

 酷いことはされていなさそうでしたが、顔色は優れていませんでしたね。

 ソフィーの過去については、オルンさんからそれとなく聞かされていますから、何故あの様な表情をしているのかもわかってしまいます。


「東……? それってダルアーネに向かっているってこと?」


 私が伝えた内容から、ログがその馬車の目的地に当たりを付けました。


「えぇ。馬車の目的地は、十中八九ソフィーの出身地であるダルアーネでしょう」


 仮にソフィーが自分の意思でダルアーネに向かうと決心したのであれば、私たちにそのことを伝えずに向かうということは、あり得ないと断言できます。

 つまり、突如クローデル家の関係者がソフィーを連れて行ったと考えるのが自然でしょう。

 抵抗しなかったのは、過去のトラウマから抵抗の意思を見せることができなかったのか、それとも別の理由か、そこまではわかりませんが、それは本人に聞けば良いことです。


「私はこれから、準備ができ次第ダルアーネに向かうつもりです。二人はどうしますか?」


「ルゥ姉、それは愚問だよ。僕もダルアーネに行く! キャロルも行くよな?」


「勿論だよ! ソフィーが自分の意思でダルアーネに行ったなんて考えにくいもん! もしソフィーが無理やり連れていかれたなら、連れ戻さないと! 貴族だろうが、ソフィーの親だろうが、ソフィーから笑顔を奪うヤツは絶対に赦さない!!」


 私の問いに、ログとキャロルが迷うことなくダルアーネに向かうと決めていたようです。


 二人が珍しく本気で怒っているみたいですし、暴走しないように注意しないといけませんね。

 私もクローデル家がソフィーの意思を無視して動いているのであれば、赦すつもりはありませんが。


「ふふっ、確かに愚問でしたね。では、三人でソフィーを追いかけましょうか――!」


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